目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第11回

 最初のうち、機関側が優勢に見えた。


 突如現れた門、そこから出現した化け物たち。

 機関の派遣した執行人ブレイカーが現場へ駆けつけるまで一般人に被害は出ていたが、あふれた化け物の数を鑑みれば、むしろよくこの程度で済んだとも言える。


 それはひとえにTUKUYOMI機関東日本支部所属調律者アジャスター奥津城 たがねの手腕によるものだった。

 フランス本部所属調律者アジャスターアドリエンヌ・デュポンから姫巫女の託宣を受け取った鏨はすぐさま内調(内閣情報調査室)を通じて政府に働きかけ、近辺にある自衛隊駐屯地との連携を要請した。

 また、怨霊退治のために各地に散っていた機関の主力構成員(執行人ブレイカー献舞者デディケーター裁定者メディエーター)を集結させ、非戦闘員である職員および協力者たちにも連絡を取り、後方でのバックアップ要員として準備、待機させた。


 準備は完璧ではなかったが、短時間でできるだけのことはした。幸いにも、原因不明の飛行機連続墜落事故――それは国内線でも起きていた――や列車事故が起きる前に全員帰還が完了していたため、霊能力者たちが巻き込まれることはなかった。


 この時点で、具体的に何が起きるかは不明のままだった。そのため初動はどうしても後手に回らざるを得ない。

 鏨は複数のドローンを飛ばして、情報の収集にあたっていた。構成員たちは複数の待機所に分散して待機させていた。

 そしていざ大量の死者が出る原因不明の事故が多発して、空に巨大なナイトフォールの門が開いてからの彼らの動きは迅速だった。

 ドローンによって門から出現した大量の化け物の数、八方へと散った化け物たちの構成、進行コースの予測まで把握し、最も近い待機場所にいた構成員たちを敵の規模に合わせて向かわせた。大物がいたり、数が多い場所には経験豊富な精鋭を送り、小物が多い場所には経験の浅い者を大人数で送り込む。現場での細かな指示、本部との連絡役は、やはり熟練の裁定者メディエーターたちが務めた。



 だが結局のところ、これは根本的な解決にはならない。

 一般人を保護し、彼らが退避する時間を稼いでいるだけだ。



 化け物や怨霊たちを続々と排出し続けている門を何とかしなければ、今は優勢な執行人ブレイカーたちもやがて力尽きる。

 事実、人型をした不定形生物など、1匹1匹の力は取るに足らないものだが、数で圧倒的に上回る敵を相手にどんどん霊力を消耗、あるいは負ったけがの深さから、前線からの撤退を余儀なくしている者がもう出始めている。

 もともと連日の怨霊退治のせいで、全員万全の体調とはほど遠い。

 戦闘が長引くにつれて、徐々にではあったが前線は押し下げられてきていた。


 とはいえ、機関側もこうなることを最初から見越していなかったわけではない。


 執行人ブレイカーたちを前線へ派遣する一方で、優秀な献舞者デディケーターや臨時召集した霊能力者を集結させ、ナイトフォールへの開門を行っていた。


 直接ナイトフォールへ赴き、内側から流入を食い止めるのだ。




 奥津城は、上がってきた報告書を手に、深々とため息をついた。

 それは内調の調査員からのもので、調査内容は例の飛び降りサイトについてだった。サイトの運営者の住所を突き止めてアパートへ行ったが留守で、隣の部屋の住人によると、ここ1週間ほど姿が見えなくなっていたそうだった。

 運営者の名は清水 明久、26歳。2週間ほど前、コンビニのアルバイトをクビになった無職の青年だ。

 調査員はそこからさらに調査を進め、彼の現在の居場所を突き止めた。それは、ここから100キロ以上離れた町の病院の霊安室だった。

 3日前、集団飛び降り自殺しようとした20人のうち、自殺を完遂した者の1人だった。止めに入った警察官の証言によると、おそらく彼が先導者だろうということだった。彼らが到着したとき「自分に続け」と叫んで真っ先に飛び降りたのだという。何か薬でもやっていたように焦点の定まらない目つきで、挙動もおかしかったという。


 人形のスライの口車にうまく乗せられ、手先として使われた――本人は相棒のつもりだったのかもしれないが――あげく、邪魔になったところで始末されたのだろう。


 これで、スライにつながる糸が切れてしまった。


 ナイトフォールの門を開いたスライらしきなぞの少年――政秀たち、過去にスライと接触したことのある霊能力者たちは、少年がまとった氣から、姿は違っているが彼はスライだと断定した――は、今ナイトフォールの門の近くにいなかった。怨霊たちが飛び回っているだけだ。執行人ブレイカーたちが来るのは分かっていただろうから、その前にどこかへ雲隠れしたに違いない。


 スライを捕らえて彼に門を閉じさせるのは、ほぼ不可能だろう。


「これがもし25年前のように現界と異界ナイトフォールをつなげようという計画だとしたら、あの門を閉じればいい。開門したスライが閉じなくとも、流入する化け物たちの数を減らし、こちらでの事態が沈静化すれば門は自然に閉じて、再び現界と異界ナイトフォールは適正な距離まで遠ざかるはずだ」

 かつての記憶を呼び起こし、鏨は言った。

 そして同じく25年前、それを防ぐために闘い、生き残った戦友でもある政秀が、その役目を引き受けた。

「俺が行こう」

「……頼む」

 生半なまなかなことではない。現世へなだれ込もうとする化け物たちが続々と集まってきている場所へ向かうというのだから。

 それと分かった上で「頼む」と言わねばならないことに、鏨は内心歯がみしていた。しかしかつての霊力が戻らず、失われた今、「自分も行く」とは言えない。

「何人か連れて行け」

 と言うのがせいぜいだ。

 さすがに政秀もこれだけの事態に一匹狼を気取ることはなく、「そうさせてもらう」と応えて部屋を出て行った。




 とはいうものの、ナイトフォールへの門を開くのは容易ではない。目的とする場所、あるいは人、物などと縁がなければ、広大なナイトフォールのどこに開くか予想がつかない。

 たとえて言うなら、北海道に行こうとして開いたら沖縄に着いていました、というようなこともあり得るのだ。あるいは、どこともしれない別大陸、海の上かもしれない。

 また、ナイトフォールは現世と同じではないため、本当に『どこに出たかも分からない』『目的地までどれだけの距離があるか分からない』どころか『どの方角かも分からない』のだ。

 それだけのリスクがあっても、開いて、向かわねばならないほど、現状は抜き差しならない状態だった。


 しかしこのとき。彼らは知らぬことだったが、運は彼らの側にあった。


 この開門の作業にあたる献舞者デディケーターの中に、スライと綾乃の母である藤井 阿木がいたのだ。

 阿木は結婚を機に引退した、優秀な献舞者デディケーターだった。今回召集を受けて、行方不明の娘、綾乃のことが気がかりながらも緊急事態だからと参じたのである。


 そしてパートナーの執行人ブレイカー綾乃を失った未来もここにいた。


 スライが綾乃の体を乗っ取っているとは知らないまま、2人の持つ縁が強力に作用して、献舞者デディケーターたちが開いた門は、スライが開いた門の近くへと出現する。


「やったわ!」


 喜びに沸く現場で、ほっと未来も一息ついた。

「お疲れさま」

 アレスタからタオルを手渡されて、自分でも彼らの一員として役に立てた、との実感から笑顔になった、そのときだった。


 前線で戦っている仲間の状況を少しでも知りたいとつけてあった各局のテレビの1つが、駅前にあるデパートを映した。

 ワイプの女子アナウンサーが、切羽詰まった顔で化け物の一群が駅前に突然現れて、満天星デパートを含む近辺の店を破壊していると告げていた。


「どういうこと!? 前線はもっと西のはずじゃ……」

「見逃したルートがあったとか!?」

「あそこは確か、地下鉄が工事中で……もしかしたら、もうどこかとつながっていたのかも……」


 人型サイズの化け物たちが道をうろつき、そこにいる人に襲いかかる。中でも手足の異様に長い化け物たちがゾロゾロとデパートの壁に貼り付いて蜘蛛のように登っている姿にどよめき、献舞者デディケーターたちが目を釘付けにする中で、未来は数日前、学校に登校したときのことを思いだしていた。


『今度の土曜、中間テスト明けに満天星レストランで相手の女性と彼女の息子に会うことになった』


 休み時間、クラスで憂喜が友人たちとそう話しているのを聞くとはなしに聞いていたことがよみがえる。

 たしか、父親が再婚を考えていて、相手の女性とその幼い息子と、顔合わせをするのだとか……。


 恐ろしい想像が浮かんで、体が冷たく震える。

「まさか……」

 力なくつぶやいたとき。

 爆発音がして、満天星デパートの3階の一部が吹き飛んだ。黒煙を上げている中、外壁をよじ登っていたモノたちがそこから中へ侵入していく光景が映る。

「そんな……!」

「なに? どうしたの、未来。あそこにだれかいるの?」

 蒼白し、言葉を失っている未来の様子に、アレスタが強く肩を揺さぶった。



◆◆◆



 同時刻。別の場所で大型の化け物を選んで倒していた隼人のスマホが鳴った。

 この数時間で、何体滅したことか。途中で数えるのをやめたために正確な数は分からなかったが、おそらく30は軽く超えているだろう。霊力のほうは問題ないが、体力が底をつきかけている。

 ちょうど3体を滅して、牛乳パックを飲みながら一息ついていたところだった。


 発信名は『田中』。

 今日は中間テストの最終日だ。どうせ、なぜ学校に来なかったのかとか、そんなとこだろう。

 はっきり言って、今はそれどころじゃない。


 電源を切っておかなかったことを後悔しつつ、空になったパックをくしゃりとつぶして電話に出る。

「田中か。こっちは今それどころじゃ――」


『テレビ見たかっ!?』


 開口一番大声で怒鳴られて、隼人はスマホから頭を離した。


「は? テレビ?」

 予想外の言葉に驚く。

「見るわけないだろ。ここは外――」

『じゃあ見ろ!! 今すぐ!! 早く! 早く!』

 足を踏み鳴らしているのが分かる。相当あせっているようだ。

 田中の明らかに尋常でない様子に「今そんな暇はない」と言い返せなかった。

 といってもここは外で、周囲は半壊したビルばかり。電器店のテレビもショーウィンドーごと壊されていて、まともに映るテレビなどどこにもない。

「ちょっと待て」

 そういえば、さっき大通りのどこかのビルで街頭ビジョンがあったなと、移動中の記憶を頼りにその場所へ向かう。その間も、田中は興奮しきった声で――しかもそれは恐怖におびえていた――隼人に状況を伝えていた。


『おまえも知ってるだろ、憂喜がお父さんの再婚相手と会うって。それが今日、満天星デパートのレストランだったんだよ! 4階にある! 今、そこが化け物たちに襲われているって報道があったんだ!

 俺も斉藤もびっくりして、そっちへ向かってるんだけど、電車は玉突きやってるし、道路も警察が通行規制してて止められて、行かせてくれないんだ! でも、どうにかして行くけど!』

「絶対に行くな!」

 しかしその言葉を、田中は聞いていないようだった。

 憂喜を心配する言葉を吐露している。怖いのだろう。恐ろしい想像ばかりが浮かんで、沈黙が怖くて。黙っていられないのだ。


 隼人がようやく半壊したビルの街頭ビジョンを見つけて見上げたとき。画面は満天星デパートではなく、同じ通りの別の場所を映していた。

 そこも化け物たちがうろついていて、空も怨霊が飛び交っているためヘリも飛ばせない状態だということで、映像は遠距離からの撮影に限られているせいか、映像は入り口部分が破壊されたその建物を、真正面から捉えきれていなかった。どこかの劇場らしいが……。

 目を凝らして見ていた隼人の耳に、衝撃的な女子アナウンサーの言葉が入ったのは、次の瞬間だった。


 ニュースは、新装した劇場が新しく取り入れた転売チケット排除システムの視察に訪れていた議員団が突然の化け物の襲撃にあい、劇場内に閉じ込められているというもので、その議員団の中に烏眞からすま 天晄たかみつの名があったのだ。

 1人で行動するはずがない。公務のときはいつも必ずそばに第一秘書である兄・絢杜あやとが付き従っている。


「兄さん……」


 呆然とつぶやくその言葉を、テレビのニュースとともに聞いたに違いない。田中が突然

『おまえはそっちへ行け! 憂喜は俺と斉藤がなんとかして絶対助けるから!』

 と言いだした。

「……なに、ばかな、こと……」

 満足に働かない頭で、どうにか口にする。が。


『ばかも何もあるか!

 大事な家族なんだろ? おまえが行かなくてどーする!』


 怒っているような田中の言葉が胸に突き刺さると同時に、隼人は兄と会ったときのことを思いだしていた。


 霧嶺村から戻って数日たった日曜日のことだ。待ち合わせのカフェで、隼人は緊張して絢杜を待っていた。

 絢杜はとても優しく寛大で、5年前、義理の弟として父親に紹介されたときも、腹違いの弟の登場に衝撃は受けていたが、すぐに弟として受け入れてくれた。それは、すでに成人して独り立ちしていたこともあっただろう。

 夫に長年の愛人がいたことを知って動揺した母親を慰め、彼女の怒りから隼人をかばい、隼人を烏眞の息子として受け入れる妥協案としてマンションを用意してくれたり、学校の手続きをしてくれたりと、いろいろ手を尽くしてくれたのは絢杜だった。

 その後も、養育の義務は果たしているとばかりに毎月生活費を振り込むだけの無関心な父親――振り込む手続きをしたのも絢杜なのは間違いない――と違い、折りに触れて電話をくれたり、部屋を訪ねてきたり、隼人の学業に関心を持って三者面談に来たり、学校でのさまざまな行事に参加してくれていたのも絢杜だった。


 絢杜こそが隼人にとって父であり、兄であり、唯一家族と呼べる人だ。


 その兄に、毎晩のように怨霊退治をしていることを知られるのは絶対避けたかった。危険だからと止められるのは分かりきっていたからだ。

 だが隼人にとって怨霊退治は、実の母から最後に託された言葉だった。


『その髪も、瞳も、わたくし譲り。あなたはわたくしに一番似て、強い力があります。その力で、どうか人を護って……』


 幼い自分に背を向けた実の兄、見知らぬ男に自分を渡して遠くへ去った母。捨てたも同然だ。なのにそんな人の言葉に従うなんて。おかしいと、何度思ったかしれない。けれどこれだけが母との、たったひとつのつながりだった。


 それを、今となっては唯一の家族と呼べる人である絢杜に否定され、止められるのはつらかった。たとえ、隼人の身を案じての言葉であっても。


 そうして絢杜を前にして何も言えないでいた隼人に、絢杜は何もかもお見通しというように、いつものように優しくほほ笑んで告げた。


『知ってる? 僕がどうして父について、議員を目指しているか。父のやり方を嫌っているのに』

 隼人は首を振った。

『あの人は僕が生まれる前から国会議員だった。そして僕は、あの人の財力によって何不自由なく育った。でもそれは、すべて国民からのお金なんだよ。僕を何不自由なく育ててくれたのは、この国の人々なんだ。

 だから僕は、僕を育ててくれた人々のために、この国に尽くしたい。この国を良くしたいんだ。

 僕のこのやり方は時間がかかる。だけどきっと、将来この国のためになる人間になるつもりだ。

 隼人、おまえもそう。この国の人々のために闘っている。ただ、僕とは違うやり方だというだけ。

 おまえはおまえのやり方で、人々を助けてほしい』


 おまえのことを、誇りに思うよ。


 そう告げた絢杜は、とても誇らしげで、うれしそうだった……。



「…………っ」

 隼人はぎりりと音がするほど奥歯をかみ締め、力なく落としていた手に持っていたスマホを強く握り締めて耳にあてた。


「……おまえたちは、絶対に来るな。憂喜は俺が助ける」

『けど――』

 何か言いかけていた田中の言葉を最後まで聞かず、スマホを切る。


 兄さんは、きっと大丈夫だ。彼らを救出するために大勢の人たちが向かっている。霊能力者も、自衛隊も。

 彼らを信じる。

 そして自分は、自分のやり方で、人々を救うのだ。


 兄さんもきっと、それを望んでいる。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?