──ピンポーン
──ガチャッ
「いらっしゃーい。待ってたよ」
俺は玄関のドアを開け、なるべく軽く聞こえるように挨拶をすると女性を自宅に招き入れた。
「こんな時間しか空いてなくて、ごめんね。最近、中々一緒になる機会がなかったもんね」
「こちらこそ、無理して時間作ってもらっちゃってごめんなさい」
「ううん。全然、全然。別に無理して時間作った訳じゃないよ」 っていうか、会えるんなら時間なんて無理したって作るよ。
「じゃあ、適当に座ってて。飲みもの入れてくるけど、ハーブティーって飲める?おすすめのがあるんだけど……」
「飲めるよ。ありがとう」
彼女はまだ恐縮しているようだ。
「じゃあ、座って少し寛いでてよ」
俺はそう言ってリビングに彼女を残し、キッチンへとハーブティーを入れに行った。
彼女は会社の同僚、俺が密かに想いを寄せている相手だ。
同僚とは言え、部署が違う為、頻繁に会うことは出来ないがそれでも休憩所や食堂で顔を合わせた時には挨拶だけじゃなく少しは雑談もする仲だ。
入社時期や年齢も近い為、お互い下の名前で呼びあったりもする。
それでも連絡先は交換していないので、【物凄く仲が良い】という訳ではないのが、少し悲しい。
そんな彼女が2週間程前、俺が食堂で昼食を食べていた時に
「あっ!蒼太(そうた)くん!やっと会えたぁ……」
やっと?俺に会いたかったの?
「おっ!久しぶり。……ホント、久しぶりだなぁ。何気に会ってなかったよね。どうかした?」
「あの……。実は蒼太くんにお願いがあって……」
「お願い?」なんだろう?
「蒼太くんの肌って凄く綺麗だよね。男性にこんな事を相談するのは恥ずかしいんだけど……。蒼太くんがどんなスキンケアをしてるか教えてほしくて……」
「へ?」
俺は予想もしていなかった【お願い】に変な声が出てしまった。
顔を真っ赤にした彼女は
「う"ー……、やっぱり変なお願いだよね。ごめんなさい。やっぱりいいです」
と矢継ぎ早に謝る。
「いや、全然良いよ。謝んないで、別に変な事でもないし。俺の肌って綺麗なの?」
少しおどけた様に聞く俺に
「うんっ!すっごいきめ細やかな肌で羨ましくって、どうやったらそんなに綺麗な肌になるんだろう?っていっつも思ってて……」
いっつも思ってて?……そんなに俺の顔、よく見てくれてるの?ヤバい。顔がニヤケそうだ。
「そっかぁ……。ありがとう。一応、俺も気を使って色々試してるから、【綺麗】って言ってもらえて嬉しいよ。でも、色々試してみて今はコレが良いかなぁとかはあるけど、何なら肌質とかって人によって違うしなぁ?……もし良かったら、都合がつく時にウチにくる?」
「えっ!?」
「いや、俺が今使ってるのが君の肌に合うかどうかわかんないから、ウチに来て今まで俺が試してみたやつを直に見てみた方がいかなぁ……って思ったんだけど、いきなり家に来るのはアレかっ」
そんなに深くは考えず、でも少しでもいいから距離が縮まればいいなぁと思いながら言ってはみたものの、やっぱ急すぎたかな?
「ごめん、ごめん。何なら本当に良さそうなトコだけチョイスして……」
慌てて前言撤回する様に続きを喋り始めた俺に
「あっ、あのっ!お邪魔していいなら、是非っ!よろしくお願いしますっ」
そう言って彼女は勢いよくペコンと頭を下げた。
そして今日、俺の方が就業時間が遅い為、彼女には一旦自宅に帰って貰い、俺が自宅に着いた後に家に来て貰う様にしたのだ。
ハーブティーを手に俺はキッチンから戻ってきて、二人でカーペットの上に座る。
コトンとハーブティーのカップを置いたローテブルには既にいくつかのスキンケア用品が置いてある。
「はいっ、どーぞ。このハーブティー、デトックス効果もあるから老廃物を身体から出しやすくするし、リラックス効果もあるんだよ」
ローテブルにあるカップを手に持った彼女はすぅーっと深く息を吸い込み、ハーブティーの香りを嗅ぐと
「うわぁ……、いい香り」
と少し肩の力が抜けた様に言ってから、ハーブティーを1口飲んで
「うん、味も美味しいね。……そっか、さすが蒼太くん。飲みものとかにも気を使ってるんだね」
「あー……、まあね。俺さ、中学・高校の頃、ニキビとか酷くて、皮膚科に通わなきゃダメかもってくらいだったの」
「えっ!?そうなの?」
そう言って、俺の顔をじーっと見てなら
「でも、ニキビ跡とかも全然なくて、本当に綺麗」
じっと顔を見られてしまい、緊張しながらも俺は
続きを話す。
「で、やっぱりガキって容赦ないよな。クラスメイトから《ニキビって見た目グロいよな》って言われて……。相手からしたらそこまで深い意味がある様には言ってなかったんだけど、それでも俺は傷ついて……」
そこまで言ってチラッ彼女を見るとショックを受けたかの様にハッと息をのみ両手で口元を抑え、目に涙を溜めている。
『優しいなぁ……』そう感じた俺はそこから明るい口調で続きを話した。
「でも俺はそこでヘコむんじゃなくて、【大変さも知らないで勝手な事言いやがって。見てろよ】って怒りをパワーにして、飲みものや食べ物、スキンケアの方法。あらゆるものを試して、今の状態まで来たんだ。まぁ、そんな事もあったから、君に【綺麗】って言ってもらえた時は本当に嬉しかったよ」
そう言って照れ隠しでハーブティーを飲む。
彼女はそっと目元を拭うと
「蒼太くんは凄く努力して、そんなに綺麗なお肌をゲットしたんだね。なんか私、甘えてるね。私ももっと色々と調べるところから、もう一度頑張ってみようかな」
そう言って、彼女も1口ハーブティーを飲む。
「でもさ、何もしないで俺に相談したんじゃなくて、自分なりに試してみた結果、【俺に相談しよう】って思ったんでしょ?」
俺が聞くと彼女はコクンと頷いた。
「どういう事に困ってる……とか、こんな風になりたい!って言うのがあれば、それを聞いて考えてみるけど……」
少し戸惑った様に俺の顔とハーブティーが入ったカップを交互に見ていた彼女だが、決心がついたようで
「肌が乾燥気味なのが気になってて、しっかり下地からメイクしても蒼太くんみたいな綺麗な肌にはならなくて……。やっぱり、好きな人には【綺麗】とか【可愛い】って言ってもらいたいし、思ってほしくて、綺麗なお肌の蒼太くんみたいになりたくて……」
言っているうちに恥ずかしくなったのか、彼女の言葉はしりすぼみになっていく。
『えっ?好きな人?……好きな人いたんだ』
彼女の言葉に驚きながらも、俺は平然とした風に
「へぇ~。そういう前向きな姿勢って凄くいいと思うよ。キッカケがあれば頑張れると思うし……」
『好きな人って、誰だろう。俺の知らない人かな?
……そぉかぁ、好きな人いたのかぁ……。っていうか、今のままでも十分肌も綺麗だし、可愛いのに……。
俺の頭の中はグルグルと回転している。
「でもさ、綺麗になりたいって、肌は充分綺麗だと思うよ?それに、君は綺麗系っていうより、可愛い系だと思うけど……」
俺の言葉に彼女は
「本当?私の肌、綺麗って言ってもらえるのかな?」
と不安そうだ。
『俺、今さりげなく【綺麗】も【可愛い】も言ったけどリアクション薄いなぁ……。俺が言っても意味ないのかな』
俺は頷いてから
「まぁ、美容に関しては続けて無駄って事はないだろうし……。ちなみに俺が使ってる化粧水とか乳液がこの辺で……」
説明を始めた俺に食い気味で
「これ使ってたら、蒼太くんみたいなお肌になれるの?」
とキラキラした目で聞いてきた。
「まぁ、体質もあるだろうけど、なれるんじゃないかな?……俺みたくなりたいの?」
「うん。蒼太くんのお肌は蒼太くんが【綺麗】って認めた状態だと思うし……。それに私もこの間、会社のロッカールームで何人かと恋バナしてた時に、《あんたの顔じゃ無理。蒼太見習いなよ。あんなに肌綺麗じゃん。蒼太の方が女子力高いって……》って言われて、私の肌じゃ誰かに好きになってもらうなんて無理なんだって思って……」
「はぁ?そんな事言った奴がいるの?」
俺はカチンときた。自分の価値観や考えを押し付ける奴ってホント無理。そんな事言われても悩む必要ないのに。……でも、自分も見た目で言われた事があるから辛い気持ちもよくわかる。
「それでスキンケア、頑張ろうと思ったんだ。でも、今の君の肌……、肌っていうより君の顔、充分綺麗ですっげぇ可愛いよ。俺は好きだけど……」
思わず俺は素直な感想と共に告白までしてしまった。
あれっ?しれっと本音を言ってしまった。ハーブティーでリラックスしすぎたか?
「えっ?ホント?」
驚いたようにそう聞く彼女の顔はみるみる赤くなっていく。(フフっ。赤くなってる)
「うん。本当。すっごく可愛いよ」
ダメ押しでもう一度言ってみた。すると彼女は
「じゃあ、今のままでもいいかな」
何かが吹っ切れたように言う彼女。
「俺はいいと思う。君は今のままで充分可愛いよ。肌だって綺麗だし、唇もプルプル。きっとロッカールームで言ってた奴らは嫉妬してたんだよ。君の好きな人がなんと言っても、俺は君が充分魅力的な女の子って知ってるよ」
ついつい力説した挙句、しっかり自分の想いを伝えてしまった。
顔を真っ赤にして、俯いていた彼女はハーブティーで喉を潤してから恥ずかしそうに
「蒼太くんがそう言ってくれるなら、じゃあ……今のままでもいいかな。好きな人がそこまで褒めてくれたんだもん。出来る努力は勿論続けるけど……」
「えっ?」
好きな人がそこまで褒めてくれたんだもん?
好きな人が?
「君の好きな人って……、えっ?」
軽くパニックを起こしている俺は上手く言葉が出てこない。
モジモジとしながらも
「うん。私の好きな人って、蒼太くん。蒼太くんに好きになってほしくて頑張ろうって思ったけど、ロッカールームではあんな事言われちゃったし、最近、蒼太くんともなかなか話せてなかったし……。だから蒼太くんに相談したんだけど、結局告白までしちゃった」
と真っ赤になって照れた様に言う。
『おいおい、これもハーブティーのリラックス効果か?でも彼女の表情は確かにこの部屋に来たばかりの時よりリラックスして見える』
そんな彼女はもう、可愛くて、愛しくて……
「めっちゃ可愛い。今のままで充分可愛いから、これ以上可愛くならないで。誰かに横取りされそうで不安になる」
彼女の可愛さに膝から崩れ落ちた俺は、彼女に切実に頼んだ。