「飲み過ぎですよ」
隣にいる男性から
バーテンダーの後ろには大きな水槽があり、カラフルな熱帯魚たちが悠々と泳いでいる。
杉子は酔ってカウンターに突っ伏している。目には涙の後も残っている。
みっともない、それはわかっている、だが、飲まずにはいられなかった。
お酒に強い方ではないが、今宵はカクテル三杯で簡単に杉子は酔ったのだ。
それはここ最近の自分の睡眠不足も関係していると思っている。胃腸が悲鳴をあげている。
いくら強い方ではないと言っても、ここまで容易く酔えるほど、弱くはないと自負している。
「もう飲まない方がいいですよ」
初めて会った男性に杉子は注意された。不思議だった。初めて会ったのに初めてじゃない気がする。
男性の色素の薄い髪、同じく瞳も茶色でまるで宝石のようだ、と杉子は思った。
スッと伸びた鼻筋、はっきりした二重。それに黄金比とも呼べる美しい顔立ちをしていた。その顔には銀縁の薄いレンズのメガネがよく似合っていた。
(すごく奇麗な男の人……。モデルさん? 連れはいないの?)
杉子は何度も男の顔に見惚れた。どの角度でもその男性は際立った美しさを放っていた。
「なに、飲んでるんですか?」
杉子は早くなる鼓動を抑えて、男性に尋ねた。
「カルーアミルクです」
知的さを感じさせる落ち着いた美声だった。
「あ、そうなんですね」
意外だった。それは女性が好み、もしくは酔わせる道具にも使われる甘く、飲みやすいお酒だ。
「私は甘党でしてね」
そう話す男性のメガネがきらりと光った。
「そうなんですか……」
そう答えるだけで、精一杯だ。杉子を強烈な眠気が襲う。
「杉子さん、良かったら少し休みませんか?」
その男性はなぜか自分の名前を知っている上に、ホテルのキーらしきものをチラつかせていた。
どうせ、彼氏とも別れたし、もうどうでもいいかと杉子は思った。
そう、杉子の彼氏、いや、もとい婚約者は別な女性と結婚すると、風の噂で聞いたばかりだ。
ふざけるな、と言いたい。交際を三年もしてきて寝取られたなんて、惨めすぎる。
でも杉子は怖かった。出会ったばかりの男性と一夜を共にする。こういうのが一番危険なんじゃないかと、酔っている中でも自制が働いていた。