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第90話

 不思議な夢を見た。咲夜と俺と、子どもとで遊園地に行く夢。夢の中の咲夜は、今より髪が長くお姉さん、といった雰囲気だ。子どもは、癖毛は俺に似ているが全体的な顔立ちは咲夜に似ている。つまり、この夢では咲夜と俺は結婚し子どもも生まれているのだろう。子どもは短髪の男の子だ。

「ねえ、お母さん」

「どうしたの?」

 咲夜が首を傾げる。俺の推理は合っているみたいだ。

「お父さんとお母さんって、何で結婚したの?」

 遊園地でする話題にしては重苦しいが、咲夜は逃げずに答えた。

「お父さんのことが好きだったからだよ」

「お父さんもそうなの?」

 今度は俺に視線が向いた。ここは夢の中なのだから、何を言っても大丈夫だという確信がある。俺はゆっくり口を開いた。

「俺も、お母さんが大好きだから結婚したんだよ。な、咲夜」

「うん」

 子どもは、「ふぅん」とつまらなさそうに声を発した後「あれ乗りたい」と遊具の方角に走っていった。慌てて追いかけると、そこには観覧車があった。気がつくと、辺りはうっすら闇色に染まっていた。夢だからか、時の流れがおかしい。

「いいぞ、乗るか」

 俺は三人分の料金を支払い、ゴンドラに乗り込む。咲夜とは対面で座り、子どもも咲夜の隣に座った。さてはお母さんっ子だな。こいつ。

「ねえ、あの話聞かせてよ! ドリームイーターズの話」

 この夢の中では、話してきた様だ。だが、ここが夢である以上話すのは危ない気がして口を噤む。咲夜は「何処まで話したっけな……」と唇に手を当て考え込んでいる。

 そうこうしている間に、頂上から横浜の夜景が見えた。全員見慣れているから感動はないものの、日本一の政令市だと思わせるだけの迫力がある。そんなことを考えている間にゴンドラは下降を始め、地上へと帰ってきた。

「お母さん、お腹空いたー」

「今日は何か食べて帰ろうか」

 さりげなく、親子で手を繋いでショッピングセンターの方角に向かおうとした時だった。

 信号無視のトラックが、咲夜に突っ込んだのだ。子どもを守る様にポーズをとったので、そちらは軽傷で済んだ様だが。こういう時、どうしていいか「救急車!」という声が聞こえるまで思い出せなかった。

 夢の中だからか、咲夜が轢かれてもどこか冷静だった。これは恐らくだが、トワイライト・ゾーンの仕業だ。ついに俺を狙ってきたか。都合がいい。毎日これを見なければいけないのは辛いが、そのうち仲間が助けてくれるだろう。

 救急車の音が近づいてくるのと同時に、意識が浮上する感覚があった。目を開けると、いつも通りの寝室。アラームが鳴るには五分ほど早い時間だった。目覚めが悪い。夢の主の気持ちが、今になってやっとわかる。確かにこれは辛いし、誰かにあたり散らかしても仕方がない部分はある。かと言って、本当にあたり散らかしては駄目なのだが。

 ……起きるか。身体を起こすと、だるい。眠りが浅かったのだろう。皆に会ったら、相談してみよう。夢のこと。


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