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 第六十二話 同じ職場

 それからというものの、仕事の復帰した優菜は令と、そして姫乃と共に同じ場所の空気を吸って働いている。

 正直同じ職場というだけでも嫌な気持ちになるのに、毎日目を合わせて、それも話をすることもあるというのだから精神的にしんどくなることが多々ある。

 また、姫乃は悪気はないような口ぶりで平気で優菜のことを傷つけてくるのだから、優菜は少々疲れてきていた。

 こんな時は令と共にコーヒーでも飲みたいなと思うのだが、誘おうとすると姫乃の邪魔が入る。メッセージを飛ばしても、一緒に帰ろうとすると姫乃が一声掛けて、令は「すまない……」と言って優菜の家に行くのをやめてしまうのだ。

 優菜は寂しい気持ちを抱えながらも、いつか令を解放すると心に決めて、ひたすらその準備をしていた。

 準備と言っても、特に何をするでもないが、まず精神的に疲弊している自分のケアをしたり、外見で笑われないように自分らしいファッションで自分に合ったものを着たりしている。それだけで、自分というものを強く持てるようになったし、姫乃から何か言われようとも自分はこれだけやってきたのだからと思うと何とかなるような気がしたのだった。

 そして、優菜はある日、深夜に寂しくなって令にメッセージを送る。

「今から、会えない?」

 偶然起きていたのか、それともアプリの通知音に起こされたのか、令はすぐに返信を送ってくれた。

「今か? だが……」

「だけど、どうしたの?」

「俺は、お前に会う資格なんてない」

「そんな、資格なんていらないよ。令。私が会いたいの。それだけが理由じゃ、会ってくれないの……?」

「……わかった、今から行く」

 令はそれからしばらくして、「今家を出た」とだけメッセージを優菜に送った。

 優菜はそれを見て、コーヒーはまだあっただろうかと二人が飲む分があることを確認すると、コーヒーメーカーに水を入れてコーヒーをセットしていつでも抽出出来るようにするのだった。

 そしてしばらくすると、令が現れる。

 その表情は暗く、やはり姫乃と何かあったのだろうとわからされるのには十分だった。それでも、優菜はまずはよかったと思ったのだった。姫乃の陰がありながらも、自分のところに来てくれたのだと、それだけ思うと、嬉しさの方が勝ったのだから。

「それで、急に会いたいだなんて、どうして……」

「寂しいから、それだけだよ? あと、いろんなお話がしたくて」

「いろんな、話?」

「とりあえず、座ろうよ。コーヒー、淹れてくるね」

「あ、ああ」

 淹れたてのコーヒーを令に手渡すと、令は戸惑いの色を見せた。

「どうしたの? 令」

 そう言って、優菜が令の頬に手を伸ばすと、その手を令は払い除けた。

「あ……」

「す、すまない! 嫌いになったとかじゃないんだ、ただ」

「ただ……?」

「怖く、なってしまったんだ」

「それは、姫乃のせい……?」

「わからない。ただ、お前に触れようとしたら、お前が壊れてしまうような気がして……。実際、お前は何度も俺のせいで」

「ストップ。そんなに、気にしないでいいよ……。令」

「だが、俺はいつもお前に酷いことをしてばかりだ」

「それを言ったら、私だって……。ねえ、お互い様ってことにしない?」

「そんなこと」

「ね、そうしようよ。……令。私達、お互いにお互いを傷つけたり、怖がったりして、そうしてさ、人として成長していけばいいよ。そして、仲良くいつか、結婚式でも挙げてさ……。まあ、その気が令にあったらだけど」

「……いいのか」

 令は途端にもの凄く真剣な、強い視線で優菜を見た。

「俺でいいのか。本当に」

「良いも何も、私には最初からあなたしか目に入ってないよ」

 令は、優菜に涙を見せた。

「泣いてるのー? 令」

「見るな……」

「じゃあ、見なかったことにしてあげるね」

 優菜は優しく微笑みながらコーヒーを飲んだ。

 令もハンカチで涙を拭いてからコーヒーを飲む。

 こうして、優菜の望んでいた景色は戻ってきた。

「姫乃に何を言われたかはわからないし、何をしてきたのかは想像出来るけれど、でもそれでも私にとっての令は変わらないんだよ。ずっと冷酷な面ばっかりで」

「おい……」

「でも、本当は優しいし、冷酷に見えるのはただ表情が乏しいというか、表現の仕方がわからないだけだもんね。不器用な優しさが、私は大好きなんだよ。意外と、傷つきやすいところも私は好きだなぁ。なんだか、冷酷な令の人間らしさが垣間見えるというかさ……」

「……そうか」

「ねえ、婚約を白紙にしても、恋人のままでいてくれる?」

「……もちろん。だが、しっかりと結婚してもらうがな」

「それはこちらも同じことだよ。ねえ、姫乃のことなんだけどね、ちょっと考えたの……」

 いたずらっ子のように笑う優菜に、令も同じく笑う。

「なんだ?」

「仲間外れは私嫌いなんだ。だから、仲間に入れちゃおう? 友達に、なっちゃえばいいんだよ」

「……そりゃ名案だ。でも、あいつが受け入れるとは思えないな」

「いつかだよ。いつか」

「まあ、やれるだけのことはやってみよう。お前も、好きなように動け」

「ありがとう」

 その日飲んだコーヒーは、二人の胸をぽかぽかと温かくしたのだった。


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