電撃結婚した夫は産婦人科医だった――診察室で彼だと気づかなかった私は、危うく夫をセクハラで訴えるところでした
Osuwari
恋愛結婚生活
2026年08月11日
公開日
3.5万字
連載中
穂乃香と硯司の結婚は、家族に決められた顔合わせから始まった。
婚姻届を提出した翌日、穂乃香は瀬戸内海へ向かい、硯司は病院での勤務に戻った。
そして一か月後――。
診察室で再会した彼女は、目の前にいる産婦人科医が自分の夫だとは気づかなかった。
それどころか、彼の行動を誤解し、危うくセクハラとして訴えるところだった。
しかし硯司は怒ることもなく、ただ左手の指輪を見せた。
「……僕のこと、本当に覚えてない?」
その日から、彼は少しずつ彼女の生活に入り込んでいった。
毎朝朝食を作る。
仕事場には大切な作品を守るための防湿キャビネットを設置する。
家の鍵には、彼女の指紋を登録する。
穂乃香が彼をモデルに漫画を描けば、硯司は真剣な顔で白衣の皺や手首の角度まで確認した。
原稿を盗まれた時、彼は迷わずスマートフォンを差し出した。
「パスコードはない。好きなだけ確認して」
彼女が火傷を負った時には、仕事を休んで病室へ駆けつける。
そして、彼女の手を握りながら静かに告げた。
「もう二度と、一人であの人に会わせない」
最初は名前だけの夫婦だった。
けれど、いつしか彼は、誰よりも頼れる存在になっていた。
そして妊娠を知った日。
いつも冷静な彼が、初めて戸惑った顔を見せる。
「……嬉しい」
知らない人から、大切な人へ。
形式だけの結婚から、本当の家族へ。
二人の関係は、少しずつ「夫婦」になっていった。