草木も眠る丑三つ時。
どこかの深い深い森の中。
海が近いのか、時折波音と潮の香りが漂ってくる。
一人の男が、森の中を走っていた。
息は荒く、しきりに背後を気にしながら。
何かから逃れるように。
逃げる
逃げる
逃げる
逃げた先で、男は小さなお堂に辿り着いた。
男はお堂の中に入ると、入口の引き戸を乱雑に閉めて、懐から『五芒星』が書かれたお札を貼り付けた。
そしてその身を縮こまらせ、走り続けて荒くなっていた息を必死に潜めた。
「____様、どこにいらっしゃるのですか……?」
外から女の声が聞こえ始めた。
その絹のように繊細な女の声は、男の名をしきりに呼びながら、お堂の周囲を徘徊しているようだった。
男は片手で自らの口を塞ぎ、ただただ女が立ち去るのを待った。
しばらくすると、女の気配は消えた。
男は恐る恐るお堂から顔を出すと、再び走り出した。
(一刻も早く、この地を離れなければ)
「見つけましたわ。____様」
男が驚き振り返る。
そこには見事な十二単を身に纏った女が、恍惚とした表情を浮かべながら男を見つめている。
その女の顔半分には、大きな痣が刻まれていた。
男は女に背を向けて再び走り出した。
「お待ちくださいませ。お待ちくださいませ」
逃げても逃げても、女は決して諦めることなく、男を追いかけた。
ついに男は、海が見える断崖絶壁まで追い込まれた。
万事休す。そう思ったのも束の間、男は窮地の中でとある策を思いついた。
男は自らの履物を脱ぐと、崖上に揃えて置いた。
入水自殺の偽装しようというのである。
そして男はその場を離れ、近くの寺で身を隠した。
「まぁ、なんてこと……____様、____様……」
女は崖上に置かれていた履物を見て、崩れ落ちた。
「私もすぐに……、そちらへ参ります」
愚かにも男の策に嵌ってしまった女は、
「……これで、ずうっと……一緒でございますわね。……____『
一切の迷いなく、崖から飛び降りた。
しばらくすると男が崖上に現れる。
男が着ていた『白い狩衣』が、強い波風に煽られ、靡いている。
そして女が飛び降りた海を眺めながら、呟いた。
「____悪く思うなよ」
空には満点の星空が、瞬いている。