学校の周りには、それなりに色々な店が揃っている。ショッピングモールも遠いが存在するし、何よりファミレスの数が膨大だ。イタリアンから中華まで幅広いジャンルのファミレス展開は、学生的にはとても助かる。今日は何処で食べようか、店を吟味する。
「夜見くんが居るんだし、甘いものの種類が豊富な方がいいんじゃないでしょうか?」
月影の言う通りだ。それに、迷っていたら他の学生で席が埋まってしまう。
「気を遣わせて、すまない」
「そんなこと、いちいち気にすんなよ」
近くに、安くて美味しいで有名なイタリアンファミレスがあったので、そこに入店した。適当にメニューを見て、ランチセットを五人分注文する。一人当たり五百円とは、財布に優しい。しばらくすると、料理が運ばれてきたので無言で食べ始める。当たり前だが、美味しい。家でこの味は再現できないだろうな……。
家で食べる料理は、それはそれで美味しいのだが外食は外食で良い。要は、棲み分けの問題だろうと思う。
「夢野、手が止まっているがどうかしたのか?」
「いや、何でもない」
考え込むと、他のことに意識が向かなくなるのをやめたい。皆こんなものだと思っていたが、現実は違うみたいだ。
皿を空にして、暁人のデザートを注文する。先日俺の夢で能力を使っていたので、その代金を出そうとしたら「夢野に奢られるほど落ちぶれていない」と微妙にこちらを馬鹿にした返答だった。後で話し合う必要がありそうだ。
「まあいいから、大人しく奢られとけよ」
「……そう言うなら、良いだろう。厚意として受け取っておく」
プリンとティラミスのセットが、注文から間もなく運ばれてくる。暁人は美味しそうにそれらを頬張っていた。身長は俺より高いが、その姿は小動物みたいだ。
「ご馳走様」
暁人は、満足そうにそう言った。会計を済ませ外に出ると、冷たい空気が肌に触れる。あまり冬に強くない俺は、それだけで顔をしかめてしまった。
「獏は昔から変わらないね、まだ冬が苦手なの?」
「うっせーな、お前だって春は花粉症で苦手だろ」
そんなやり取りをしながら、学校へ戻る。部室の扉を開くと、各々の席に先ほどのプレゼント以外の何かが置かれていた。
「何だこれ?」
恐る恐る中を開けてみると、手紙と本が入っていた。手紙には、こう書かれている。
『クリスマスを楽しんでいますか? 夢野くん、小生は年末を仕事で終えそうです。泣きそうです。この本は、小生が夢野くんのために選んだ一冊です。時間があるときに読んでみてください。良いお年を! 浅野環希』
先生が部室にプレゼントを置いていったみたいだ。他の皆も同じく本を貰った様だが、表紙が異なるので一人一人選んでくれたみたいだ。
俺の本は、『夢十夜』だった。悪夢退治のことを見抜かれているのかと思ったが、ただの偶然だろう。本には特に興味がないので、何を貰ったかは聞かずに鞄に入れた。
「浅野先生、部活のこと覚えてたんですね。てっきり名ばかりの顧問かと」
「俺もそう思ってたけど、真面目だよな。一人一人にプレゼント準備するくらいだし」
自分の受け持っているクラスに、部員が二人も居れば覚えているのは当然なのかもしれないが……。何せここは月見野学園高校、部活の数なんて山ほどあるのだから忘れ去られていてもおかしくない。というか、本当は忘れられていた方が自由に活動出来て楽なのだが……。仕方がない。
「浅野先生からプレゼントなんて、驚いたわ」
「僕もだ。そういうことをするタイプには見えないがな」
「私も!」
やはり皆似た様な反応だ。俺もだけど。浅野先生、人望があるんだかないんだか……。
「じゃあ、プレゼント交換会も終わったことですし。奮発して買ってきたケーキを食べましょう!」
事前に金を徴収し、ホールケーキを買った。人の金を預かっている間は気が気でなかったが、今こうしてケーキを目の前にすると、会計係も悪くなかったと思える。純白のケーキを、暁人が丁寧に五等分にしていく。そして大掃除の時に出てきた紙皿にそれをのっける。すると、クリスマス感が一気に出てくる。中身のスポンジと、盛りつけられている苺のバランスも良い。
「じゃあ、先食べてるぞ」
「はーい」
一口食べると、思っていた以上に甘い。生クリームって、こんなに暴力的な甘さだったか。前甘いものを食べた時は咲夜も一緒だから気にならなかったのだろうか。
「美味しいけど……甘いな」
「そうか? 僕はこれくらいなら大好物の範囲だぞ」
暁人と俺は味覚が合わないらしい。というか、いつから食べ始めてたんだ?
「うん、私も甘いとは思うけどそんな甘ったるいとは思わないな」
「久しぶりに食べると、味覚が変わるわね。私は副部長派だわ」
こんなことで意見が割れても仕方がないので、「でもまあ、美味しいよな」と話題を強制終了させた。
ケーキを食べ終わり、紙皿を処理する。いっぱいになったゴミ袋に封をし、既定のゴミ捨て場まで出しに行く。そこで、また浅野先生に遭遇した。
「夢野くんじゃないですか。小生の選書、気に入って貰えましたか?」
「ああ、まあ。はい。読んだことがない本なので」
先生はニコニコしている。よっぽど機嫌が良いのだろう。
「読書は良いですよ、人の心を豊かにしてくれます。夢十夜、読み終わったら感想交換しましょうね。では、小生はこれで」
先生はそう告げると、去っていった。普段は赤いチェックシャツだが、流石に寒いのかその上に茶色いコートを着ていたのが印象的だ。
部室に戻ろうとすると、皆が目に入った。帰るところだろうか。皆は俺を視認するなり、こちらに駆けてきた。
「迎えに行くところだったんです、一緒に帰りましょう」
「ああ」
月影、望月と暁人、俺と咲夜。家の方角が別なので、長く一緒に歩くことは出来ない。それでも今、この瞬間が俺たちにとっての青春なのは間違いない。白い息を吐きながら、「それじゃあ、今度は冬休みに」と言い別れる。月見野学園高校は、今日が終了式だ。しばらく学校とはさよならになる。その間も悪夢退治は続くから、俺たちの休みはあってない様なものだ。それでも、今日はクリスマス。たまには休んでも、怒られないだろう。俺たちだって高校生だ。