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 「火竜の角だぁ?って、狩りに行くってなんなんだ?

 素材ってどこか素材屋とかで買うんじゃないのか?」



 さも当然の疑問かのようにクラトスはアストレアにそう投げかける。

 そもそも火竜といったらドラゴンだ。ドラゴンを狩りに行くと言う事は、一国総出で戦いに出なければ勝てないほど戦力が必要になる。

 それも火竜の角と来た。

 一国総出の戦力であっても、火竜を退けることが可能な程度。とても火竜の角など折れるほどの戦力ではない。

 仮に火竜の角を売っている店があったとして、それはどれだけ高価なものか。

 いや、金額として表すことが難しいほどだろう。

 それだけ、アストレアの言っていることはおかしいのだ。



 「まず私の場合、素材屋で素材を購入することはほとんどありません。

 これは私のポリシーみたいなものですが、魔物から素材を剥ぎ取るときに素材の価値が決まるものなのです。素材屋の質を疑っているわけではありません。しかし質が良いものから必ずしも良い杖が作れるとは限らないのです。

 お伝えした通り、使い手の魔力や魔法の使い方、得意魔法など、魔法使いが十人十色であるように、その人にあった杖でなくては真価を発揮することは出来ません。

 つまりその人にあった杖を仕立てるには、自身で素材を調達する必要があるんです。

 それに、火竜といっても今回狩るのは、サラマンダーです。ドラゴンではなく、トカゲなので安心してください。」


 「いやいや!サラマンダーでも軍を動かさないと行けないほどの戦力が必要なんだぞ?」



 これまた、さも当然のようにサラマンダー程度簡単に討伐できると言わんばかりに語るアストレアに対して、クラトスは少し引き気味でそう言った。

 サラマンダーといえば、ドラゴンほどではないが炎系魔法を使用するA級モンスター。

 モンスターは階級が上がれば上がるほど討伐するのが困難であるとされ、過去に討伐事例のないSS級を除けば、A級はS級に次ぐ討伐困難モンスターに位置づけられる。

 そんなA級であるサラマンダーはパーティーを組んで討伐するのが基本だ。

 つまり単独での討伐はほとんど行われない。

 それを「トカゲなので安心してください」と簡単に討伐が可能かのような発言をするアストレアをクラトスは信じられないでいた。



 「大丈夫ですよ。

 ご不安があるようであれば、討伐に同行されますか?

 今からギルドに討伐許可証を発行してからの討伐になるので、サラマンダーの住処の行き来と討伐時間を考えると大体4,5時間程度ですかね?

 お時間に余裕があれば、いかがですか?」



 討伐許可証とは、特定のモンスターを狩り過ぎないようにするための処置である。モンスターの討伐は人類が生きていくうえで重要なことであるが、モンスターの討伐過多による生態系の著しい変化が発生してしまった場合、モンスターは人里を襲う可能性が高まるため、ギルドでは討伐許可証を発行し、モンスターの討伐過多を防いでいる。

 アストレアが討伐許可証のことを知っているということは、それはギルドを介してモンスターの討伐を行ったことがあるということでもあった。

 つまりサラマンダーの討伐に関しては、嘘を言っているとは思えない。

 クラトスは少し悩んだあと、アストレアに同行することにした。



 「そうと決まれば、クラトスさんには予備の杖をお貸ししますね。今回作成する杖は箒型なので、感覚を掴んでいただくためにも箒型の杖をお貸しします。

 最初にサンプル用の杖はないのか?といただいておりましたが、こちらは展示していないだけであるにはあるのです。

 それから、討伐自体は私だけで対応します。

 杖をお貸しするのは、あくまでクラトスさん自身の身のを自身で守っていただくために使っていただくためです。

 討伐時の手伝いは不要となります。

 お伝えした通り、素材の価値は素材を剥ぎ取るときに決まります。お手伝いいただいて素材の剥ぎ取り時間や状態が変わってしまっては意味がありませんので、ご理解いただけると嬉しいです。」



 クラトスは若干の戸惑いを覚えながらもアストレアの言葉を聞き頷いた。

 頷きを見て、フードから除く口元が少し緩んだアストレアは工房の奥へと行き、30秒ほど経過したところで箒型の杖を持って出てきた。

 持ってきた箒型の杖は185cmほどあるクラトスよりほんの少し短いくらいの大きな杖で、派手な装飾などはないものの、金属をメインとした細身でスタイリッシュなデザインの杖であった。

 アストレアからその杖を受け取ると、想像以上の軽さに驚く。

 金属でできることは人目でわかったため、ある程度の重量は覚悟していたが、今まで使用していた指揮棒型の杖と全く変わらない。むしろ軽いまである。

 それなのにもかかわらず持っただけでわかるほどの頑丈さ。

 この人に杖の仕立てを依頼して正解だったと思わせた。



 「初めての箒型はいかがですか?

 討伐のお手伝いは不要ですが、まわりのモンスターなどは攻撃していただいて構いません。

 むしろ少しは魔法を使っていただき、杖はもう少し重いほうがいいだったり、長いほうがいいなどの杖の使い勝手を確かめておいてください。」


 「わかった。」



 では行きましょう。とアストレアに告げられ、その後ろをついていく。

 工房からギルドはそう遠くはない。

 ギルドに着くと、受付スタッフもアストレアを認識しているのか、手続きはすんなり完了し、そのままサラマンダーが生息するという西の森へと向かった。


 キダ王国は東は海、西は森という地形になっている。

 キダ王国自体は石畳で道路が整備され、人工物が目立つ作りとなっているが、その王国周辺は自然が広がっている。そのおかげか海産物や野菜などさまざまな食材が豊富であり、隣国との貿易が盛んである。

 貿易にはほとんど転送魔法が用いられ、鮮度や輸送経路などを心配する必要はないのだが、逆に言えば国を出れば、道という道は存在していない。

 西の森へは自力でたどり着くしかないということだ。



 「そう言えばクラトスさんは風系統の魔法も使えるということでしたよね?

 ということは、飛びながらサラマンダーの住処に向かいますか?

 これは箒型のメリットの一つでもあるんですが、自分自身に飛行魔法を使うとかなり魔力を消費するんですけど、杖自体に飛行魔法を付与すればその上に乗るだけで飛行が可能になるんです。

 一応慣れが必要になってくるんですけど、どうですか?」


 「なるほど。そうだな。

 練習も兼ねて、飛ぶ形で目的地に向かうとしよう。

 俺からも確認があるんだが、その、君は杖無しなのか?

 見たところ杖を持っているようには見えないのだが。」



 杖がなくとも魔法が使える魔法使いがいると聞いたことがある。

 杖は魔力を魔法に変換するだけにすぎず、その変換を自力で行えるのであれば杖は不要であると。

 そんな杖なくして、魔法を行使できる魔法使いのこと”杖無し”と呼ぶ。

 アストレアは先ほどから杖を持たずして魔法を行使しているように見受けられる。ということはアストレアは杖無しなのではないかとクラトスはそう考えたのだ。

 杖無しは存在自体が珍しく、一国に一人いるかいないかほどの割合だと聞く。

 しかしそんな杖無しがわざわざ杖を作ることを生業とするマイスターなんて職に就くだろうか。

 特別マイスターという職を下に見ているわけではない。

 そもそもマイスターという職は魔法使いにとっては無くてはならない存在だ。

 だからといって魔法使いであれば、杖職人ではなく、魔法を極めようとするのが普通ではないだろうか?

 杖無しならなおさらだ。さらに高みを目指せる可能性がある。

 そんなことを考えると、アストレアに対して質問しないという選択肢はなかった。

 質問を聞いてか、アストレアは少しの沈黙の後、クラトスの質問に対して回答した。



 「私は”杖無し”ではありませんよ。

 杖を持っていないように見えるだけです。

 これは、特にインビジブルのように存在を消したり、杖を透明にする魔法を使っているわけではありません。

 杖には様々な姿形があるというだけです。」


 「と、いうと?」


 「杖には、指揮棒タクト型や箒型だけではないのです。

 魔導書やグリモワールなどと聞いたことはありませんか?

 あれは魔法を発動するキーのようなものだと思われる方もいらっしゃるのですが、実際はそうではありません。あれは呪文が記されている杖なのです。

 そのため魔導書を持つだけで魔法使いは魔法を行使することが可能になります。

 このように杖の形は一般的な2つのモノ以外にもたくさん存在するのです。

 今お伝えした本のような形をした杖もあれば、楽器を杖にしたものもあります。」


 「俺の知識不足だ。申し訳ない。

 なるほど杖には様々な形が存在することは分かった。

 それを聞いたうえで2つ質問をした。

 1つ目は様々な杖の形が存在する中でなぜ俺の杖を箒型に選んだのか。2つ目は結局君の杖はなんなのかということだ。」



 それを聞くとアストレアは西の森の方角を眺めながら「時間も勿体ないので、飛行移動しながらお話しますね」と一言。

 その言葉を皮切りに宙に浮き、ローブをなびかせながらアストレアはクラトスのほうを向く。表情こそフードで詳細を見ることは出来ないが、目は口ほどに物を言うとはまさにこのこと。

 その眼力に押されるようにして、クラトスも初めて使う箒型の杖に浮遊の魔法をかける。先に西の森へ向かったアストレアを追いかけるように急いで杖に乗る。

 最初こそ初めての箒型の杖の操作に戸惑いはあったが、それも序盤だけ。さすがは王家直属護衛軍 第一中隊 中佐という肩書があるだけあって徐々にコツを掴み、すでに乗りこなしている。



 「自身に浮遊魔法を付与するのは勝手が違うが、こっちのほうが魔力の消費を抑えられてる気がするよ。」


 「流石ですね。すでに乗りこなしているように見受けられます。

 では、早速質問に答えていきたいと思います。まず最初になぜ箒型の杖をクラトスさんの杖として選んだかですが、こちらはお伝えした通り、より多くの魔力に耐えることができ、クラトスさんの炎系の魔法への耐性を高くするためとなります。

 なぜ杖のデザインなのか。という問いかけであれば、メジャーどころである指揮棒タクト型や箒型は付属品が多く販売されているから。という回答になるでしょうか。この2つの杖は一般的なデザインとされています。そのため杖を収納するためのホルダーなどは基本的にこの2つのデザインに当てはまる方に作られているんです。

 クラトスさんの腰に下げているホルダーは指揮棒タクト型をしまうときに使いますよね?

 下手に本の形をした杖や楽器型の杖にしてしまうと、非戦闘時などにしまっておくホルダーの購入先を見つけることは困難であり、最悪オーダーメイドで作る必要が出てきます。そうならないためにも基本的には指揮棒タクト型か箒型の杖。この2本で決めることが多いのです。」


 「なるほど。そういうことだったか。

 ちなみに箒型のホルダーはどのようなものがあるんだ?」


 「そうですね。

 一般的には、ショルダーバック型のホルダーが多いかと思います。

 肩掛けの筒のようなデザインで、そこに箒型の杖を刺してしまっておくって感じですね。」


 「言われてみれば、見たことがあるような気がする。

 軍では機動力などを優先してか指揮棒タクト型の使用者が多いからな。

 箒型のしまい方を忘れていたよ。」


 「ふふっ。

 ではもう一つの質問ですね。私の杖がなんなのか。

 こちらは実際に見ていただきましょうか。ちょうどサラマンダーを見つけたところなので、実践形式でいいですかね?」



 そういうとアストレアは地面を指さした。

 そこには森には草木が生い茂っていてよく見えないが、通常個体とは明らかに違う異様なほど大きなサラマンダーがそこには居た。しかもサラマンダーといえば本来赤やオレンジの色をしたトカゲなのだが、アストレアが指さしている個体は赤は赤なのだが、茶色く変色している部分もあれば、黒に近い色をしている部分もある。

 おそらく特殊個体。

 特殊個体とは、通常個体とは異なっており、体が非常に大きかったり、逆に小さかったり、ほか個体より明らかに凶暴であったり、使う魔法の威力が桁違いだったりと、通常の個体とはどこか異なる性質をもつ個体のことである。



 「おい、あれは特殊個体だぞ?

 あんなのに勝つ気か?」


 「問題ありません。むしろあの角は最高の素材です。

 大きさはもちろん、変に欠けたりしていないきれいな形状です。

 あの素材でクラトスさんに最高の杖を作りますよ。

 では、戦ってきます。お伝えした通り手出し無用です。それでは。」



 そう言い残し、アストレアは特殊個体のサラマンダーめがけて、ほぼ落下に近い形で距離を詰めていった。

 手出し無用とは言っても特殊個体。何があるかわからないと考え、クラトスも後を追う。


 アストレアの接近に気づいたサラマンダーは威嚇の咆哮。それと同時にサラマンダーは全身を炎で包んだ。その炎は白く、それだけで並の個体ではないことがわかる。

 だが一瞬にして炎の色はオレンジへと変わった。

 一瞬だった。


 サラマンダーの四肢が氷の槍のようなもので貫かれている。

 炎の温度が下がったことにより、オレンジへと色が変わったのだ。

 しかし流石はA級モンスター。四肢を氷で貫かれた程度じゃ止まらない。すぐに白色へと温度を戻し、アストレアに対して火球で全方位を取り囲む魔法を展開。からの射出。そこには逃げ道など存在せず、クラトスはどうしようもできないでいた。



 (障壁をアストレアのまわりに展開するか?

 いや、それでは俺の防御が出来ない。だからといって見捨てるのか?

 それはできない。俺は王家直属護衛軍だぞ。守ってみせる。)



 クラトスがアストレアに対して魔法障壁を展開しようとした時。アストレアを取り囲むように展開されていた火球はみるみる数を減らしていき、数秒も立たない内に火球は見えなくなっていた。



 (どういうことだ?

 あの数の火球をものの数秒で処理しただと?

 しかも、どうよって?)



 よく観察すると、アストレアは”なにか”をサラマンダーに向かって投げているようだ。



 (あれは、宝石か?

 いや、ただの石のようにも見える)



 投げられたその石がサラマンダーにあたった瞬間、その部位は氷の槍のようなもので貫かれた。



 (俺は今何を見ている?

 サラマンダーのあの分厚い鱗を貫通できるものなのか?それも氷で。ありえない。

 でもサラマンダーも負けていない。あの氷を一瞬にして溶かしている。

 おそらくアストレアの得意法は水系統だ。氷にして貫通までは出来ているが、致命傷にはなっていない。出来てサラマンダーの動きを鈍くする程度だ。

 あまりにも分が悪すぎる。)



 「アストレア。俺も加勢する!

 やはり君だけではサラマンダーの討伐は無理だ!」


 「手を出さないで!

 言ったでしょ!素材の質は剥ぎ取るときに決まるの。」



 そういうとアストレアはクラトスの足元に石を投げつけると、クラトスを取り囲むように氷の壁が生成された。これでは手出し無用どころではない。助けることすら出来ない。

 生成された氷の壁は分厚く、炎系魔法が得意なクラトスでも溶かし切るのに時間を要するほどであった。

 驚くクラトスを尻目に、アストレアはサラマンダーに攻撃し続ける。しかしいくら攻撃しようと一瞬にして氷は蒸発していく。その攻防が何度か行われると、徐々にサラマンダーの炎の色が変化していった。オレンジが白に戻り、徐々に青みを帯びてきた。



 「アストレア!サラマンダーの火力が上がっていっている!

 特級魔法が来るぞ!逃げろ!!!!」



 クラトスはアストレアを逃がすため大声で呼びかける。

 しかし、アストレアが逃げるよりも先にサラマンダーの特級魔法が放たれる。

 アストレアを中心に地面に広がる魔法陣。逃げ場はない。



 「それを待ってたよ。


 ”天秤は汝に傾く。

 風は止み、音は途切れ、光は遮られる。

 ただの孤独として、罪を償う。

 願いを聞き届けることは叶わず、悠久の時を経て、ただその水を枯らすだけ。

 孤毒に祈りをガーデン・オブ・シンデレラ”」



 アストレアに放たれたはずのサラマンダーの特級魔法は、アストレアがいくつもの石によって打ち消され、逆にサラマンダーを取り囲むかのように鳥籠のような形をした結界に身動きが取れずに居た。そのまま自身の炎に耐えきれなくなり、徐々に炭となっていくA級モンスター。


 アストレアはゆっくり近づき、全てが炭と化して果てる前に、青き炎によって黒く変色した角をへし折った。



 「素材は手に入りました。

 工房に戻りましょう。クラストさん、あなたの杖は今日変わります。」

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