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第九十話

地下帝都にはシャドリオスの消滅と共に、その爪痕だけが残されていた。

かつての賑わいを誇った大通りは、無数の瓦礫と破壊の跡に覆われ、その姿を一変させている。


「こりゃひでぇもんだ」

「ちくしょう……あの化け物共め、散々ぶっ壊してくれやがって」


だが、そんな荒廃の中にも、新たな希望の灯火が燃え始めていた。

たくましいドワーフたちは、黙々と瓦礫を片付け、倒壊した建物を修復していく。商人たちは仮設の店を立て、職人たちは破損した設備の修理に取り掛かる。

そして、その復興の陣頭で働くのは魔導機械兵たち。

青い光を放つ巨体が、重たい瓦礫を持ち上げ、崩れた建物を支えながら市民たちと共に働いていく。


「おーい!この瓦礫はこっちだ!」

「壊れちまった魔導機械兵の修理場所はここでいいな!?」


復興に忙しいドワーフたちの中を、小さな体の少年少女たちが走り回っていた。

水を運び、小さな瓦礫を片付け、大人たちの手伝いに精を出す。

そんな子供たちが、ふと足を止めた。

その視線の先には、崩れた石の下敷きになった小さな花壇。かつてそこには、柔らかな光を放つ花キノコが咲き誇っていた場所だった。


「花キノコ、植えなきゃね……」

「うん。でも……」


子供たちは分かっていた。今は花キノコを植えている場合ではない。

街を元通りにするのが先だ。家を直し、道を直し──。

子供たちがそう諦めかけていた、その時だ。


「お花は大切なものですよ。みんなの心を、優しく照らしてくれるから」


子供たちの後ろから柔らかな声が響く。それと同時に、淡い翡翠色の光が花壇を包み込んでいく。


「わぁ……!?」


崩れた花壇の土の中で、埋もれていた菌糸が命を取り戻すように光り始める。

そして次々と、柔らかな青白い光を放つ花キノコが、可憐な姿を現していく。

子供たちが目を輝かせながら振り返ると、そこには優しい微笑みを浮かべた、ツノを持つ魔族の姫──メーラの姿があった。


「魔族のお姫さまだ!」

「す、すごい!魔族ってこんなことも出来るんだ!」


子供たちがメーラの周りで歓声を上げ、飛び跳ねる姿に、大人のドワーフたちが次々と集まってくる。


「おぉ……魔族の姫様がいらっしゃるとは!」

「姫さまー!シャドリオスを退治してくれて、本当にありがとうございやす!」


突然の歓迎に、メーラは一瞬戸惑いの色を見せる。だが、それも束の間。彼女は優雅に微笑み、ドワーフたちに温かな言葉を返していく。

以前の彼女なら、この状況に怯え、どう振る舞えばいいのか分からなかっただろう。だが今の彼女は違う。その凛とした佇まいは、まさに魔族の姫そのものだ。


「……」


そんな光景を、アドリアンは遠くから見守っていた。

彼の瞳は、人々の中で輝くメーラの姿を、大切な宝物を見るような、温かな眼差しで追っている。

その横で、銀髪のドワーフの少女が軽く舌打ちをした。


「いいのかよ、お姫様に一人で行動させて」


シルヴァ……またの名を、情報屋スモークの言葉に、アドリアンはクスリと笑う。


「何を心配してるんだい?見なよ、あの堂々とした姿を。騎士はね、時には姫様の晴れ舞台を邪魔しないのが優しさってものさ」

「ふぅん」


興味なさげに相槌を打つシルヴァ。

そんな彼女にアドリアンは意地悪な笑みを浮かべながら言った。


「ところで今日のシルヴァちゃんは特別可愛いね。フリフリのワンピースがよく似合ってるよ」


シルヴァが着ているのは、真っ白なレースの付いたワンピース。銀髪にはリボンが結ばれ、靴も可愛らしいストラップシューズ。普段の情報屋の姿からは想像もつかない、お嬢様然とした出で立ちだった。


「……うっせぇな!シャドリオスのせいで隠れ家も全部ぶっ壊されて、情報屋の服なんて一着も残ってねぇんだよ!これしか着るもんがないだけだ!」


真っ赤な顔で怒鳴るシルヴァ。どうやら暫くはこの可愛らしい少女の姿で過ごすしかないらしい。

アドリアンは思わずクスクスと笑いを漏らした。


「テ、テメェこそ、なにしてんだよこんなところで!『英雄様』なら、宮殿でもっと偉そうにしてろよ」


話を強引に逸らすように、シルヴァは言った。

その言葉にアドリアンは困ったような表情を浮かべ、肩を竦めながら顎で後ろの鍛冶屋を指し示す。

シルヴァがそちらへ視線を向けると……。


大通りの鍛冶屋には、大勢のドワーフの職人たちが一箇所に集まっていた。

その中心には機計公ベレヒナグルと鋼鉄公アイゼンの姿。彼らは何かを真剣な眼差しで見つめ、首を傾げている。


彼らが見ていたのは──『星涙剣』


アドリアンが所有する伝説の武器を、ドワーフたちが是非見せてくれと懇願するものだから、仕方なくこうして観察させているのだ。

宙に浮かぶ星涙剣は神秘的な青い光を放ちながら、静かに回転している。その姿に、ドワーフの職人たちは目を輝かせ、様々な角度から剣を観察していた。


「こ、この魔力値は……!高純度シャヘライトの千倍、いや万倍の純度!?それ以上か!?一体、何でできているというのだ、この剣は……!」


ベレヒナグルが魔力計測器を剣に向けるが、途端に計測器から火花が散り、爆発音と共に黒煙を上げ始めた。

爆発の余波でベレヒナグルのモノクルがポロリと落ちる……。

そんな彼の様子を他所に、アイゼンは腕を組み「ふぅむ」と呟いた。


「この剣を打った者は、一体どのような職人なのか。ワシの知る限り、これほどの剣は見たことがない。まさに神業としか言いようがないが……」


未知の武器に、職人魂を刺激された様子のドワーフたち。

その輪の中に、アドリアンが軽やかに歩み寄ってきた。


「みんな、そんなに星涙剣の秘密が気になるかい?……あ、そうそう、機計公。モノクルなしの方が断然かっこいいと思うよ」

そうして、ドワーフたちを前に、アドリアンは宙に浮かぶ剣を見上げて、言った。


「この剣の本当の名前はね──『星の涙』っていうんだ」


青い、星のような輝きを放つ星の涙。

その光は見る者の心を惹きつけ、同時に深い安らぎを与える。まるで全てを包み込む母なる光のように。


「気がついた時には、もう俺の傍にいてくれていた。この光は俺のものじゃない……世界中の人々の想いが結晶となって、こんな優しい光になったんだ」


そして、星涙剣はふわりと宙を舞い、まるで懐かしい友のようにアドリアンの掌の上で浮遊し始める。

そして──


「!?」


アドリアンの掌の上で、星涙剣から放たれる光が形を変えていく。

まるで生命を持つかのように、青い光は様々な形となって現れる。

時には小鳥となって羽ばたき、時には蝶となって舞い、そして美しい花となって咲き誇る。


「か、形を変えた!?」

「剣じゃないのか!?」


その様子を見ていたドワーフたちは、職人の目を見開いたまま、ただ立ち尽くすばかり。


「ああ、君たちの理解している『剣』とは少し違うんだ。これは全ての武器の理想形が一つに結実した存在とでも言えばいいのかな。まぁ、武器以外にもなれるけど」


そうして、星の涙は美しい輝きを放ちながら再び形を変えていく──


「俺は『武器マスター』という加護を持っててね。どんな武器でも扱えるようになる、ちょっと反則めいた加護なんだけど」


その時、星の涙が一瞬にして形を変える。

青白い光が凝縮され、まるで天空から落ちた流星を武器に変えたかのような『槍』となった。その槍身には星座のような紋様が刻まれ、穂先からは神々しい光が放たれている。


「こんな風に……星の涙は、色々な武器に変わることができるんだ」


槍は彼の手の中で生命を持ったように自在に動き、どんな槍の達人も及ばないような技を次々と繰り出していく。閃光のような突きは空気を切り裂き、風を巻き起こしていった。


「お次は大剣!」


ドワーフたちが驚愕する中、星の涙が一瞬で姿を変え、今度は青く輝く巨大な大剣となる。

アドリアンはその重量感のある剣を、羽のように軽々と振るう。大剣を携えた彼の姿は、まさに伝説の英雄そのもの。


アドリアンの手の中で、星の涙は次々と姿を変えていく。

盾となっては、まるで天空の城壁のように気高く輝き、弓となっては星屑の矢を放ち、双剣となっては流星の如く閃く。

その全ての武器を、アドリアンは芸術作品を奏でるかのように自在に操っていた。


「……今更だが、貴殿は規格外だな。いや、無論『星の涙』も理外の存在だが」

「というかお主加護を何個持ってるんじゃ……」


ベレヒナグルとアイゼンの驚嘆の声を他所に、星の涙は元の姿……『星涙剣』へと戻っていく。

青い光が一点に集まり、アドリアンの手にすっと収まった。まるで、そこが本来あるべき場所だと示すかのように。


「まぁ、俺にはやっぱり剣が一番しっくりくるみたいでね。星の涙も気を利かせてくれて、普段は剣の姿でいてくれるんだ。──こうして『星涙剣』になってね」


そして──星涙剣が青い光の粒子となって弾けた。

それは夜空に浮かぶ星々が降り注ぐように、きらめきながら舞い落ちていく……。


「そろそろお開きにしようか。これ以上二人でショーを続けてると、みんなが俺のファンクラブを作っちゃいそうでね」


アドリアンの言葉と共に、光の粒子は次第にアドリアンへと引き寄せられ、彼の周りで螺旋を描くように回転し始める。天の川が一点に集まるように、無数の光が彼の体へと吸い込まれていく。

それとても幻想的な光景で──


「──」


ドワーフたちの最後尾で、シルヴァはその光景に思わず息を呑んでいた。

英雄という言葉が、こんなにも相応しい存在がいるのかと。その眩い輝きに、彼女の心は震えていた。

だが、その時。


「おっとシルヴァちゃん、その目は危険だ。これ以上キラキラした目で見つめられたら、英雄アドリアンは、キミが俺に気があるって勘違いしちゃうかもしれない」


その軽口にシルヴァはハッと我に返る。

先ほどまでの陶酔は消え失せ、代わりに頬を真っ赤に染めながら、アドリアンを睨みつけた。


「バ……バカヤローっ!誰がテメェなんかに見とれるんだ!このバカ英雄!死ねっ!」


シルヴァは顔を真っ赤にしたまま、フリフリのワンピースを翻して走り去っていく。

その様子はさながら怒って拗ねた子供である。アドリアンはそんな彼女の後ろ姿を、やれやれという表情で見送りながら、クスリと笑みを浮かべた。


「はぁ……これは酷い振られ方だ」

「英雄どの、貴殿は女心をもう少し理解した方がいいぞ」

「いや、お主が言うなベレヒナグル」


アドリアンが機計公、鋼鉄公とそんな会話を繰り広げていると──

背後から冷ややかな声が響いた。


「まぁ、貴方ったら。出会う女性という女性に声をかけて、これが英雄色を好むってやつかしら」


皮肉めいた声に、アドリアンが振り向くと、そこには美輝公シェーンヴェルが立っていた。

鍛冶屋から見える大通りの瓦礫と土を背景に、シェーンヴェルのドレスは優美な輝きを放っている。

高価な生地と美しい装飾は、この荒廃した光景の中でさえ、その気品を失うことはない。


……だが、よく見れば、その裾には土埃が付き、袖にも汚れが見える。どうやら彼女も復興の陣頭指揮を執っていたようだ。

しかしそれを微塵も気にする様子もなく、彼女は悠然と佇んでいる。アドリアンは、そんな彼女の姿を見て、まぶしいものを見るように微笑んだ。


「おっとシェーンヴェル卿。今日も一段と輝いてますね。とくにその土埃が素敵だ」

「ええ、そうでしょう?私に付いた泥だって、その瞬間から高貴な輝きを放つのよ。まぁ、一緒にいた魔環公は『ぎょえぇぇ!私の高貴なる身体に泥がはねた!?』なんて情けないことを言って、娘に説教されてたけど」


公爵たちも復興作業に駆り出されているという状況に、アドリアンは思わず笑みを漏らした。

エレノアに叱られながら、不器用に瓦礫を片付けるザウバーリングの姿が目に浮かぶ。


「まったく、ザウバーリング卿ったら。森林国のエルフたちも、皇国の騎士団長どのも、汗を流して復興を手伝ってくれているというのに。帝国の公爵様が本当に情けないわ」


エルフたちもまた、帝国の復興に力を貸してくれていた。

特に話題なのは、華奢な少女のケルナが素手で巨大な岩を持ち上げて運ぶ姿。

その光景を目にしたドワーフたちが、自分たちよりも遥かに力があるという事実に顔を真っ青にする騒ぎが起きているという。

そしてリザードマンのザラコスも力仕事で貢献していた。ただし、「ケルナより重い岩が持てない」という理由で期待外れだ、と皮肉気に言われている。どこか理不尽な評価基準である。


「みんな、頑張ってるね。俺も復興を手伝わないと。……ところで、美輝公は何故ここに?」

「どうしてもこうしてもないわ。英雄さんはここで若い女の子を口説く暇なんてないの。大事な用件があるんだから」


シェーンヴェルは、金の装飾が施された豪華な招待状を差し出す。

アドリアンはそれを受け取ると、首を傾げた。


「これは……もしかして美輝公からの熱烈なラブレター?」

「これは皇帝と皇姫様からの告白文よ。ごめんなさいね、貴方の期待を裏切って」


アドリアンが招待状を開くと、そこには極小の文字で綴られた長大で仰々しい文章が延々と続いている。

これは虫眼鏡が必要なレベルだな、とアドリアンが眉を寄せていると、シェーンヴェルが呆れたように言った。


「簡単に言えば……『帝国を救った英雄と魔族の姫を称える』……という名目で帝都の民全員でお祭り騒ぎをしましょう、という招待状よ」


シェーンヴェルの声が、復興中の街の喧騒に溶けていく。

瓦礫を片付けるドワーフたち、魔導機械兵の重い足音、花キノコの柔らかな光……。

新たな祝宴の知らせと共に、帝国は着実に、そして力強くその傷を癒していくのだった。


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