「ごめん、ごめん。待った?寒かったよね?」
彼のアパートの玄関前で待っていた私の元に仕事帰りであるはずの彼は息を切らしながら走って来た。
私の頬を両手で包み込むと
「うわっ、冷たっ!冷えちゃったね、ごめんね。すぐに鍵開けるから、コレ持ってて」
渡されたビニール袋からは暖かい湯気が上がり美味しそうな匂いがしてくる。
──ガチャガチャ。
鍵を開けた彼は嬉しそうに私を見ながら
「さっ、中に入ろう」
そう言って玄関のドアを開けてくれた。
彼と付き合い始めてまだ半年程だ。
何度か来た彼の部屋にもやっと緊張せずに上がれる。
「いやー、今日は一緒にアニメ見るって決めたから、せっかくなら最高の状態で楽しみたいっ!って思って色々買いすぎちゃったよ」
そう言って彼は自分が持っていた袋からお菓子やジュース、ちょっとしたお惣菜を出している。
「あっ、そっちの袋はピザだよ。やっぱアニメ一気見するんなら炭酸ジュースにピザでジャンキーな宴にしたいじゃん?」
そう言って彼はイタズラをする少年のように「シシシっ」と笑った。
それぞれ手を洗い、テレビの前のローテーブルに食べ物とジュースを用意していよいよお家デートスタートだ。
「いやぁ、このアニメシリーズ一緒に見るの楽しみだったんだよね。俺はもう何回も見たことあるけどさ、やっぱり同じ作品を一緒に見て感想を語り合いたいじゃん。まだ見たことないって言ってたから、どうせなら一気見かなぁって」
そう言いながら彼のお気に入りのDVDBOXから1枚ディスクを取り出し、デッキにセットする。
「俺のこだわりはBluRayBOXじゃなくて、DVDBOXってとこね!BluRayの方が画質がいいのは分かるんだけど、やっぱり当時の良さっていうのがあるじゃん?BluRayだと画が綺麗過ぎちゃうんだよねぇ。その点DVDは当時の映像の粗さ?も残ってて俺は好きなんだよねぇ」
DVDをセットし終えた彼は私の隣へと戻ってきながらも口角を上げて嬉しそうに話してくれる。
そう。私の彼はいわゆるアニメオタクだ。
好きな物を語る時の彼は目がキラキラと輝いていて、口角も上がり凄く楽しそうに話す。
『あぁ、本当にこの作品が好きなんだなぁ』と聞いているこちらも自然と笑顔になる。
私も物凄いオタク……という程ではないのだが、昔からアニメを見るのが好きで大人になった今でも見ている。
只、オタクという言葉が世間に受け入れられるようになって来ているとはいえ、外で【アニメが好き】と言うのは大人としてどうなんだろう?と思ってしまう私だが、楽しそうに話す彼を見ていると何だか隠す必要も無いんじゃないかと思える様になった。
彼が買って来てくれた炭酸ジュースをそれぞれのコップに注ぎ、ピザの箱も開け準備は万端だ。
彼が席に着いたのと同時にアニメのオープニングテーマが流れだした。
「よしっ!ピッタリ。さっ、食べながら見よっ!」
二人でいただきますを言って、私は炭酸ジュースを1口飲み喉を潤わせてから、ピザを齧った。
アニメは日常を描くまったりとしたシーンや少しだけ寂しく、切なくなるようなシーン……。何気ない風景の描写が多かった。
ちょっとずつピザを齧りながら私はアニメを見たり、彼の横顔をソッと覗いてみたり……。
彼もピザを齧りながらアニメを見ているけれど、彼は感情移入しているのか、アニメのキャラクター達と同じ様に驚き、悲しみ、表情をコロコロと変えている。何度も見ていると言っていたが、まるで初めて見るかの様にどんなシーンにも共感している。
『あぁ……。なんて純粋な人なんだろう。大人だけど中身は少年の様で、キャラクター達に寄り添える心優しい人。あぁ……。私、この人を好きになって良かったな』
そんな事を私が隣で思っているなんて全く気づかない様子でアニメを見入ってる彼。
1枚分のストーリーが終わる頃にはデッキの前でスタンバイし、ササッとDVDを入れ替えてくれる彼。本当に何回も見る程好きな作品で、ディスクの入れ替えもスムーズだ。
何枚目かのディスクのアニメを見ていた時、不意に私は驚いて
「あっ!」
と大きな声を出した。
画面の中ではキャラクター達が食事をしているシーン。
そこには私と彼がさっきから少しずつ齧っていたのと同じ様にピザが画面いっぱいに映っていた。
オリーブオイルでキラキラと光っているモッツァレラチーズ。
スライスされたトマトの汁感は思わず唾を飲み込んでしまう。
そして、主人公が1口齧りビョーンとチーズを伸ばしながらピザを持っている手をだんだんと遠ざけていくと……。
思わず私も同じ様にビョーンとチーズを伸ばしながら恐る恐る手を遠ざけていた。
ふと横目で彼を見ると、彼も同じ様にチーズを伸ばしている。
咀嚼しながら思わず笑ってしまった私を見て
「コレコレっ!コレがやりたかったんだ。このシーンって何回見てもこのピザが美味そうでさぁ。見たら絶対にやりたくなるだろうって思ったから、同じようなメニューを用意したんだっ!大成功だな!シシシ」
と笑う彼を見たら切なくて胸がキューっと苦しくなった。
だが、彼は直ぐに真面目な顔になりティッシュで綺麗にした手で私の頭を撫でてから、私の頬を触り
「でも、ごめん。俺が変なこだわり持って、ピザ買いに行ったせいで寒い思いさせちゃったよな?会った時、ほっぺ冷たくなってたもんな……。大丈夫?もう暖まった?」
まるで、叱られてしまった子供の様に少しシュンとしてしまった彼に
「全然大丈夫!ほっぺは冷たかったかもしれないけど、そんなに寒くなかったよ?それに、こんなに完璧にピザも再現してくれて……。見た?私画面とおんなじ様にチーズをみにょーんってしてたんだよ。ピザ買ってきてくれてなかったら、『美味しそぉ……。いいなぁ……』ってひもじくなっちゃってたよ。最っ高のお家デートにしてくれて、ありがとぉ」
そう言って彼にギュッと抱きついた。