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 第七十話 世界は正常に回り出す

 姫乃の従者とも言えるかもしれない世界は、形を変えていた。

 その姿が、本来の「世界」のあるべき姿なのかもしれない。

 どの人にとっても平等で、畏れの対象であり、また残酷で、何より美しい。

 神という存在が目に見えないからわからない。

 そう思う人も、世界というものはわかるだろう。

 だからこそ、世界というものが神だと唱える人もいる。

 しかし、日常生活において、特にこの世界の日本では、そのような思考はそう簡単には根付いていない。

 そんな中で、優菜だけがその変化を感じていた。

 世界に嫌われ続けた優菜に、夜の世界しか知らない優菜に、やっと世界が明るい朝を迎えさせたのだった。その朝は、優菜にとってどんな景色なのだろうか……。

「令、……世界は変わったよ」

「……」

「令?」

 令は眠っていた。少し幼さの残る表情を浮かべながら、眠りに就いている。

 優菜はそんな令に、ブランケットを掛けたのだった。

 窓からは月明りがぼんやりと入り込み、まだ朝焼けが来るまでは何時間も待たなくてはならない。それでも、優菜はその時何故か、朝焼けが見たいと思ったのだ。

「不思議……。姫乃のためだけの世界だったのに、いつの間にか変わった。皆のための世界に、変わったんだよ。もちろん、私のための世界でもあるんだ……」

 窓の外の夜景が、やけに綺麗に見えた。まるで今までとは別世界のようだと、そう思える。

 だからこそ、関係性も変わらなければならない。

 親同士が決めた婚約者ではなく、本人達が選んだ婚約者になるために。

 まず、親同士が決めた婚約を白紙に戻す必要があった。

 それは今となっては不必要と思えるかもしれない。でも、優菜にとってはそれがけじめで、望みだった。

 令もそれは了承してくれている。

 そして今夜は、そんな二人にとって特別な一日。

 親同士が決めた婚約者としての二人として過ごす、最後の夜だった。

 明日、家族に話しに行かなければならない。

 お互い、家族に対しては全くいい思い出などなく、特に優菜にとっては怖いと思えるものでもあったため、令が一緒に付いてきてくれることになるのだった。

 もちろん、婚約者でなくなる……というわけではないし、親が決めたかどうかだけが変わるだけだから、世間からしたら全く意味のない取り越し苦労みたいなものであるかもしれない。

 それでも、二人にとっては必要な苦労だった。

 未来になって、やっぱりあれは必要なかったかもねと、そう思うかもしれない。

 ただ、今は必要な気がするから、そうしたい。

 それだけなのだ。

「令、これまで、ありがとうね。これからも……、どうかよろしくね」

 優菜は令の隣に座り、令の髪をさらりと撫でる。

 令はその優菜の手に触れて、目を開けた。

「縁が切れるわけでもないのだから、そんなに気にしなくてもいい。大丈夫だ。心配しなくとも……」

「うん……」

 こじれた世界の糸が、また一つ、解けようとしている。

 そのこれじれた糸は、令と優菜の親同士が決めた婚約が原因だった。

 だから、優菜の読みは当たっていたのだ。

 婚約を解消さえすれば、世界の歪が完全になくなり、姫乃のための世界から、ついには優菜の望んだ、全ての人のための正常な世界になる。

 でもそれは、もう小説の世界ではないと優菜も認めざるを得ない、未知の世界になるとういうこと。

 それでも望むのは、ただ普通に生きたい、令と共にいたいと願うただひとりの女性としての願いだった。

 辛い思いはいくらでもしてきた。

 前の世界から、こちらの世界にやって来て、自身が悪役令嬢だと気づいた時。

 そして、小説通りの扱いを受けることも。

 どんなに小説と違うような女性だったとしても、世界が優菜を悪役令嬢だと認識している以上、周りも悪役令嬢として扱っていく。

 それが痛いほどわかった。

 ある意味では、人間の、それ以上にない人間らしい最低な部分を見てきたとも言える。

 そんな中でやっと掴んだ、令という存在。

 その存在は優菜の中ではとても大きな存在となり、今では隣にいるのが当たり前となった。

 最初は怖くて仕方がなかった。自分には無関心で、姫乃といつも一緒に居て……。

 冷酷と言われるだけあって心なんてないようなものなのかもと、失礼なことを思っていたこともあった。

 だが、実際は優菜のことを、周りをこんなにも大切に想ってくれている。

 冷酷なのは表情に出すのが苦手だということと、動じないように見せることで周りが安定していられるということを知っているからのように優菜には思えている。

 そして今では、自分の前でだけ見せる、幼い表情の残る微笑みや、優しいその眼差しが、冷酷ではないということをしっかりと表していた。

「令、大好きだよ」

 そっと額にキスをすると、令はゆっくりと瞼を開けて、「俺も……」と言うのだった。

 優菜は恥ずかしさで顔を赤らめると、令はふわりと微笑んで、優菜の頬を撫でる。

「意地悪……。起きてたなら、起きてたって言ってよ」

「こちらもつい先程目が覚めたばかりだからな。頭が回らなかった。というのと、本音が聞けて嬉しかったんだ」

 優菜も微笑み、その場は穏やかな雰囲気となった。


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