「ちゃんと綺麗にしてるじゃん」
日野虎白は友人の部屋を見回しながら感心した。
「コハクがうるさく言うからな。ちゃんと一人でもキレイにしてんだよ」
颯はドリンクの入ったグラスをテーブルに二つ置くと、自分も床に腰を下ろした。
「もう半年前だっけ?ハヤテが一人暮らしを始めた時はビックリしたよ。なんだかんだハヤテはまだしないと思ってたからさ。あ、飲み物ありがとう」
虎白はグラスを口に運んだ。
「俺だって大学生の間は実家にいるつもりだったんだ」颯はテーブルに肘を置いて頭を掻く。「姉貴と妹にブチ切れられたからなぁ〜」
「でも、その原因は......」
虎白は正面に座る友人に向かって、じと〜っと怪訝な視線を貼りつける。
「ああーそうだよそうだよ」
颯は両手を上げて降参のポーズをとる。
「原因は俺のせいだよ、俺の女遊びのせい。実家にも連れ込んでたからな。わかってるって」
もはや開き直ったのか颯は明るく笑った。
そんな友人に虎白はため息を漏らすが、すでに慣れっこだった。親友はそういう男だ。
「昔からハヤテはよくモテるから、つい遊んじゃうのかもしれないけどさ......もっと女の子のことを大切にしないと、いつか自分自身に返ってくるかもよ?」
「なんだコハク、俺のこと心配してくれてんのか?」
「それは心配するよ!実家を追い出されるくらい遊ぶって、よっぽどだよ??」
「姉貴も妹もカタイからなぁ〜」
「ハヤテが軽すぎるんだよ!」
「わかったわかった。これでも今は控えてるほうなんだから」
「でも、今度の彼女とも別れちゃったんでしょ?」
「それはあれだ、どうも合わなかったんだよな。ちょっとこう、俺には重いっていうか、真面目なんだけど思い込みが激しいタイプでさ」
「ちゃんとやさしくしてあげてた?」
「そのつもりだけど」
「ホント?」
「なんだよ、疑うのか?」
「気になっただけだよ」
虎白は腕組みして口を尖らせる。彼は本気で颯のことを心配していた。そのうち修羅場になって刺されたりするんじゃないか?そんな想像さえ働いてしまう。
「まあ、俺も反省はしてるよ」
わかっているのかいないのか、颯は頬を掻きながら一応の反省の色を表した。それからグラスを手に取り一口飲むと、今度は彼のほうが虎白に意味ありげな視線を向けてきた。
「なに?」と虎白。
「いや〜こうやって改めて見るとさ......」
颯は虎白をしげしげと見つめて言う。
「コハクの女装姿もすっかり様になったなーって。完全に男の娘ってやつだよな?いや、コハクの場合は声も高くて女声だし、もはや完全に女の子だな。しかもカワイイし」
「そ、そうかな?」
虎白は少しモジモジした。嬉しかった。
「そのうえ料理も得意で裁縫まで得意って......おまえは古き良き大和撫子かっ!」
「やまとなでしこ!?」
「ぶっちゃけおまえなら抱ける、いや、結婚したいぐらいだわ」
「なっ!」
「でもさ」
「?」
「昔は色々あったけど......」
颯は感慨深さを滲ませる。
「今日久しぶりにコハクに会って、コハクが自分らしくやれてるみたいで良かったよ」
「ハヤテのおかげだよ」
虎白は即答する。
「あの時イジメられていたボクをハヤテが助けてくれたから」
「たまたまだよ、たまたま」
颯は遠慮するように手を横に振った。
「たまたまだったとしても、事実は事実だから」
「それは、まあそうだけど」
「あの頃は本当に色んなことが重なって塞ぎ込んでいたし......」
コハクは遠くを見つめた。
「ちょうど親が......」と言いかけて颯は言葉を飲み込む。
「悪い。あんまり思い出したくないよな」
「ううん、全然平気だよ」
コハクは微笑を浮かべる。
「確かに当時は親が亡くなってショックだったけどね。そのあと親戚の家に預けられることになって、最初こそは戸惑いもあったけど、本当に良くしてもらったから」
「おじさんとおばさんがイイ人で良かったよな。それに従姉の杏奈ちゃんはコハクのこと大好きだからな」
「杏奈お姉ちゃん、本当にボクのこと可愛がってくれたからね。ボクの趣味にも理解を示してくれたし、本当に特別な人だよ。でもね?」
「ん?」
「ボクが変われた最初のきっかけは、やっぱりハヤテなんだよ」
コハクは親友に誠実な感謝の眼差しを向けた。
「お、俺は」と颯は照れくさそうにする。
「できることをやっただけだよ」
そのまま颯がソワソワしていると、虎白は悪戯っぽくニヤリとする。
「これで女癖さえ悪くなければねぇ......」
「おっとまたそこに戻るか」
「ちゃんと一途だったら、ボクもお嫁さんに立候補しようか、なーんてね」
「おいおいマジか」
「女遊び、やめられる?」
「無理だね」
颯は謎のドヤ顔を決める。
「それは俺の人間としての幅ってやつだからな」
「幅にも限度があるんじゃない?」
二人はじ〜っと見つめ合うと、どちらともなくプッと吹き出した。
親友二人の楽しそうな笑い声が部屋に響く。なんの変哲もない、平凡だけど幸福な時間。
彼らは平凡な幸福に満たされていた。それが間もなく見るも無惨に破壊されてしまうことも知らずに......。