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-契- 現代陰陽師奇譚
-契- 現代陰陽師奇譚
KUMANO
歴史・時代日本歴史
2025年08月26日
公開日
7,974字
連載中
「……夢を壊すようで大変申し訳ないが……、少なくとも俺……、安倍晴明が式神を操り、鬼や怨霊を退治したという正式な記録は残ってない。よってそれらのほとんどは、後世で脚色されたフィクションだ」 どういう因果か、稀代の陰陽師、安倍晴明として平安の世を生きた記憶を持つ大学生、安倍晴朗(あべはるあき)は、今世は陰陽師としての責任やしがらみからは一切関係のない普通の人間として、平穏自由に生きていくと誓っていた。 しかし彼の元に舞い込んでくるのは現代に蔓延る怪異の謎や、自称陰陽師を名乗る怪しい者たちの陰。 同じように過去世の記憶を持つ青年、賀茂保憲(かもやすのり)とともに、 一千年の刻を越えて、再び交じり合う因縁と向き合っていく、因果応報のホラー綺譚。 ・一部史実を元にした創作です。

序章 四つ辻の怪異

過去世の残滓

 草木も眠る丑三つ時。

 どこかの深い深い森の中。

 海が近いのか、時折波音と潮の香りが漂ってくる。


 一人の男が、森の中を走っていた。

 息は荒く、しきりに背後を気にしながら。

 何かから逃れるように。


 逃げる

 逃げる

 逃げる


 逃げた先で、男は小さなお堂に辿り着いた。

 男はお堂の中に入ると、入口の引き戸を乱雑に閉めて、懐から『五芒星』が書かれたお札を貼り付けた。


 そしてその身を縮こまらせ、走り続けて荒くなっていた息を必死に潜めた。


「____様、どこにいらっしゃるのですか……?」


 外から女の声が聞こえ始めた。

 その絹のように繊細な女の声は、男の名をしきりに呼びながら、お堂の周囲を徘徊しているようだった。

 男は片手で自らの口を塞ぎ、ただただ女が立ち去るのを待った。


 しばらくすると、女の気配は消えた。

 男は恐る恐るお堂から顔を出すと、再び走り出した。


 (一刻も早く、この地を離れなければ)


「見つけましたわ。____様」


 男が驚き振り返る。

 そこには見事な十二単を身に纏った女が、恍惚とした表情を浮かべながら男を見つめている。

 その女の顔半分には、大きな痣が刻まれていた。


 男は女に背を向けて再び走り出した。


 「お待ちくださいませ。お待ちくださいませ」


 逃げても逃げても、女は決して諦めることなく、男を追いかけた。

 ついに男は、海が見える断崖絶壁まで追い込まれた。


 万事休す。そう思ったのも束の間、男は窮地の中でとある策を思いついた。


 男は自らの履物を脱ぐと、崖上に揃えて置いた。

 入水自殺の偽装しようというのである。

 そして男はその場を離れ、近くの寺で身を隠した。 


「まぁ、なんてこと……____様、____様……」


 女は崖上に置かれていた履物を見て、崩れ落ちた。


「私もすぐに……、そちらへ参ります」


 愚かにも男の策に嵌ってしまった女は、


「……これで、ずうっと……一緒でございますわね。……____『晴明はるあき様』」


 一切の迷いなく、崖から飛び降りた。

 しばらくすると男が崖上に現れる。

 男が着ていた『白い狩衣』が、強い波風に煽られ、靡いている。

 そして女が飛び降りた海を眺めながら、呟いた。


「____悪く思うなよ」



 空には満点の星空が、瞬いている。

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