夫が私の成果を愛人に渡した――だから私は二人に六十日間の貧しい生活を味わわせ、彼はようやく後悔した
クッキー
恋愛結婚生活
2026年10月14日
公開日
2.6万字
連載中
結婚して七年。
古賀枝乃は、鷹宮夫人という立場を完璧に守ってきた。
義母の薬の管理表は、誰よりも詳しく覚えていた。
夫が接待の席で、空腹のまま飲んではいけない酒まで。
七年間、一杯一杯、彼女が代わりに受け止めてきた。
それでも夫・鷹宮暁彦は、離婚届を用意した。
理由なら、枝乃には分かっていた。
彼は、彼女が二年間かけて担当したプロジェクトの功績者名を変更した。
その名前は――
白石芹香。
二十六歳。
まだ立ち上げたばかりの小さなスタジオを経営する女性。
笑顔は純粋で、謙虚だった。
暁彦は言った。
「君はもう鷹宮夫人だろ」
「これ以上、経歴なんて必要ない」
父が亡くなった日。
秘書から連絡が入った。
「白石さんが今日、初めて個展を開催されるのですが、会場で少し問題が起きまして」
「社長は今、そちらを離れられないそうです」
離婚前。
枝乃は言った。
「この六十日間、あなたたちは一緒に暮らしていい」
「でも彼女に仕事を紹介しないで」
「鷹宮家の力を使わないで」
「彼女のために投資もしないで」
「あなたが言うように、彼女が愛しているのが“あなた自身”なら」
「普通の人間として六十日間、暮らしてみればいい」
そして六十日目。
白石芹香は枝乃の前に立ち、涙を浮かべながら夫へ尋ねた。
「離婚……するんですか?」
暁彦は長い沈黙の後、三文字だけ答えた。
「離婚しない」
けれど枝乃は、引き出しから一枚の書類を取り出した。
新しく作り直した離婚届だった。
それを彼の前へ置く。
「この六十日間で、あなたは一つのことに気づいた」
「私も同じ」
「私は、離婚したい」
十九歳の頃から銀座のギャラリーで彼女の帰りを待ち続けた男。
「君は、生きていてくれるだけでいい」
そう言ってくれた人。
彼は七年間、雨の中でも彼女を待っていた。
今度こそ。
枝乃は傘を差しながら横断歩道を渡る。
そして――
彼のもとへ歩いていった。