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第2話

「うっ」

 翌朝、頭が痛くて杉子は目が覚めた。やはり悪酔いしたようだ。


 淡いブルーの天井、ヨーロッパを思わせる高級な家具に、柔らかい大きなベッド。

 杉子が左を向くと、大きな窓からは見晴らしの良い景色を一望でき、遠くにスカイツリーが見えた。


 昨夜のおぼろげな記憶を杉子は辿った。


 酔ってバーを出た杉子は、確かに銀縁の眼鏡の男性とタクシーに乗り、都内の高級なホテルの部屋に入った記憶がある。

 足取りもおぼつかず、フラフラだった記憶がある。


「やってしまった……」

 杉子は自己嫌悪に陥ったが、どうにもおかしい。きちんと衣服を着ている。

 薄手の黄色いブラウスにジーンズも穿いたままである。


 ジーンズなんて穿いたまま寝たせいで、身体に疲れがそのまんま残っている。  

 どうやら、なにもされなかったらしい。杉子は安堵の表情を浮かべた。


 そして杉子は壁にかけてある時計に目をやった。


 時刻は朝の六時半である。杉子は飛び起きた。

(今日は出勤だ、仕事だ! ギリギリだ!)


 それにしても、昨夜のあの男性はどこに行ったのだろう、と杉子は辺りを見回した。


 本当に杉子をこのホテルで休ませて、自分は立ち去ったのだろうか?

 そんな紳士みたいな男性がいるのか、それとも自分はそれほどまでに、魅力がなかったのだろうか?

 髪も乱れ、泣き腫らした顔、酒臭い吐息。見るに耐えない状態だったのは否定できない。


 しかし、この部屋はどう見てもグレードが高い部屋で、今の杉子の手持ちでは払えそうにない。あの男性が支払いをしてくれたのだろうか?

 そんなに親切な人間がこの世に存在するのか? 杉子は恐怖を感じた。

 なにが目的だったのか、それに確かにあの男は自分の名前を呼んだ、それは鮮明に覚えている。


 『杉子』なんてレトロで昭和くさい名前だ。杉子は自分の名前があまり好きではない。


 杉子はソファの上に自分の黒いバッグがあるのを確認した。

 今日は絶対に仕事でヘマをするわけにはいかない。自宅に帰って急いで支度をしなければならなかった。


 杉子がソファに近寄ろうとすると、何かを踏んだ。それは物体だ。


 ほどよく柔らかい、高さもある何か……。


 杉子は嫌な予感を否定できないでいた。恐る恐る彼女は視線を床の方に向けた。


「!!!!!!」

 杉子は目を見開いた。昨夜のあの男性が床に枕を置いて仰向けで寝ていた。どうやら杉子は彼の足を踏んだらしい。  


 見惚れるほど端正な寝顔だが、男の行動が理解できない。どうしてソファじゃなく、床で寝ているのか。それに眼鏡もかけたままだ。


「ん……」

 その床男がなにやらモゴモゴと口を動かした。


(へ、変な男だ。床男だ)

 杉子はテーブルの上にあったスマホを持って、ホテルの部屋を飛び出した。






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