冬休みも明け、学校が始まった。そうなると、退治でしか会っていなかった部員と顔を合わせる機会も増える。
「おはよう副部長、こうして会うのは久しぶりね」
望月は挨拶だけして、俺の横を通り過ぎていった。まぁ、特に話すこともないし自然な行動か。冬休みに会わなかった訳でもないのだし。校門に入ろうとした時、声をかけられた。聞き慣れない声だ。
「ねえ、ミステリ研究会の部員だよね君。少し話がしたいんだけど、いいかな?」
振り向くと、片目を前髪で覆った女子生徒が立っていた。制服は伊達同じく改造制服っぽいが、彼女のものよりスカートが長い。この学校では改造制服が流行っているのだろうか?
「確かにそうだけど……何の用だ?」
女子生徒は目を輝かせてこう言った。
「僕もミステリ研究会に入れて欲しんだ。僕、オカルトとか好きだから」
非常に参った。ミステリ研究会の名前はお飾りで、実際にはそれらしき活動は一切していないのだから。
「悪いけど、今部員募集してないから」
「あ、ちょっと!」
俺は女子生徒から逃げる様に走った。このまま他の部員に話しかける可能性があることを考えると、危険だ。特に咲夜は優しいから、見学くらいはさせるかもしれない。昼休みになったら、対策を練ろう。
***
昼休み。何故か部室の前に朝の女子生徒が立っていた。
「昼休みの時、部員の皆が教室にいないって聞いたから。なら、ここだろうと思って……正解だったね」
「お前、意外としつこいんだな……」
俺が悪態をつくと、背後から声が聞こえた。
「おい夢野、誰なんだ彼女は」
暁人だ。どうやら、まだ暁人には声をかけていなかったらしい。
「研究会の入部志望者。朝一回、声かけられたんだけど……どうしたらいいかわからなくて」
「月影に訊けば良いだろう。部長は彼女なんだからな」
暁人はそう言い残し、部室の中に入っていった。
「……僕のこと、『彼女』って言った?」
女子生徒には、引っかかる点があったらしい。
「名乗り損ねたけど、僕には米津羽琉っていうちゃんとした名前があるんだ。それに、勘違いされてるから言うけど僕は男だよ」
「嘘だろ……」
長い髪、長い睫毛、薄い唇。声も男性にしては高いし、いささか信じがたい。第一、履いているのはスカートなのだから勘違いしても仕方がないだろう。
「本当だよ。ほら」
米津は俺の手を取り、胸にあてた。確かに、女性ならあるであろう膨らみがない。男性というのは本当なのだろう。しかしこんなシーン、誰かに見られたら学校生活が詰みそうだ。
「わ、わかった! わかったから手を放してくれ。マジで」
「わかってくれたならいいけど……」
危ないところだった。錯覚で、こいつにドキドキしてしまうところだった。いや、したかもしれない。色々な意味で。
「君たちの部長は月影さんって言うんだね」
「ああ、まあ……」
普段は一緒に部室に行くのだが、今日は「お手洗いに行くので先に行っていてください~」とバラバラに行動している。そろそろ着く頃だとは思うのだが。そんなことを考えていたら、月影の姿が見えた。望月と咲夜も一緒だ。どこかで合流したのだろうか。
「夢野くん、遅れてすみません……ってそちらの方は?」
申し訳なさそうに謝る月影の目に、米津が留まった様だ。
「米津くんじゃない。どうしたの、こんなところで」
一方、望月は米津のことを知っているみたいだ。少しばかり目を見開いて彼のことを見ている。
「望月さん……。実は、僕もミステリ研究会に入りたいなって思って。それで、ここの部長さんを探してたんだ。月影さんっていうのは、誰?」
「月影は私ですけど……」
おずおずと月影が手をあげる。米津の視線が、望月から月影に移った。
「君が!? 本当に高校生? いや、ごめん。何でもない」
「いいですよ、よく言われることなので……」
謝罪する米津と、それを許す月影の間に割り込む。
「というか米津、お前望月と面識あったんだな」
「別にわざわざ言うことでもないかと思って言わなかったけど、望月さんとは中学の頃からの同級生で今でも同じクラスだよ」
「ええ。米津くんと話すことはほとんどないけれど」
望月の交友関係を垣間見た気がする。まあ、知ったところで意味はないのかもしれないが。それよりも、米津の対処だ。月影はどうする気なのだろうか。
「月影さん、僕のことを研究会に入れてくれないか?」
「え、と……今は部員を募集してなくて……」
俺を見ないでくれ、月影。気持ちはわかるが。本当の活動内容を言う訳にもいかないし、言い訳がこれしかないのもわかる。だけど、米津はこれしきのことでは恐らく引き下がらないだろう。部室前で待ち伏せする様な男だ。意志が固いに違いない。
「じゃあ、いつなら募集してるの?」
「今のところ、募集する予定はないです」
月影の声が段々小さくなっていく。いや、米津の声が大きくなっているのか。
「米津くん、今日のところは諦めてくれないかしら。私たちも考えてみるから」
「本当に? 約束だからね、望月さん! じゃあ、今日のところは失礼するよ」
米津は部室の前から去っていった。
「どうするの⁉ 本当のことを話す訳にもいかないし……」
去りゆく米津から俺に視線を移し、咲夜は言った。それは、俺たち全員が悩んでいることだ。
「……とりあえず、昼飯食おうぜ」
米津の相手をして、もう空腹が限界に近い。部室のドアを開けると。コンビニで売っているフレンチトーストを食べている暁人がいた。
「解決したのか?」
「……いや……」
俺たちは、暁人に事の顛末を話した。
「こういったことは、長引かせても面倒なだけだ。望月の知り合いなら、望月から断りを入れれば良いだろう」
実際そうなのだ。そうなのだが……あの瞳の輝きを見てしまうと、断りづらい。
「わかったわ。米津くんの件は私に一任してくれないかしら。上手く誤魔化して見せるわ」
「お願いできますか……? 望月さん」
月影が弱々しい声で縋る。詰め寄られたのが、心に響いているのだろうか。
「ええ。放課後、話をしてみるわ」