財閥の元夫が復縁を求めて跪いたその隣で、私は片想いしていた隣人の“驚愕の正体”を知ってしまった
Minto
恋愛現代恋愛
2026年06月19日
公開日
2.9万字
連載中
朝比奈澪が産婦人科のベッドの上で離婚届に署名していたその時、夫・黒川凌は隣の会議室で会議を続けており、そこには来なかった。
結婚して三年。
彼女は流産を強いられ、大量出血の末に、二度と母になることはできない身体になった。
病室の傍らで、黒川凌が最初に口にした言葉は「二、三日落ち着け」だった。
彼は確信していた。
彼女は自分から離れられない、と。
泣いて戻ってくる、と。
だが澪は泣かなかった。
静かに離婚届を提出し、財産分与も放棄して区役所を出たその日、彼女は微笑んでいた。
その後、彼女は酒場で歌うようになった。
誰も、そこにいる彼女が誰なのか知らない。
ただ一つだけ。
毎日ランキング1位の投げ銭を送り続ける謎の人物がいた。
それは彼女の部屋の向かいに住む隣人。
車椅子に乗り、彼女が歌うたびに静かに耳を傾ける男。
桂木蒼。
表向きは謎めいた青年だが、その正体は財閥の後継者だった。
彼は彼女に近づくためだけに、わざわざ隣に部屋を借り、偶然を装い、玄関前に植物を置いて口実を作っていた。
彼女はそれに気づいていた。
だが、何も言わず、ただ静かに見守っていた。
その頃、黒川凌は諦めきれず、花を持って押しかけ、拒絶されてもなお、彼女の仕事を公の場で侮辱し続けた。
そしてついに狂気に走り、彼女を強引に連れ去り監禁する。
絶望の中、扉が開いた。
そこに立っていたのは、本来なら車椅子にいるはずの男だった。
だが彼は、誰の助けも借りず、自分の足で一歩ずつ歩いてきた。
その瞬間、すべてが変わった。
黒川凌は祖父によってその場で後継権を剥奪され、国外へ追放された。
誰も彼のために口を開かなかった。
そして澪と蒼は区役所へ向かい、一枚の婚姻届を提出した。
式もなければ、派手な披露もない。
ただ彼女は静かに言った。
「誰かがここまでしてくれるなら……一度だけ、信じてみてもいいかもしれません」
その言葉から、ふたりの人生はようやく始まった。