優菜はこれまで、自分に自信が持てなかった。
周りに助けられることもなく、ただ不満を感じていた。
でも、それは間違いだと理解し、今では自分が変わることによってその気持ちを、行動を変えている。
だからこそ、逆境にさえも感謝できるほど、心の広い人間になった。
それでも、やはり物語を狂わせてしまったことに対して、本来結ばれるはずだった姫乃や令に罪悪感のようなものを抱えていたのだが、そこは優菜の強かさが優菜を支え、その罪悪感にありがとうと思わせるのだった。
罪悪感があるからこそ、正常な人間でいられる。
狂いきれない。
だからまともでいられるのだと、一長一短ではあるものの、姫乃への対抗策などを練る上で、良くも悪くも一般的な人間として考えることが出来るのだった。
それが、優菜にとっては生き残る上では甘いかもしれない、普通の当たり前の価値観を作り上げていた。
元々、悪役令嬢などと言われていたのも、騙して令と一緒になったとか、姫乃から奪ったからだとか優菜自身がしていたことは何ひとつとしてなかったのだから、優菜は自身が悪役令嬢と言われる謂れはないのである。
しかしながら、それを否定せずにいるのは、確かにそういう見方も出来るよなぁというどこか他人事に思えるところと、なんとなく、その方が世界的にはいいのだろうという曖昧な思考からだった。
そんな他称悪役令嬢な優菜は、今日も令と家で話をしていた。
前よりもずっと楽しそうに、友達の話をする優菜。
でも、話の途中で優菜は「ごめん。こんな話しても、令はつまらないよね……」と気づいて話題を変えようとしたのだが、令は優しく微笑んで「いや、聞いていて楽しいよ」と言い、続けるように促した。
実際のところ、優菜の話を聞いているのは令にとって楽しいことだった。
それに、友達の話だろうと何だろうと、優菜が笑顔でいてくれるところを見られるのは、とても嬉しいことだ。
優菜は嬉しそうに話を続け、令もそれを穏やかに聞いている。
そんな何でもない時間を過ごすのが、二人は好きだった。
「それにしても、最近姫乃が優菜を見ると戸惑いの色と嫌そうな顔をすることがたまにあるな」
「え? そうなの? 気づかなかった……」
「急に敵が友達になろうなんて言ったら、誰だって疑うものだ。考えが読めないってことだろうな」
「そっかぁ……。えー、じゃあ、どうしたら姫乃と友達になれるかな?」
「大体、どうしてそんなに姫乃と友達になりたいんだ。お前にいろんなことをしてきた敵のようなものじゃないか。お前の人生を、狂わせてきた張本人だぞ」
「でも、そのお陰で、今令とこうして話しているんだよ」
「それはそうだが……」
「それにね、人がそんなに悪いこと出来る人ばかりじゃないと思うの。きっと姫乃だって、何か……、何かあるんだよ」
「姫乃からしたら、お前のことは邪魔でしかないと思うが」
「そうかもしれないけど、それでも……。やっぱり、仲良くなりたいって思うのは、おかしいかな。変なことかな」
「普通ならな。だが、お前らしいと言えば、お前らしい」
令は優菜の頭を撫でた。
それを優菜は受け入れ、嬉しそうに目を閉じた。
一方で姫乃はというと、いつものようにひとり、過ごしていた。
窓の外を眺めながら、外の灯りをじっと見つめる静かな夜。
姫乃は最近の優菜について動揺を隠せずにいた。
どうして今更になって友達になりたいなどと……という気持ちが強く、また友達になったとしてどんなメリットがあるんだかという呆れの気持ちも強くあった。
まさか、こんなことで私に罪悪感でも抱かせる作戦? などと姫乃は思った。
そして姫乃はそんな罪悪感なんて絶対に抱かないと心に決めた。
心は揺れることなどない。揺らしてなるものかと、姫乃は思った。
父親をも奪った優菜に、これ以上奪われたくないから。
優菜と姫乃は異母姉妹であった。このことを優菜は誰にも教えられていないから知らないはずだった。本来は。しかし、前の世界の小説でそのことについて知っていたため、この世界でもその記憶を持っている。姫乃は母親から父親についていろいろと聞かされていたため、いつも父親のいない自分の家とは違う優菜の家を羨ましい、妬ましいと思っていた。
姫乃の母親はあまりに仕事が出来ていたものだから、父親が手放さず、より関係を濃くしていき、また母親も新しい恋など考えてもいなかったため、そのままの関係がずるずると続き、姫乃が生まれたのだが、関係はそれ以上発展せず、ただ罪悪感を抱いた父親が姫乃の母親を会社の重要なポストに就かせるということはしていた。
だがそれ以上もそれ以下もなかった。
姫乃は寂しい幼少期を送った。
だから、愛に飢え、令をひたすら欲している。
優菜のことを毛嫌いするのは、その家庭環境もあるからだったのだ。
「今更可愛い妹面でもしようというの? そんな愚かな生き物、私は願い下げだけど。プライドもないのね。無様だわ」などと、姫乃は呟いてベッドに入って天井を眺めた。
本当に惨めなのは、どちらなのだろうと、少しばかり考えてしまう姫乃だったが、すぐにそんなのは優菜に決まっていると体を抱え込むようにして眠りに就いた。