放課後、暁人は俺より早く部室に居た。
「遅いぞ、夢野」
「いっつも思うけど、お前早すぎだろ……」
活動熱心なのは良いことだが。
しばらく残りのメンバーを待って、全員集まったところで皆の視線が暁人に向かった。
「……どうだった?」
「駄目だな。悪夢の話なんてしてくれない。いつも通りの先輩だ。後輩に弱いところを見せたくないだけかもしれないが」
眼鏡をクイッとあげる動作をしながら言う暁人。
「先輩は、家がアレだから期待されるのが本当は苦手なんだ。そこをつけ込まれたのかもしれないな」
「なるほど……だとしたら私たちも、一度考えを整理しなければいけませんね。先輩は何故ゴールを決められないのか、夜見くんの意見も聞きたいです」
月影は、暁人をまっすぐに見つめる。暁人も視線を逸らさず
「一番はやはり、自分にかかるプレッシャーだろう。自分でなくてもいいんだ、と割り切れれば普段の様にプレーができ、自然とゴールが生まれる……僕はそう考える」
「なるほど……。夜見くん、中学はサッカー部ということは結構最近までサッカーをしていましたよね?」
暁人は少し考え「まあ、そう言えないこともない」と返した。実際は受験の対策もあっただろうから、サッカー部に在籍していたのは去年の夏頃までと見るのが一般的だろう。
「それがどうした」
「夜見くん、今回の作戦は夜見くんの力が必要なんです!」
月影が思いついた作戦は、少し不安要素もあるが悪くないものだった。少なからず、運ではあるが。
「じゃあ、今夜またいつもの場所でお会いしましょう~!」
月影のこの一言で解散となった。
***
深夜。いつもの様に点呼をとられ、目を瞑る。月影の案内してくれた先には大きなサッカー場があって、月見野学園高校の文字が見える。相手の高校名も明記されており、本物の会場みたいだ。ちゃんと見ると、応援団までいる。本格的な夢だ。
その中でも、初心者でもわかるほど鮮やかにドリブルをする選手がいた。着ているユニフォームは月見野学園高校のものだ。ということは、彼が佐久間奈切なのか。暁人に訊こうと思ったが、視線がその選手に固定されているところを見ると当たりなのだろう。
奈切先輩は、梓希先輩と違ってツリ目でもなければ、もう一人の双子とも異なりタレ目でもなかった。穏やかそうな好青年に見える。実際暁人が懐いているところを見ると、そういった性格なのは容易に想像がつく。それでも試合中だからか、厳しい顔でプレーに集中している様に見える。
どんどん相手を抜き去り、後はシュートを決めるだけ———なのだが、そのシュートはゴールポストに弾かれてしまう。諦めずに押し込もうと藻掻くも、相手にボールをとられてしまった。先輩はしばらく茫然としていたが、立ち上がり懸命にボールを追いかける。
「———先輩!」
暁人が大声で叫ぶ。咲夜が持ち込んだ拡声器は、最大限暁人の声を競技場に轟かせる。正直頭に響くので、指で耳栓をした。
「いつもの、気負わない先輩が一番です! だって、サッカー部には他にも頼れる部員がいるじゃないですか! 先輩一人じゃないんですよ!」
それが、先輩にどう影響したのかは本当のところはわからない。しかしそこからプレイスタイルが軽快になり、次のチャンスはモノに出来たことを考えると——言った価値はあったかもしれない。佐久間奈切は、成し遂げた。それが夢の中の出来事であったとしても、誰も彼を責めることはしないだろう。
そうしたら、ここからは俺の時間だ。
「食らうぞ——この悪夢!」
いつも通り、視界が暗転した。歓声も応援も、遠ざかっていく。
***
後日聞いた話によると、先輩は人を頼ってパスするということを覚えたらしい。独りよがりのサッカー人生に、やっと終止符が打てたという訳だ。これには暁人も、内心ホッとしているだろう。仲良しの先輩だからな。