【第8回】三木なずなの書籍化道場!!ネオページ編集部

人は小説を書く、小説が描くのは人。



初めましての方は初めまして、そうでない方はお久しぶり。

ライトノベル作家、漫画原作者などを生業にしております、三木なずなと申します。

 

この連載は私三木なずなが、小説投稿サイトにおいて、書籍化のために特化したテクニックを語るための連載、その第8回です。

 

前回は「タイトル」と「あらすじ」についての話をさせて頂きました。
今回は前回の予告通り、もう一段階先となる、物語の世界観や設定の話をしていきたいと思います。



 

この連載を読んで書籍化を目指すほどの方であれば、様々な設定や世界観を妄想、空想したりするという方が多いかと思います。

 

場合によっては、子供の頃からずっと温めていて、長年にわたって積み上げてきた広がりのある重厚な設定や魅力的な世界観になっていることでしょう。

 

余談ですが、数週間前にこんなニュースがありました。
『D&D(ダンジョンズ&ドラゴンズ)』という有名なTRPGのゲームマスター(GM)を趣味としている方が、四十年以上同じゲームをプレイし続けてきて、ゲーム内の時間、あるいは歴史が四百年を突破したという出来事です。

 

これはどういうことなのでしょうか。
まず、TRPG(テーブルトーク・ロールプレイングゲーム)というのは、ものすごく大雑把に説明しますと、複数の人間が集まって(今はオンラインのボイスチャットでも可能ですが)、ゲームマスターの仕切りのもとで主に会話でゲームを進行していくというものです。

 

例えばこういう感じです。

 



GM(ゲームマスター):「スライムが現れました、Aさん、あなたはどうしますか?」
A:「持っている剣で攻撃します」
GM:「わかりました。スライムという種族は剣の効果がうすいです。サイコロを振ってください、1の時だけダメージを与えられます」
A:「振りました――4です」
GM:「では攻撃失敗です。Aさんはスライムに攻撃されて、腕から先を食べられました」

 



上のようなやり取り(+正二十面体のサイコロなどの小道具)で、テレビゲームでいうところのモンスターとの戦闘が行われます。
この場合、スライムに腕を食べられたというキャラクター、あるいはそのエピソードがゲーム内でできあがります。

 

もちろん戦闘だけでなく、きちんとしたルールのもとで、そしてゲームマスターの裁量のもとでゲームとしてのあらゆる進行が可能です。テレビゲームではよくある「宿屋に泊まって回復」というイベントひとつをとっても、ゲームマスターによっては「サイコロを振ってください、○○なら寝違えて完全回復しません」といったユニークな展開にすることも可能です。

 

そして普通は、ゲームの最後に何かしらのゴールが用意されます。また、あるいは途中でなんらかの事件性のあるイベントが起こりゲームオーバーになることもあります。いずれにしろ、ゲームオーバーの状態に陥ると、ゲームはそこで終了です。プレイヤー同士の会話もそこで「おひらき」になるわけです。

 

なお、驚くことに、前述にてご説明した方は、そのゲームの内容をすべて記録して保管したうえで、ゲームの履歴を継ぎ足して継続するという作業をしてきました。その結果、実生活の四十年間の間に、ゲーム内では四百年ほどの時間が経過しました。つまり、ゲームの中で“四百年”というとてつもなく長い歴史が生まれたことになります。

 

つまり、これがどういうことかというと、以前にプレイした記録を引っ張り出して、「四百年前の英雄と同じ行動をした」という理屈で、その時のプレイの結果を決めることも可能なのです。
そうするとゲームのプレイといえど、重厚かつ壮大な歴史の中に身を投じるという感じが味わえると思います。

 

上に例として書いたお話では、そのゲームマスターの人はTRPGのプレイを通じて仲間と一緒に冒険譚を作り上げているわけですが、このように妄想などをめぐらせながら、壮大な世界観や設定、そして歴史などを構築した経験は、創作を志す人であれば珍しくないことかと思います。

 

ということで――そろそろ察しがつく方もいるのではないでしょうか。

 

はい、これも今までにお話ししてきたいくつかの要素と同じでこれらは、Web小説から書籍化に際してはほぼ「必要ないもの」であるということをお伝えしたいのです。

 

根本的に、Web小説を読まれる多くの方は、手っ取り早く面白い作品が読みたいのです。
近年はスマホユーザーが多くなったため、スキマ時間にさっと読むというスタイルが主流になっています。
以前よりもさらに「手っ取り早く面白い作品が読みたい」という欲求が強くなっているのです。

 

一方で人間の快楽原則の話となりますが、例えば全く同じ料理でも、普通に食べれば普通に美味しいですよね。でも限界までお腹を空かせれば、めちゃくちゃに、もっと美味しく感じる。

 

それと同じで、小説の中で用意している面白さが同じだとして、すぐにその面白さをお出しするのと、いろいろあって「限界まで引っ張ってから」お出しした方が、おそらく後者の方が面白いと感じるでしょう。
手っ取り早くではなく、じっくりと物語に引き込んだ方が、与えられる面白さが大きくなります。

 

ですが、何度でもお話ししているように、書籍化を目指している人の多くはプロデビュー前の無名の存在です。多くの読者はあなたに長い時間をかける義理はありません。
最初に壮大な世界観や設定を読まされても、途中で離脱してしまってはその読者にとっては「最後まで空腹のままだった」という満たされない感覚が続いて、不快感だけが残ってしまうのです。

 

以前の回で、想定されている読み方のスタイルに「通勤時間に読む」というのがあることをこちらで書きました。覚えていらっしゃる人はいるでしょうか。

 

例えばある人の通勤時間――これが大体30分から1時間だと仮定しましょう。
幸いにもその30分から1時間の間で、あなたが投稿したWeb投稿小説作品を読んでくれるのはいいとして、ずっと世界観や設定の話に終始したまま、その人の目的地に着いたと仮定するとします。そうなると…その方にとっては「まるで一日分時間を無駄にしてしまった」と思われても仕方がない状況になってしまうわけです。

 

つまりこの連載でよく語っているように、「もういいや。別の作品を読みに行こう」と思われてしまうわけです。

 

これが仮に、数百話が連載された状態であれば、読者も読み飛ばしつつ、サブタイトルなどがあればそれを目安に「この辺がそろそろ面白いかな」と先に面白いところを摘まんで読めるようになるものですが、これから連載して書籍化を目指すとするならば、良くて一日数話の更新が限界になってくると思います。そうなると、読者の人たちは「面白いエピソードがあるところ」が掲出されるまでかなり待たなければなりません。
数日あるいは数週間ほど待たなければいけないということになります。

 

ちなみに、読むのを後回しにされた場合、「面白くなってから見に(読みに)来よう」となるのは、まだいい方で、ほとんどの方は戻ってきてくれません

 

皆さんは「先月ちょっとだけ興味をもったもの」とか覚えていますか? 覚えていたと仮定して、それがWebのものだとするならば、きちんとそのページに再びたどり着けますか?

 

私には無理だと思います。というかできませんでした。
ふと後から思い出して、「アレってなんてタイトルだったっけ? どこのサイトだったっけ?」となることが非常に多いです。

 

そしてそこで、仮に一旦思い出したとしても、ちょっと探して見つからなかったら大半の人が「もういいや」と、あきらめてしまうと思います。

 

前述したこともあり、Web投稿小説においては、設定や世界観の把握に時間がかかる重厚なものはあまり適さない、または最初から不必要かなと思います。
重厚なもの、壮大なテーマのものよりも、「サッ」と楽しんでもらえるようなものが実務上効果を発揮すると考えます。

 

では、どういう設定や世界観がWeb投稿小説に適しているのか。

 

極論、それらを踏まえてできあがったのがいわゆる「Web投稿小説サイトで支持されている、中世ヨーロッパ風の」異世界です。
皆が同じような世界観を共有し合って、どの作品を読んでも読者は前提となる基本的な設定を新たに知る必要がなくなります。

 

ですので、それでもいいのですが、ここではもう一段階掘り下げた説明をしたいと思います。

 

基本的に創作物はまず「主人公がどうなったか」を把握する(できる)のが素直かつ健全な読み方だと思います。
ポジティブなジャンルであれば主人公がいかに成功するか、ネガティブな作品であるのなら主人公がいかに挫折を繰り返すか。それを読者の人は読みたいと思うのです。

 

現状、Web小説の書籍化は99%が、主人公がいかに成功してまわりからチヤホヤされるかを描いたもの、もしくはその道のりを描いたものであります。

 

ここでもログラインの話と同じことが言えます。

 

ログラインをざっくり「主人公が成功するもの」とするならば、そのログラインに物語のすべての要素を込めるべきと以前書かせて頂いたように、設定も世界観もすべてそれに合わせて設計していくものです。

 

ちょっとトリッキーな例を挙げるとしましょう。かの有名な『HUNTER×HUNTER(ハンター×ハンター)』という作品の中で、特に評価の高い“グリードアイランド編”というのがあります。

 

このグリードアイランド編は様々な見どころがありますが、その中の一つに「主人公の父親が主人公を育てるためにグリードアイランドという壮大な修行場をつくった」というエピソードがあります。

 

その修行場は、素直に回っていけば子供やド素人であっても真っ当に成長が期待できる、というものです。

 

これは言い換えればグリードアイランドという舞台はその主人公に合わせて設計したものというふうに言い換えることができます。

 

素直に修行場を回っていけば真っ当に成長するというのは、言い換えれば徐々に、そしてくり返し成功していくということでもあります。
グリードアイランドは、主人公の父親が、主人公がくり返し成功するために設計したものと言えます。

 

そもそもこのグリードアイランドを例に挙げなくても、一般的なテレビゲームなどは基本このような作りとなっています。
ゲームデザイン的には、プレイヤーがくり返し小さな成功をして、最終的にクリアできるように設計されているものです。
およそすべての要素が、局地的な成功のためにあり、最終的な成功、つまり「ゲームのクリア」のためにあります。
それが素直なゲームデザインと言えると思います。

 

それと同じで、作品で主人公を活躍させるには、設定から世界観まで全て主人公の都合のいいように作るのが手っ取り早いです。
そうすればおのずと、設定も世界観も主人公が活躍するようになってくるわけですから、設定や世界観などが読まれたときも読者はログラインになっているタイトルを見て期待をすることができます。

 

とことんログラインに沿った、主人公が活躍するための設定や世界観を作る。
これが書籍化に必要な下準備の最終段階であると思います。

 

うまく作れるのであればぜひ作ってみてください。それが他の作品との差別化となる、プラスアルファとなります。
それが難しい方は、書籍化を目指す講座ですから、素直に皆が共有し主人公が活躍するために最適化していったWeb投稿小説サイトで支持されている異世界の設定などを踏襲しましょう。それでもまったく問題はないはずです。

 

というわけで、今回は設定や世界観の話をしました。
次回はさらに一段階奥へ踏み込み、小説の「本文」についてお話ししたいと思います。



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