癌の診断書を受けた日、夫は元恋人を空港に迎えに行くと言った――私の死後、彼はようやく『行かなくてもいい?』の意味を知る
Patapata
恋愛結婚生活
2026年02月12日
公開日
1.6万字
連載中
癌の診断書を受け取ったあの日、彼は元恋人を迎えに行くと言った。
私は何も告げず、ただ日記を書き始めた。
彼がいなかった日のこと。
彼女が現れた日のこと。
そして、私がひとりで飲み込んだ痛みのこと。
結婚記念日、彼は沖縄行きの航空券を用意してくれた。
けれどその瞬間、彼女から電話が入った。
私は尋ねた。
「行かなくてもいい?」
彼は、答えなかった。
やがて私は一人で沖縄へ向かい、海を見て、それから静かに姿を消した。
彼が私を見つけたとき、もう私はこの世にいなかった。
三冊の私の日記を読み終えたとき、彼はようやく知ったのだ――
七月二十二日、私の手首から血が流れていた夜、彼は彼女と映画を観ていたことを。
八月二十五日、私が睡眠薬を飲み込んだ夜、彼は彼女の病室にいたことを。
彼は仕事を辞め、私が残したレシピ通りに、それからの人生、ずっと料理を作り続けた。
それでも、何かが足りないと感じながら。
やがて彼は気づく。
足りなかった「その一点」は、私だったのだと。
生きている人間は、死んだ人には勝てない。
――この賭けは、私の勝ちだった。
第1話 癌と診断された日、彼は「今夜は帰らない」と言った