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第2回

 暗闇の中に、ぽつんと小さな少女が立っていた。


 総花柄のワンピースに肩の少し上で切りそろえられた髪。

 後ろ姿でも分かる。


 ああ美喜だと、憂喜はうれしく思った。10年前に亡くなった、憂喜の妹。今では憂喜の守護者になって彼の後ろにいると、機関の視えるカウンセラーが言っていた。


「美喜」


 名を呼ぶと振り返り、憂喜を見て、ぱっと顔をほころばせる。

 花のような笑顔。


――ちぃ兄ちゃん。


 両手を前に出して駆け寄ってくる彼女を、しゃがんで抱きとめた。

(……熱い?)

 尋常でない体の熱に驚いて、身を離して見ると、ボッと美喜の体に火がついた。


「美喜!?」


――ちぃ兄ちゃん、こわいよ。とっても恐ろしい人食い鬼がやって来るよ。ちぃ兄ちゃん、気をつけて。


 体内から噴き出すように火はどんどん大きくなっていき、美喜の体がまたたく間に炎に包まれていく。その炎は彼女の両肩を抱く憂喜の手にも燃え移った。


「あつっ! 熱い! 美喜!!」


――ちぃ兄ちゃん、気をつけて。鬼が来る。ずる賢い鬼が。


 美喜は同じ言葉を繰り返し。こわい、としがみつく。そして2人は炎に飲まれた。



◆◆◆



「美喜!」


 憂喜は自分の声で目を覚ました。

 どこにも美喜の姿はなく、炎も見えず、手にも焼かれた形跡はない。見慣れた天井が広がり、カーテンの向こうからは朝日が透けてベッドの上まで届いている。

 とても夢とは思えない、まるで現実に焼かれているようだった。

 肌を焼かれる熱と痛みを思いだし、憂喜はしばらくの間ぼんやりと天井を見つめ、そしてつぶやいた。

「暑い……」




 着替えを終えるころには、あんな夢を見たのはきっとこの暑さのせいだと結論がついていた。


 9月も下旬だというのにまだ暑い。日中の気温は30度近くになることもよくあり、早朝でも24~25度はある。

 部屋にいるだけで汗がにじむ。

(エアコンの効きが悪いな、買い換えたほうがいいかな)

 そんなことを考えつつ階下に降りるとキッチンでテレビの音がしていた。父が毎朝見ているニュース番組だろう。

「おはよー」

 ドアをくぐって入ると、朝食を食べる父がいた。

 父は和食派、憂喜はパン派で、朝はお互い自分で好きに構えて食べることになっている。

「よく眠れたか」

「まあね」

 と、いつもの会話をしながらパンをトースターに入れて冷蔵庫から取り出した牛乳をコップにそそぐ。

 パンが焼ける間の時間つぶしにとテレビに目を向けると、昨日の自殺報道をやっていた。中学生の少女が自室のベッドで手首を切って死んでいたというものだ。


 テレビの画面にテロップが流れた。死んだのは、杉山 たま子という13歳の少女だった。

 学校でいじめにあっていて、それを苦にしてではないかということが匿名の学生から語られていた。


「13歳で自死とは……。まだほんの子どもで、人生はこれからだというのに」

 「世も末だ」とつぶやき、やれやれと首を振る。

「なんかさ、この前も似たようなニュース流れてなかった?

 あ、あれは飛び降りか」

 自分でした質問に、自分で答える。

「最近自殺が多いらしいね」

 そう口にしながらも、憂喜の関心は早く焼けないかとトースターのパンへと向いていた。

 しょせんテレビの中の出来事、よその地で起きた、自分とは何の関係もない事件でしかない。

 ただ、歩きながら報道する男性の背景に見覚えがある気がした。どこだろう? と、じーっと見ていると、人形だらけの公園が端のほうに小さく映る。


(あ! 夏休みにみんなで行った、あそこか!)

 低級霊が大量にうろついていて、視ているだけで鳥肌が立って、入れなかった公園。バスで山を越えて2時間くらい行った先にある町だ。

 結構近場で起きたんだな、と考えながらトーストにバターを塗って、席につく。

 テレビのニュースは現場からスタジオに移って、司会者による、全国死亡者数が早くも前年を上回り、中でも自殺者の数が4万人を突破しているという話に対するコメンテーターの意見に変わっていた。


 それはそれで少し興味を引かれたが、それよりも憂喜にはほかに考えなくてはいけないことがあった。美喜の夢を見たことを父に話すべきかどうか、だ。

 カウンセラーは、亡くなった3人のことを胸に抱え込まず、積極的に互いに話すことを推奨していた。

 内容については触れず、ただ「美喜の夢を見たよ」と言うだけでいいとも思ったが、しかしカウンセリングで美喜の名前が出たとき、父は目に涙をにじませていた。泣かせたくない。父に泣かれると、どう反応していいか分からなくなってしまう。はたして口にしていいものか……。

 しかし黙っているのも気が引けて、意を決して話そうとしたのだが。


「あのっ、父さん」

「あのな、憂喜」

 2人同時に互いを呼び合ってしまった。

「すまん。何だ? 憂喜」

「……父さんからでいいよ」

 早くもくじけて、父に譲る。

「そうか」

 こほ。と空咳をして、あらたまった様子で父が切り出した話の内容は。

 今朝見た夢など吹き飛ぶ、爆弾級の威力のあるものだった。


「実はな、憂喜。その……おまえに、会ってもらいたい人がいるんだ。……あ、おまえの都合のいい日でいいから」



◆◆◆



「へー! それでおまえ、何て答えたんだよ?」


 昼休み。

 4人でいつもの屋上の塔屋で昼食を食べながら今朝の話をしたら、田中が目をキラキラさせながら食いついてきた。

 前のめりな田中に気圧されて、憂喜は購買部で買ってきたパンを食べるのを中断して後ろに手をつく。

 お茶のパックを一口飲み。

「べつに何も。そっちでセッティングしてくれたらいつでも会うよ、って」

「ほー。会うんだ」

「そりゃ。だって、離婚して10年だからな。むしろ遅いほうじゃないか?」

 嫌いあって別れたわけではなかった。やむにやまれず離れて暮らすことになったわけだが、二度と会えなくても互いを思いやっていた。

 その母が死んでからは2カ月と少ししかたっていないが、10年、義理を立てたとも言える。

 それに、これは憂喜の母も願っていたことだった。そう考えれば、憂喜に異存はない。


「将来俺が家を出ることになったとき、父さんが1人じゃないと思えばこっちも楽だし」

「ふーん。おっとなー」

「なんだよ」

 茶化す田中に空になったパックを投げる。

 それを両手でキャッチして、まだニヤニヤ笑っている田中に、憂喜は「それより」と話題を転換することにした。


「俺はこの前返された全統模試のほうがずっと気になってしかたないよ」

「あー、おまえ、B判定だっけ」

「そう」

 返された結果は、484/800点だった。約60%。もっといけると思っていたのだが、そうはならなかった。この結果に塾講師は眉を寄せた。

『憂喜くんの志望は慶應義塾大学法科だったね。これでは少し厳しいかもしれない』

 もちろん共通テストの数字だけでなくほかの要素も重要だが、そういった2次試験を視野に入れると、合格ラインぎりぎりではかなり厳しいものがある。特に今は9月。本試験の2月まで5カ月を切っている。勉強法の見直しと全科目の底上げをするには、相当頑張らないといけないだろう。

 一応併願で一橋も視野にあるが、やっぱり塾生になりたい。


「憂喜が苦手なのって何だ? 英語か?」

「そう。特に語彙・語法がキツい。法律用語が多くて」

 ばったり。塔屋に伏せる。

「そっかー。俺も慶應併願するつもりだけど、経済学部だからなー。そっちは無理だなー」

 田中はガリガリと頭をかいた。

 常に学年10位以内、1年のときからA判定で合格余裕の田中には、きっとこんな悩みとか苦しみは分からないんだろう、そう思うと無性に自分がなさけなく思えてしかたなかった。

 同じ学校に通って、同じ授業を受けて、この差。しかもこっちは塾通いしてるっていうのに。


(ううーーー……)

 ごろんごろん転がって、仰向けになった。青い空がまぶしくて、腕を目の上にあてる。

 劣等感。嫉妬。ひがみ。ずるい、とか。田中にこんなことを感じる自分がいやだ。田中には田中の事情があるに決まってるのに。

 ――ああ、くそっ。


「……自殺したくなる人の気持ちがわかるな……」


 朝のニュースが頭をよぎって、そんな言葉が口をついた。

 直後、はっとして身を起こす。

 正面に斉藤を見、ごめん、と深く頭を下げた。


「ごめん! 俺、ぼーっとして、つい、考えなしなこと口にして!」


 斉藤の妹は2年前、深刻ないじめから自殺をしていた。運良く帰宅した斉藤が見つけて救助し、未遂に終わったが、そのことで田舎の祖父母に預けられたという経緯があった。

 斉藤はパックのジュースを飲むのを中断して、構わないと言うように首を振った。

「そういや夏休みに会ってきたんだろ。奈那ななちゃんどうだった?」

 斉藤兄妹とは小学校から付き合いのある気安さで、田中が訊く。

 斉藤は「うん」とうなずき、そのときのことを思いだしたのか、軽く口元を緩ませて、「元気だ」と答えた。


「友達もできて、一緒に川へ泳ぎに行ったり、山へアケビを採りに行ったりしてると言ってた。ここが自分には合ってる、楽しい、って」


「そっか! 良かったじゃん!!」

 ばしっと田中が背中を強くたたいて、斉藤の手からパックが飛んだ。

 隼人が素早く宙でキャッチし、斉藤に返す。

「おまえ、強すぎ」

「ごめんごめん」

 笑ったことで空気が和んで、この場はそれで終わった。



◆◆◆



 しかし、これもまた巫女の家系の母からの血を色濃く受け継いだ憂喜の無意識な力の発露、虫の知らせだったのだろうか。


 昼休み後4限目を受けていたとき、教頭がクラスのドアを開けて斉藤を呼んだ。両親から緊急の電話ということで職員室へ向かう。内容は「奈那がまた自殺を図った」というものだった。


 早退し、両親の迎えの車を待って他県にある田舎の祖父母宅へと急ぐ。片道4時間がもどかしい。道中、両親が祖母から聞いたという話をしてくれたが、昼休み、立入禁止になっている屋上から飛び降りた、遺書はなかった、下に植えられていた樹にぶつかって手足の骨折と脳震盪のうしんとうだけですんだ、命は助かった、ということしかわからず、肝心の「なぜそんなことをしたのか」については不明のままだった。本人に聞くしかない、ということだが、治療を受けている間、担任や祖父母が何度尋ねても奈那は口を開かず、ずっと黙ったままだという。


 家の近くまで来たところでいったん電話をかけると、まだ2人とも病院にいるということなので、直接病院へ向かうことにした。

 小さな町の総合病院だった。駐車場はさほど大きくなく、全部埋まっているように見えたが、名前を名乗ると警備員が緊急用の駐車スペースへ誘導してくれた。そこは救急外来用の出入り口の近くで、入り口には看護師と祖父が待機していて、彼らを奈那の病室へ案内してくれた。

 奈那は個室に寝かされていた。顔には大小のあざがあり、血がにじんだひっかき傷のような傷が幾つもついている。ほおには大きなステリテープが貼られていた。強力な圧着力で傷口を合わせて自然治癒力で閉じさせるテープだ。奈那に使われているのは医療機関向けだからもっと強力なものだろう。顔ということを考慮し、縫合痕を醜形として残さないための処置だと思った。


「わたしらが来たときもまだものすごく興奮してて、先生が鎮静剤を処方してくれたんよ」

 付き添っていた祖母が、ひそひそ声で3人に教えた。

「よう寝とる」

 そう話す間も、点滴をする奈那の手に手を添えて、心配そうに見ている。

「奈那は何か……その、こんなことをした事情を話しましたか?」

 母親が小さな声で問うと祖母は眉をひそめ、

「ここに寝かされて、注射打たれて、ようやく、ネットがどうとか何か言うとったけど、わたしらにはそういうの、全然わからんき」

 と答えた。

 それからも両親は祖父母にいろいろな質問をした。ここ最近の奈那はどうだったか、行動に何か変わったことはなかったか、などだ。

 眠る奈那を気遣い、部屋の隅の衝立の後ろへ移動して話していたが、個室といっても小さな部屋だ。そういった会話の声が誘因となったか、奈那がゆっくりと目を開いた。


「奈那」

 枕元で見守っていた斉藤が声をかける。それを聞いた両親たちが、わっとベッドに駆け寄ろうとしたが、斉藤が後ろ手で制した。

 奈那はまだ鎮静剤が効いているのか、ぼんやりした表情でとろんとした目をしている。

「お兄ちゃん……来てくれたの……」

 奈那は自他共に認めるお兄ちゃん子だ。強くてかっこよくて賢い兄を尊敬し、自慢にしている。

 うれしそうに斉藤を呼んだあと、頭の中が晴れて記憶が戻ってきたのか、表情を曇らせた。

「……ごめんなさい。また、みんなを失望させちゃった……」

「そんなことは思ってない。ただ、何があったのか知りたいとは思ってる。

 おまえが心配なんだ。おまえが大切だから。また同じことをしてほしくない」

「……おばあちゃんたち、いる……?」

 呼ばれて、思わず駆け寄ろうとした祖母を手と肩越しの視線で制すると、斉藤は再び奈那へ目を戻した。

「いない。俺だけだ」

「……そう。あの、ね。おばあちゃんたちには、内緒にしてね」

「わかった」

「3日くらい前かな……飲物を取りに下へ行こうと、階段を下りようとしたら……おばあちゃんたちが話してたの、聞こえちゃったんだ。今のあたしなら、家に戻っても、やっていけるんじゃないか……って……」

 ショックだった。家に戻るのはいやじゃないけど、あそこにはあいつらがいる。あいつらのいる学校に戻らないといけなくなる。そう思ったら、頭が真っ白になって、すうっと体が冷たくなって、がくがくと震えがきた。立っていられなくて、その場にへたり込んでしまった。


「……このままだと、帰されちゃうって、思ったの……」

「おばあさんたちは、おまえのいやがることは絶対にしない。おまえが来たときよりずっと良くなったのがうれしくて、口にしただけだ。おまえが好きだからよろこんだんだ。おまえがいやだと言えば、そんなことはしなかった」

「……うん。そうだと思う。でも……なんでかな……あのときは、思いつかなかったの……。おばあちゃんたちは、あたしをあの地獄に戻したがってるんだって思って……、裏切られたと思って、悲しくて……すごく腹が立ったの……。

 そうしたら、あのサイトが目に入って……」


 ぽつりぽつりと話す奈那のいうサイトとは、簡単に言えば自決を促すサイトだった。そこにはピンクの点滅文字で大きく『Let's all commit suicide!』と書かれていたという。

 なんでそんなサイトに、と訊くと、家にいたときから自分と同じような体験をしている人のネガティブなポストを見ていた、と奈那は告白した。斉藤は、妹がそんなことをしていたのを全く知らず、少しショックを受けたが顔には出さなかった。

「そういうつぶやきを見てると、自分だけじゃない……って安心できたっていうか……自分よりもっとひどい人がいる、この人でも生きているんだからあたしも……って、思えたの……」

 そして、そういうつぶやきに対してリポストしている人の中で、肯定的なものを読んだり、その人とつながっている人の同様なつぶやきを読んだりと、渡っているうちにそのサイトに行き着いたという。


『ここ、自尻ジケツを考えている人にはおすすめだよ! 俺の知り合いもここを使ってすごく楽にジケツできたって言ってた(ワラ』


 完全にパロディアカウントによる悪趣味なポストで、だれも本気にしない類いのものだった。それだけに、面白半分で『#自尻ジケツ』というハッシュタグをリポストしている人は結構な数になっていた。

『ジケツ ダメ ゼッタイ』とか止めているものもあれば、『ほんとぉ~?』とか『DMすれば教えてくれるの?』とかいうものもある中、ずっと下までスクロールしていくと、間に空白を異常に挟んだ英語と数字だけのポストがあった。

 思いつきから空白を取り払ってみたらURLっぽい文字列になったので、試しに入れてみるとそのサイトへ飛んだらしい。


 そのサイトは今時のサイトらしくなく、まるでインターネット初期のホームページのような稚拙な出来だった。洗練さはなく、全部左詰めの文字だし、ボールドやイタリックが多用されていて、GIF画像も雑な切り取りで縁がドットだらけで汚かった。

 それでも書かれていたものを読み進めると、過去にあった薬物による自殺とか、少し前にはやった練炭自殺などが詳しく説明されており、しかしどれも失敗の可能性が高いし、その分苦しむことになると書かれていた。


 それは一見して、自殺者に向かって自殺を肯定しながらも「でもね、それを実行するとこういう後遺症が残ることになる可能性があるんだよ」と、むしろ自殺を思いとどまらせようとしているように見えた。


 思っていたようなサイトでなかったことを残念に思ってページを閉じようとしたとき。「それでもなるべく苦しくなくて、確実に死ねる方法を知りたい人は、ここをクリックしてね」という文字が目に飛び込んできた。


「……それが、飛び降りだったの……。痛い思いは一瞬だし、それだって、感じる前にもう死んでるって……。

 サイトには、20階以上のビルからの飛び降りってあったけど……ここ、田舎だからそんな高いビル、ないし……」

 それで、ないんだからもう学校の屋上からでいいよね、と考えて飛び降りたというわけだった。短絡的な思考に走りがちな奈那らしい、と斉藤は思った。違ったなら、ちょっと時間はかかるけどバスを乗り継いで都会へ行けばいい、と行動して、間違いなく奈那は死んでいただろう。


「……目をつぶって、飛び降りた瞬間、あ、これは間違いだって、気付いたんだけど、もうどうしようもなくて……。

 あのときは、これがいいって……思ったの。なんでかな……」

 話す奈那は、見るからに疲れてつらそうだった。

「そうか。わかった」

「……お兄ちゃん……?」

「ん?」

「怒ってる……?」

「怒ってないよ。ほっとしてる。おまえが助かって良かった。生きててくれて、ありがとう。

 さあ、もう寝ろ」

「……でも、寝たら、お兄ちゃん、帰っちゃうんでしょ……」

「おまえが起きるまでここにいる」

「……約束?」

「約束だ」

 誠実な兄は約束を破らない。

 奈那は表情をゆるませて、安心したように大きくあくびをすると目を閉じて、再び眠りに落ちた。すうすうと穏やかな寝息が静かな部屋で全員の耳に届く。


 ずっと後ろで我慢して声を殺していた祖母が、ついに感極まったようにわっと泣いた。

「わたしの、せいで……奈那ちゃんが……」

「お義母さん、違いますよ。そんなことないです」

 祖母の背をさする母を見ながら、斉藤はそっと部屋を出る。

 この病院は夜の付き添いも可能かどうか確かめるためだ。可能なら、付き添い用ベッドを運び込んでもらわないといけないだろう。


 看護師を捜していた斉藤の目に、柱のそばで話し込んでいる看護師2人の姿が入る。そちらへ近づく斉藤に聞こえてきたのは、「最近、飛び降り自殺が多いって聞くわね」という看護師の言葉だった。



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