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第82話「よるをはげます」

 颯真が帰還したと【ナイトウォッチ】本部に正式に連絡が入り、そこからは【ナイトウォッチ】本部も颯真も慌ただしく動くことになった。


 まずは帰還した颯真のメディカルチェック。裏の世界での交戦記録やその他体調に影響が出ていないかの確認、そういった諸々のチェックを終えた後は事情聴取。


 何故、あのような行動を起こしたのか、から始まり裏の世界で颯真が見聞きしたこと、【タソガレ】のこと、そしてミツキの目的などを事細かに、何度も繰り返し質問される。

 それはさっき言った、録音もしているはずなのにどうして何度も質問する、と思いつつも颯真は辛抱強く質問に答えていった。


 いつこの事情聴取が終わるかは分からない。分からないから冬希にいつ会えるかも分からない。それでも、颯真が辛抱強く事情聴取に答え続けたのはひとえに「早く冬希ともう一度戦場に立ちたい」と思ったからだ。


 これだけ事情聴取が長期間にわたると流石の颯真も【ナイトウォッチ】本部を抜け出してもう一度冬希に会いに行きたいと思いたくなる。しかし、そんなことをすれば裏切り者に捉えられかねないしそうなった場合のその後が面倒になる。

 今まで、誰も戻ってこなかった裏の世界から帰還したレアケース、それも【タソガレ】であるアキトシを連れてである。【タソガレ】と何かしらの交渉があった、颯真が【タソガレ】に与した等、人類側にも考えることはたくさんある。


 颯真と共に表の世界に来たアキトシも敵意はない、ということで【ナイトウォッチ】に保護され、様々なことを訊かれているらしい。らしい、というのは【ナイトウォッチ】本部に二人が連れられてからは別室に軟禁状態となり、顔を合わせることがないからだ。颯真が隊員に質問すると「別の部屋で【タソガレ】について色々教えてもらっている」という返答が来たが、実際のところ本当にそうなのかは颯真も知る方法がない。


「アキトシさん……大丈夫かな」


 【ナイトウォッチ】本部に用意された個室のベッドに寝転がり、颯真が呟く。

 あの、初めて【あのものたち】を見た運命の日からずっと慌ただしかった颯真の日常だったが、今は事情聴取やちょっとした検査以外にすることがなく、颯真は暇と持て余していた。体力維持のためにトレーニングルームの利用などは許されていたが自由に本部を動き回る権限はなく、ここ数日の颯真の毎日はトレーニングルームと個室の往復だけとなっていた。流石にそれだと暇だろうから、と宿舎から携帯端末と数冊の本は差し入れてもらえたが外部との連絡を制限するためか携帯端末に電波は届かず、中に登録した電子書籍を読む程度にしか使えない。その電子書籍もあらかた読み終わっており、颯真ははぁ、とベッドの上で寝返りを打った。


「冬希……」


 別れ際の冬希の顔を思い出す。近いうちにまた会えるからと離れた二人。まだ数日しか経過していないはずなのにもう何年も会っていないような錯覚を覚え、寂しくなる。

 早く会いたい、今までずっとすれ違っていた分、色々なことを話したい。もし、許されるなら——。


 ふと、「その先」のことを考えてしまい、颯真の顔が真っ赤になる。

 ひとしきり悶絶し、颯真はベッドにうつ伏せになる。


「……だめだって、だめだってば」


 いくら何でも飛躍しすぎている。ほんの数日前は冬希は大切な仲間だ、と思っていたのに自分の感情をはっきり自覚した途端にこれで、あまりにもひどすぎる。

 無縁だと思っていたのに、手に届く位置に現れたその欲に自分の現金さを思い知る。


 悶々としながら、颯真はため息をつき、体を起こした。

 こんなところで考え込んでいても仕方ない、身体を動かして気を紛らわせた方がいい、そう考えた颯真はスポーツウェアに着替え、タオルを手にトレーニングルームに向かう。

 様々なマシンが並んだトレーニングルームには先客がいた。


「……おう、南か」

「鏑木隊長」


 ベンチプレスでいくつもの重りを取り付けたバーベルを上げ下げしていた淳史が手を止め、体を起こす。

 颯真が歩み寄り、興味本位で重りを確認すると200kg近くはあるようで、心の中で驚いておく。


 いくら魂技で肉体強化できるとはいえ、解放していない状態で200kgとなると普通にすごい力の持ち主である。【強化Reinforcement】を使用した颯真でもこの重量は無理かもしれない。


 鍛えているんだな、と思いつつ、颯真は筋肉ではちきれそうになっているタンクトップ姿の淳史を見る。


「その節は、すみませんでした」


 とりあえず、自分が所属している隊の隊長なので謝罪しておく。

 颯真の謝罪に、淳史はおう、と頷いた。


「無事に戻ってきて何よりだ。言いたいことはいろいろあるが、たぶん神谷が全部言っていると思うから俺からは何も言わん。復帰したら今度は気をつけろよ」

「はい」


 頷いてから、颯真がところで、と淳史を見る。


「鏑木隊長はどうしてここに」

「あー……」


 颯真の質問に、淳史はからからと笑ってみせる。


「お前の件で俺もちょくちょく呼び出しを喰らってな。そのついでにここでトレーニングさせてもらっているわけだ」


 ほら、隊員は無料で使えるし、と笑う淳史に、颯真ははぁ、とあいまいに頷いた。

 呼び出しを受けた件に関しては純粋に申し訳ないとは思うが、それでも転んではただで起きぬとばかりにトレーニングルームを利用する淳史のしたたかさが羨ましい。

 僕も負けないように頑張らなければ、と思いつつ、颯真はもう一度すみませんと謝罪した。


「気にすんな。今まで誰も戻ってこれなかった裏の世界から戻ってきたんだ、それだけで大金星だ」


 しかも、【あのものたち】に対する情報という手土産付きだ、と続ける淳史に、颯真はそうですね、と頷く。

 様々な偶然が重なったとはいえ、颯真は戻ってこれたし敵の情報も一部が明らかになった。


 それは今後の戦いが激化していくだろう、ということにつながるが、同時に【あのものたち】との戦いが終わりに向かって前進したことを意味する。

 だから、淳史も颯真の独断専行を責めてはいけないと思ったのだろう。確かに危険は冒したが、それに見合った情報が手に入った、と。


「しかし、【タソガレ】ねえ……」


 颯真を前に、淳史は独り言ちる。


「俺は上から開示された情報しか知らないが、【あのものたち】にも文明があった、ということだろ? まぁ高位の奴は知性があるからコミュニティくらいはあると思っていたがまさか人類以上の文明を築いていたとはな……」

「それは僕もびっくりしました。人類もあと半世紀くらいしたらあれくらいにはなるのかな、という技術レベルを感じました」


 ホログラム投影などは人類側にも確立された技術ではあるが、遠くから見た街の発展は今の人類のものよりもそれなりに高度なものだった。人類があれに追い付くにはあと半世紀くらい、と颯真は見積もったが、それは颯真が知る限りの技術力であり、一般市民が知る技術は氷山の一角とも言われている。竜一の手を借りたとはいえ、魂の利用を実用化している時点でもっと早く追いつけるかもしれない。


 そんな、高度な技術力を持った【タソガレ】との戦争。戦いが激化すれば人類側の被害はより大きなものとなり、そうなることで【タソガレ】に魂というエネルギー源が効率よくもたらされる結果につながるかもしれない。

 それは淳史も考えたようで、少し考えるようなそぶりを見せ、それから口を開く。


「これからはかなり厳しい戦いになるぞ」

「そうですね」


 颯真も同意し、拳を握る。


「……でも、負けません」

「言うねえ」


 颯真の決意に満ちた目に、淳史が満足そうに頷く。

 颯真に【タソガレ】の力が宿っていることは既に報告を受けている。だが、颯真のその力を気持ち悪いとか、颯真は人間ではないから使いつぶせばいいとか、そんな気持ちは全くなかった。

 むしろ、【タソガレ】の力を宿しているのに人類に味方するのかと最初は考えたが、すぐにその考えも吹き飛んでしまった。


 颯真が人類側について戦うことを決めたのは人類側に「守りたい人間」がいるからだ。それが誰かは考えるまでもない。

 実際には颯真の決断は人類も【タソガレ】も守るというものである。それでも表の世界に戻り、【ナイトウォッチ】に帰還したということはひとまず人類のために戦うつもりだ、と淳史は結論付けていた。


 成長したな、と淳史は颯真の顔を見て心の中で呟く。

 颯真の成長には驚かされるばかりだ。齢十七歳の、大人になり切れない少年がすぐに決断できないような選択肢を提示されても颯真は自分の信念で選択し、その選択の責任を負っている。

 過酷な運命を知らされてもなお、戦うことを選んだ颯真に敬意を表し、淳史はこれからもしっかり見守っていこう、と心に誓った。


 颯真ならきっと道を踏み違えない。颯真が望むように人類も【タソガレ】も幸せになる未来を切り開くかもしれない。

 それなら、自分はその手伝いをするだけだ、と淳史は思った。

 この戦いの鍵は颯真にある。その鍵をなくさないように、壊さないように、守り抜くだけだ。


「南、」


 淳史がそう声をかけ、颯真を見る。


「復帰したらしっかりこき使ってやるからな。それまではトレーニングを怠るなよ」

「勿論です。もっと僕を強くしてください」


 冬希を守りきるために。冬希の隣に立ち、共にミツキを倒すために。

 力強く頷き、颯真は「失礼します」と近くのトレーニングマシンに向かって歩き出した。

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