あらすじ
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芦原汐里は、元夫の口の多さにうんざりしていた。 だから離婚後、思い切って“喋れない男”を恋人に選んだ。 その無口な彼は、若くて素直で、何をしても可愛らしい。 汐里にとって、まさに理想の相手だった。 ある日、汐里が友人へ荷物を届けるため会員制クラブを訪れた時、偶然ある部屋の前を通りかかった。 その中から、男の声が聞こえた。 「羽さん、いつまでその演技を続けるつもりですか?」 次の瞬間。 あの“口がきけないはずの彼”が、はっきりと言葉を発した。 芦原汐里は、まさか彼とその仲間の会話を聞くことになるなんて思ってもいなかった。 「羽さん、いつまで騙し続けるつもりなんですか?」 「飽きるまで」 --- 元夫との結婚が失敗だったのか、汐里には今でも分からない。 久我怜治と結婚した時、周囲の誰もが言った。 「彼女は名家に嫁げて幸せね」 盛大な結婚式。 三メートルも裾を引く白無垢。 汐里は静かに夫の後ろを歩いた。 まるで完璧に飾られた展示品のように。 けれど結婚後、彼女は知った。 あの結婚にあったのは愛ではなく、ただの取引だったのだと。 久我怜治は誰に対しても優しく気遣いのできる人だった。 ただ一人、妻である汐里を除いて。 彼の態度は、あまりにも丁寧で他人行儀だった。 同じ食卓で食事をしていても、彼はこう尋ねる。 「帰りの車、呼びましょうか?」 そして本当に車を手配し、彼女を自分の家ではなく、彼女自身のマンションへ送り返した。 汐里が半年分の給料を貯めて贈った腕時計を、彼は身につけていた。 けれど自分用にもっと高価な時計を買うと、その腕時計は何の感情もなく引き出しの奥へしまわれた。 --- 汐里は離婚を切り出した。 離婚届に署名した日、彼女は泣かなかった。 ただ静かに事務所を出た。 その出口で、一人の少年が彼女の前に立ちはだかった。 黒いスーツ姿。 俯きながら、彼女へ手話で伝える。 自分は話すことができない、と。 名前は―― 桐生羽。 彼は、元夫・久我怜治の甥だった。 --- 後になって、汐里は知ることになる。 彼が自分のもとへ送られた理由は、監視するためだった。 喋れないふり。 不器用なふり。 彼女に拾われた可哀想な青年のふり。 そして―― 彼女を愛しているふり。 全部、嘘だった。 閉じる
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創意工夫ありし者創意工夫ありし者2026-09-02 19:18ネオ・デビューネオ・デビュー2026-09-02 19:18作者のひとりごと作者のひとりごと
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二人の婚約者を同じように大切にしていた私――愛する彼に裏切られた日、私は彼の兄と結婚することを選びました
二人の婚約者を同じように大切にしていた私――愛する彼に裏切られた日、私は彼の兄と結婚することを選びました夕夏には、二人の婚約者がいた。 母は最期の時、彼女にこう言った。 「二人に同じだけ優しくしてあげて」 「どちらか一人を贔屓してはいけないよ」 だから夕夏は毎年、二つの最中を作った。 二枚のマフラーを編んだ。 重さも、込めた想いも、少しも違わないように。 一人は、受け取った瞬間にその場でマフラーを身につけた。 「暖かいな」 「……また手がひび割れてるんじゃないか?」 もう一人は、人前で包みを開けながら言った。 「去年のやつなら沙耶にあげたよ」 「あいつ、色がスーパーで売ってるみたいだって言ってた」 一人は、夕夏が何気なく呟いた「梅の花を撮りに行きたい」という言葉を、一年間ずっと覚えていた。 もう一人は、友人たちにこう話していた。 「誰があいつを好きになるんだよ」 「所詮、商売人の娘だろ」 「神崎家の前じゃ、あいつの店の売上なんて何の価値もない」 夕夏は思っていた。 きっと彼は、口では冷たくても本当は優しい人なのだと。 けれど。 海辺で偶然聞いてしまった。 彼の本当の言葉を。 「機嫌を取ってるだけだよ」 「喜ばせておけば、大人しく菓子を作って、マフラーでも編んでくれるからな」 その瞬間。 十年間、二人分作り続けてきたものが、すべて無意味だったと知った。 今年、栗が不作になった。 作れるのは、一つだけ。 もう二人に同じだけ与えることはできない。 だから夕夏は選ばなければならなかった。 自分のすべての優しさを、たった一人へ捧げる相手を。 そして彼女が選んだのは―― 彼ではなかった。 --- 後日。 彼は十時庵の前に跪いた。 谷中商店街を行き交う人々の視線も気にせず、夕夏へ手を伸ばす。 「俺が間違っていた」 「兄貴にできることなら、俺にも全部できる」 「だから戻ってきてくれ」 夕夏は暖簾の内側に立ち、薄い布越しに彼を見つめた。 そして静かに言った。 「あなたは、私があげたものを当たり前だと思っていた」 「私が絶対に離れないと思っていた」 「でも、ごめんなさい」 「私はもう、行くね」 暖簾がゆっくりと下りる。 彼の視界から、最後に残った彼女の姿を隠した。 夕夏が選んだその人は―― 最初から一度も、彼女を待たせることなどなかった。
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