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 第六十九話 助けてくれたのは

 その日、優菜が会社で歩いていると姫乃に近い姫乃の取り巻き達に囲まれてしまっていた。またも、あの給湯室で。

「最近、ちょっと調子に乗ってるよね? なんで姫乃部長にあんな惨めな思いさせて平気なわけ? 人間性疑うんだけれど」などと言われながら、優菜は軽く髪の毛を引っ張られたりもした。

「痛っ……!」

「こんなの、姫乃部長の痛みを考えたら全然痛くないでしょ? ってか、いい加減、令さんを姫乃部長に返してあげてよ。令さんだってきっとその方が幸せでしょ。ねえ、聞いてる? 聞こえてる?」

「聞こえてる! 聞こえてるよ……っ! でも、それはあなた達の勝手な想像であって、令の意思じゃない……ひっ」

 薬缶が、ピーっと音を出した。

 お湯が、沸いたのだった。

「優菜はおっちょこちょいだから、お湯をひっくり返すお馬鹿さんなんだよねーってことで、済むよね」

「そうそう。だって、仕事もミスがいっぱいだったし」

「会社のお荷物だから」

 などと言われ、優菜の近くにいる人が薬缶を持つと、それを優菜の目の前に持って来て、まずはパンプスのすぐ近くにお湯を落とす。

「やだぁっ!」

「ほら、暴れない暴れない。大丈夫だって、今のは練習だから、掛かるわけないでしょ? 今から掛けるんだから、今度は暴れないでねー」

 優菜にお湯が掛けられる、その直前だった。

「何してるの、あなた達!」

「はあ?」

 数人の女子社員達が姫乃の取り巻き達にそう言って、薬缶を奪い取ってシンクに投げるようにして置いた。

「今から優菜ちゃんに白湯でも飲んでもらおうかと思ったんだけど」

「何言ってるの? どう見ても嫌がってるし、髪の毛引っ張って、体拘束して、何しようとしてたかなんて見ればわかる。こんなのただのいじめよ! 優菜にこんなことしないでよ!」

「そうよ。優菜が何か悪いことでもしたの? 悪いことしたにしても、これじゃ、酷いと思うのだけれど」

「……何よ、皆優菜に騙されちゃって」

 姫乃の取り巻き達は現れたその女性社員達を睨み、立ち去る。

「大丈夫? 優菜!」

「え、あ、うん……」

「全く。前々から何かしてるとは思ってたけど、こんなことを優菜にしてたなんて。気づけなくてごめんね。これからは、私達がもっとちゃんと見てるから! 大事な友達を傷つけられそうになるなんて、黙っていられないんだから!」

 そこへ令が慌てた様子で現れた。

 だが、先に来ていた女性達の視線に、現れない方がよかったのかもしれないと若干思うのだった。

「ちょっと令様。もっとしっかり優菜のことを見ていてあげてください!」

「そうよ! これじゃ恋人なんだかわからないじゃない!」

「優菜、あと少しで怪我するところだったんですよ! もっと一緒にいてあげてくださいね!」

 などと言われてしまい、令はタジタジになりつつも「あ、ああ……。すまなかった。優菜」と謝るのだった。

「じゃあ、私達は行きますけど、本当に、本当に! 優菜のことをお願いしますね!」と念押しをして、優菜の友達は自分達の仕事へと戻るのだった。

「……その、お前の友達は、お前のことをよく見ていてくれるんだな。頼もしいよ」

「……うん! 皆、とても素敵な人達なんだよ!」

 優菜は心の底から微笑んだ。

 今までとは違う、助けてくれる人達が増えた。

 それも、友達がたくさん出来たのだ。

 優菜は、これまでとは違うことに、嬉しさを覚えていた。

 そして、令もまた安心感を得ていた。

 優菜に友達がたくさんいること。守ってくれること。そして、優菜の心の拠り所となってくれていること。それらを考えると、優菜が変わって、優菜の友達が増えたことが、本当に安心出来ることなのだと思った。

 もし、自分が社内で会議などで動けないことがあっても、助けに入ってくれる人がいる可能性が高くなった。そのことだけでも、大分今までとは違う。

 そして味方が増えたということは、敵も下手に手出しが出来ないということ。

 なんだか、優菜にとっても令自身にとってもこのことは喜ばしいことに思えた。

 大切な人を守るために、周りが支えてくれるその重要さを、二人は知っているからだ。

 そんな時だった。ふと、優菜は耳鳴りのようなものを感じた。

 それは一瞬、だけれど、世界を大きく変えていく前兆なのだった。

 それを優菜も、令も、そして姫乃もまだ知らない。

 世界もまた、変わりつつあるのだった。


「ところで優菜」

「何? どうしたの?」

「今日は誰が優菜に酷い目に遭わせようとした? それ相応の罰を与えてやらなければ、俺も気が済まない」

「いいよ。そんなの。それに、何人かいたし、あまり顔を合わせない人達だったから名前もわからない……。ほら、私は悪役令嬢で通ってるから皆は知ってるけど、私は皆のこと知らないってことが多いんだもん……」

「それはそうだが……。もし、わかったら教えてくれ。しっかりと、それなりの処分を下す」

「う、うん」

 絶対に言えないなと優菜は思った。

 逆恨みされる可能性の方が高かったし、どんなに守ってくれようとしても隙は必ずある。

 だから、正直令にこういうことにあまり首を突っ込んでほしくないのだった。

 ただ、助けてくれる……。それだけは、嬉しいしこれからもあってほしいと願うのだった。


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