「問答無用!」
ニンバスと呼ばれたロボットが《フォトンクレイモア》を構える。
(こいつ、会話が成立した?)
ジンは驚いていた。
オルキヌスの反論に対し、更に反論したのだ。
といっても、あらゆる反論をぶった切る語彙だったので、単に反論されたらそう返すだけのシンプルな会話エンジンなのかもしれないが。
思案はそこまでだった。
ニンバスが背中の推進器を吹かせ、名前の通りの
全員を巻き込む《フォトンクレイモア》による強烈な横薙ぎの一撃が飛んでくる。
「ルックス・ムーラス・クストーディオ!」
「ルックス・ムーラス・クストーディオ」
だが、その程度の先制攻撃、百戦錬磨の「JOAR」にとっては慣れたものだ。
ジンとリベレントの言葉が異口同音に呪文を紡ぎ、光の壁を纏ったリベレントがその《フォトンクレイモア》の進路上に大楯を配置し、進路を阻む。
《マジックウォール》二重掛けの大楯でようやく防御が成立する。
「ぐっ……重い……」
《ヴァーチャルヘッドギア》から腕に伝わる強烈な〝重み〟に、思わずリベレントが悲鳴を上げる。
「リベレントが頑張ってるチャンスを逃すな、一気に削るぞ!」
ジン号令の元、オルキヌスが動き出し、ジンも続く。
アリはリベレントへの支援とオルキヌス及びジンへの支援とで、一瞬悩んだ末、攻撃的な支援、即ちオルキヌス及びジンへバフをかけることを選ぶ。
「おら、《カラミティストライク》!」
「トニートル・アダレレ・グラディウス!」
オルキヌスの大上段の斬り下げ攻撃と、雷を纏ったジンの鋭い突きが同時にニンバスに突き刺さる。
HPゲージが大きく減少する。
「効いてる!」
そのまま二人は武器を振るって攻撃を加えるが、リベレントは着実に押されており、ジリジリと足を滑らせて意図せず後退させられている状態。このままでは、一ゲージ目を削り切るより早く、決壊する。
「リベレント、十秒後に横に飛べ! 他のメンバーは敵の背後に離脱だ!」
十秒後。
「今だ!」
それはきっかり《マジックウォール》のバフ効果が消える瞬間。
ジンは今日までの間に様々なバフの有効時間を学び、暗記していた。
リベレントが大きく側面に跳躍する。
大楯という邪魔を失い、ニンバスの《フォトンクレイモア》が横薙ぎに振るわれる。
ごう、と風を切る音がして、周囲の機械の木々が激しく揺れる。
「よく防いだ、まずは見事と言っておこう!」
ニンバスが推進器を蒸して虹色の光を放ちながらその場で百八十度回転。オルキヌスの方へ向かって、《フォトンクレイモア》を振り下ろす。
「マジかよ!」
オルキヌスは咄嗟に《ラージセイバーガード》を発動する。
「無茶だ!」
ジンに咎められ、オルキヌスも自身の失策を悟る。リベレントでさえバフを二重に貰ってやっと一時凌げた、という程度の攻撃を、いくらフォトン属性の武器同士が反発する性能を持っていると言っても、流石に筋力と防御力が足りない。
だが、今更回避に切り替える猶予もない。
リベレントとジンが慌てて《マジックウォール》を詠唱し、オルキヌスに光の壁を纏わせるが、しかし。
光の壁とフォトンラージソードは
視界左上に表示されているオルキヌスのHPゲージが一気に
「てんめぇ!!」
ジンが再び《ライトニングピアッシング》を発動し、一気にニンバスへと肉薄する。
「次は君が相手か!」
ニンバスがそれに対応し、《フォトンクレイモア》で《ラージセイバーガード》の姿勢を取る。
《フォトンクレイモア》に阻まれ、《ライトニングソード》の先端と《フォトンクレイモア》の腹が衝突し、激しい火花をあげる。
「だったら……トニートル・エクスプデレ・エアステリスク・グラディウス!」
剣の先端から爆発的な雷が発生し、《フォトンクレイモア》に沿ってニンバスを焼く。
「おっとっと、接近戦は不利か。ならば……」
ニンバスが推進器を正面に向け、虹色の光を放つ。
「ぐっ……」
強烈な衝撃が真正面に立っていたジンを襲い、ジンを吹き飛ばす。
(攻撃じゃないのに、このダメージかよ!)
だが、《フォトンクレイモア》しか持たぬように見えるニンバス、距離をとって何をするつもりなのか。どこかからミサイルランチャーでも飛び出してくるのか。
ジンはアリとリベレントにオルキヌスの救護を指示しつつ、油断なくニンバスを睨む。
今、ヘイトは自分がとっていると見える。
なら、このまま逃げ続ければ、オルキヌスが再起する時間を稼げるはず。
ニンバスはジンの方に《フォトンクレイモア》の鋒を向ける。
それはまるでフォトンセイバーを射撃モードにする時のような動き。
(いやまさか。《フォトンクレイモア》はチェーンソータイプのはず)
フォトンセイバーが射撃出来るのはフォトンセイバーが直接タイプだからだ。《フォトンクレイモア》から射撃が飛ぶはずがない。
だが、次の瞬間、《フォトンクレイモア》の鋒が開き、フレームから赤い光が消える代わりに、柄から鋒に向けて伸びていた筒状のパーツが露出した。
「まさか!」
ジンは慌てて、側面に駆け出す。
直後、筒状のパーツから赤色のフォトンビームが飛び出してくる。
ジンが駆け出した直後、ジンの立っていた位置にフォトンビームが命中し、赤色の爆発が生じる。
爆発の影響で生じた瓦礫が僅かにジンのHPを削る。
「トニートル・サジッタ・スルクールズ!」
ジンはフェイントを交えながら斜めに移動しつつ、《サンダーミサイル》でニンバスを攻撃する。
「ほう、君も遠距離で戦えるのか」
ならば、とニンバスが推進器から虹色の光を放ちながら一気に、ジンに向けて突進してくる。
「どちらでも出来るというなら、近接戦で勝ってこそのハイランダーというもの!」
「マジかよ。どんなAI積んでんだ、こいつ!」
構えからして、飛んでくるのは横薙ぎの一撃。ニンバスは極めて至近距離まで肉薄してきており、とても後方に飛び下がって回避出来るレンジではない。
ジンの名前を呼ぶ声がして、リベレントとオルキヌスが間に割り込む。
「オルキヌス!? 無茶を!」
リベレントの詠唱が光の壁を生み出す。
さっきと違い《マジックウォール》一枚。やはり防御はすぐに決壊し、二人が弾き飛ばされる。
その間にジンは逃げられたし、二人も決壊と同時に後方に飛ぶことで、ダメージを最小限に抑えたようだが、視界左上に表示されているタンク役二人のHPが完全な危険域だ。
「一騎打ちに割り込むとは礼儀知らずめ、まずはそこの女から叩く!」
通常のエネミーの思考ルーチンからは考えにくいことに、ニンバスは虹色の光を放ちながら、体をリベレントの方へ向ける。
「リベレントを狙わせるな! ヘイトを移動させる!」
ジンが三度目の《ライトニングピアッシング》を放ち、オルキヌスも全身の痒みに鞭打って、《カラミティストライク》を放つ。
だが、ニンバスの向きは変わらない。
ニンバスが虹色の光を放って空中に飛び上がり、空中で一回転してから大上段にリベレントに向けて斬り下ろす。
(頼む、一瞬で良い、保ってくれ……)
半ば祈るように二重の《マジックウォール》を展開する。ジンとリベレント。
果たして、僅かに一瞬、空中でニンバスの動きが止まる。
その隙を逃さず、リベレントは地面に突き立てた大楯を捨てて、その場を離れる。
一拍おいて地面に突き刺さった《フォトンクレイモア》が地面を砕き、その破片がリベレントにダメージを与える。
アリが素早く《ネケク》の魔術を発動し、光の鞭で大楯を回収し、リベレントに投げ、リベレントが素早くそれをキャッチする。
「近接戦は防ぐか。ならば!」
再びニンバスが虹色の光を放ちながら後方に飛び下がり、《フォトンクレイモア》の鋒をリベレントに向ける。
リベレントは大楯をニンバスに向けつつ駆け出す。
《フォトンクレイモア》から赤いフォトンビームが放たれる。
「アリ! 俺にありったけのバフをかけてくれ!」
直前、オルキヌスがそんな言葉を叫ぶ。
「おい、オルキヌス!?」
「リベレントさんには触れさせねぇぞ!」
オルキヌスが空中で飛び上がり、飛来してくる赤いフォトンの塊に向け、大上段に斬り下げる。
フォトンラージソードのフォトンと《フォトンクレイモア》のフォトンビームが拮抗し、空中で激しい閃光が舞う。
ジンは一瞬それに見惚れてから、正気に戻り、すぐさま《ライトニングピアッシング》でニンバスに肉薄する。
「ええい、邪魔ばかり! 一気に薙ぎ払える程度の雑兵でもない、さりとて一騎討ちに応じるほどの将でもない。ということか」
苦戦ばかりしているが、少しずつダメージは蓄積しており、間も無く二ゲージ目が削れるところだ。
かなりランダムな動きが多いが、ジンには少しずつ動きのパターンが見えてきた。要するにこいつは、条件を満たした相手と一騎討ちを仕掛けようと振る舞うのだ。その条件が通常のヘイトシステムに比べて複雑なので、よく喋るのと相まって、まるで相手が人格を持っているかのような錯覚を覚えるだけ。
(この分だと後半何してくるか……)
ジンは更なる苦戦の可能性に怯えつつ、攻撃と攻撃の隙をついて、着実にダメージを与えていく。
「ふむむ、見事。だが、《フォトンクレイモア》は一段階私を認めたようだぞ」
【フォトンクレイモア・オーバーロード】
ニンバスが天高く《フォトンクレイモア》を掲げる。すると、《フォトンクレイモア》がフレームに赤い光が灯ったまま、射撃モードに移行する変形を見せる。
筒から赤いフォトンビームが放たれ、そのまま継続照射された状態になる。
「まさか、射程が拡張されたってのか!?」
ジンが驚愕する。要するに従来の《フォトンクレイモア》の射程に加えて、その先端からフォトンセイバーの射程が加わった形になる。
ニンバスが虹色の光を輝かせ、一気に「JOAR」一行に迫る。
「今度こそまとめて始末してやろう!」
放たれるは横薙ぎの一撃。
再び、《マジックウォール》を二重掛けしてリベレントが防ぐ。
「ぐっ……」
リベレントがあまりの衝撃に鈍い声を漏らす。
(確か最初は、この後二人で攻撃して、狙ったのはオルキヌスだった。ここは通常通りヘイト優先で殴るんだろう)
「さっきと同じ戦法で行く」
「さっきほどは保たないよ!」
WSを放つジンとオルキヌスにリベレントが警告する。
「分かってる、無理になったら避けろ。その後はオルキヌスをカバーだ」
「よく防いだ、まずは見事と言っておこう!」
そして、ジンの読み通り、ニンバスはオルキヌスに向き直り、上段に斬り下げる。
そこに再びリベレントが割り込む。
「邪魔立てするな!」
「次は後方に下がってビーム攻撃だ! オルキヌスやれるな!」
「応よ!」
読み通り、ニンバスが後方に下がって、赤いフォトンビームを放つ。
オルキヌスはこれを《カラミティストライク》で迎撃する。
「次はオルキヌスにジャンピング攻撃を狙ってくる、リベレントはカバー!」
(行動パターンは変わってない。この戦い、勝った!)
結局、行動パターンを見抜いたジンにより、ニンバスは追い詰められていく。
「今だ、オルキヌス、俺を打ち上げろ!」
「あいよ!」
(お前が本当に思考する能力があれば、こんな展開にはならなかっただろうな)
結局、最初の会話の成立は他のMOBより多少高度な条件分岐が仕込まれている、という程度だったのだろう。どこかガッカリしながら、ジンはオルキヌスのフォトンラージソードを蹴って、その頭部に雷纏う《ライトニングソード》を突き刺した。
ニンバスが激しく爆発し、《フォトンクレイモア》が宙を舞う。
《フォトンクレイモア》が地面に突き刺さり、そして砕けて消えた。
「ダメか……」
オルキヌスが嘆息する。
「まだ一回目だろ」
オルキヌスの説明によると必ず《フォトンクレイモア》が地面に突き刺さる演出が挟まるらしい。
これはジンも聞いたことのある話だったが、この手の演出は敵も使うタイプのレア武器に多く、レアパターンを引くと砕けずに残ることがあるらしい。
そして、数日後。
《フォトンクレイモア》が地面に突き刺さる。
「JOAR」一同が両手を組んで祈る。
地面に突き刺さった《フォトンクレイモア》はそのままアイテム化し、地面にドロップした。
【RARE DROP】
「や、やったーーーーーーーーーー!!!!」
へとへと、といった四人が一斉に声を上げ、抱き合う。
「JOAR」とその構成員を象徴する新たな武器が誕生した瞬間だった。