その日、優菜と令は優菜の実家に出向いた。
出迎えたのは優菜の妹と兄のみで、継母と父は居る必要さえないと同席を拒み、家にはいなかった。
そして優菜と令の目の前に、にやにやといやらしい笑顔を見せる妹と兄の顔が……。
優菜は顔色を少し悪くしていたが、令が大丈夫だと言うかのように、手を握る。
すると優菜は次第に落ち着いていき、顔色も普段の顔色に戻っていた。
「で、あんた、婚約を白紙にしたいんだって? 令さんも、やっと姫乃さんと一緒になるってわけね」
妹がそう言うと、兄も頷いた。
「やっぱり優菜には重かったってわけか。そんなことなら、変な意地なんて張らないで早く姫乃に渡してしまえばよかったのに。そうすれば嫌な思いだってしなくて済んだだろう。お互いに」
優菜の手が震える。
しかし、令がその手を優しく握ったまま、二人にこう言い放つ。
「確かに、俺達に婚約というのは重すぎたかもしれない。だが、それは親同士が決めたからであって、自分達で婚約する分には全く問題ないと思っている。他人に決められた人と、他人に決められたように生きるんじゃない。自分達で選んで、自分達が手さぐりにでも前に進んでいく方が、俺達には合ってる。それだけなんだ」
「何それ……。だったら、別に白紙にする必要なくない? ってか、それだと姫乃さんが可哀想なんだけど」
「逆に、姫乃が可哀想だとお前達に何か問題があるのか?」
「……っ!?」
「いつも不思議に思っていた。周りは皆優菜よりも姫乃を持ち上げるし、姫乃を優先したがる。優菜の意見など聞きもせず、優菜自身を見もせずに。ただただ姫乃に従うばかり……」
そして令はくすりと笑う。
「お前達こそ、姫乃に全てを決められて、姫乃に縛られて、……可哀想だな」
妹が令を叩こうとした。
しかし、叩かれたのは、優菜だった。
咄嗟に令の前に出て、優菜が叩かれたのだ。
「優菜……っ、俺のことなど気にしなくとも」
「……いいから。こんなにも、自分勝手なやつらに、叩かれるのは私一人で十分」
「自分勝手って……、そっちこそ自分勝手じゃない! 親から決められたのが嫌だからって、白紙にして、なかったことにしてからまた自分達で婚約しようなんて、おかしな話よ! そんなに嫌なら、普通ならもう二度と同じ相手と婚約なんてしなければいいじゃない! 大体、姫乃さんのことを知らない癖に、何言ってんだか」
令は優菜の頬の赤みを見て、すぐに赤みが引きそうだとわかると、妹の方を静かに睨んでこう言った。
「お前達こそ、姫乃の何を知っている」
「……っ!」
その言葉に、何も返せない妹は、悔しそうに優菜を睨む。
兄はというと、何もしないで見ない振りをしていた。
面倒事に巻き込まれるのが嫌いな兄の性格をわかりきっている優菜は、その反応に当然そうなるよね……と思った。
言葉が出ない、重い空気が続く中、令がこう言い放つ。
「とにかく、これで、もう婚約についてはお前達に何も言われる筋合いはない。元はと言えば親同士が決めたから、お前達が勝手に盛り上がったり盛り下がったりして優菜に迷惑を掛けていたんだからな。今度は俺達の意思で婚約するんだ。誰の文句も、指図も受ける気はない。行こう……。優菜」
そして二人は家を出ていく。
去り際、妹が「あんた達なんか、価値観の違いか何かで絶対に破局するわ! 姫乃さんにしておけばよかったって、そう思うに決まってるんだから! 私達の言う通りにしておけばって、後悔すればいい!」と叫んでいた。
次に、令の実家に……と優菜は思っていたのだが、令の両親は冷酷な令と同じく、冷徹だとこれまた有名で、尚且つ仕事で忙しいということだった。
令は「どちらにせよ、あの人達は賛成も反対もしない。好きにしろと言うだろう。俺から、言っておく」と言っていた。
優菜は少しばかりご両親にご挨拶をなどと思っていたのだが、それがないとわかると一気に緊張の糸が切れた。
車の中で、優菜が「これで、一応白紙に出来たってこと、かな」と言うと、令は頷いた。
「だが、もう次の婚約は、結ばれているんだろう?」
「……うん、そのつもり、なんだけど」
「けど?」
「もうちょっと、待ってもらえないかな。どうしても、自分がもっとしっかりと生きられると確認してから、それから婚約を結び直したいの」
「それは……今でも構わないのでは?」
「なんだろう。姫乃に対するというより、世界に対しての、負けないぞって気持ちからなんだ。正直に言うとね、まだ、自分が生き残れるか、わかってないの。世界は変わってきたけれど、でも、それでも私が死ぬ運命は変わってない気がして、もっと、確証が欲しいんだ。そしたら、令と一緒に、本当の自分の人生を歩める気がするの。ごめんね、わがままで。でも、どうか受け入れてほしい……」
令は真剣にそう言う優菜の声に耳を傾け、「仕方がないな」と困ったように笑って、それを受け入れるのだった。優菜はそんな令に、感謝の気持ちを忘れずに、これからもずっと一緒に生きていきたいと思うのだった。