深夜零時、月谷ネットカフェに俺たちは集合していた。屋内は暖房がついており暖かいが、外は極寒だ。さっさと中に入ると、おじさんが出迎えてくれた。
「今日は一段と寒いな。先に温かいコーヒーでも飲んで体を休めていくといい」
おじさんは、五人分のマグカップにホットコーヒーを注いでいく。砂糖やミルクは各々で入れるシステムだ。一口飲むと、体が溶けていくような温かさが染み入る。
「……よし、行くか」
俺たちは、目を瞑り瞼の裏に月影が現れるのを待つ。しばらくすると、「こっちですよ~」と彼女は俺たちを先導してくれる。ついていくと、そこには『米津』と書かれた表札のある家が見えた。今日の惨劇の舞台は、この家という訳か。しかし入ろうにも、ドアに鍵がかかっていて開かない。どうしたものか……。
「デコレーター」
そう言い暁人がドアに触れると、開いた。この能力、強すぎるだろ……。後方支援ではなく前面支援だ、これでは。そんなことよりも家に入らなくては。俺は靴を脱ぎ、玄関から家に入る。見た感じ、和室があるだけの一般家庭だ。
ふと、上から声が聞こえてきた。
「僕はね、我慢ならないんだ。姉さんに彼氏が出来たなんて認めてないからね!」
この声は米津だ。ここ数日、何度も聞いた。
「羽琉、そう言われてもね……。そろそろ独り立ちする時期だよ、羽琉も」
この声は、恐らく米津の姉の声だろう。米津よりワントーン高い。
「姉さん、どうしてわかってくれないの!? 姉さんは僕のこと嫌いになっちゃったの!?」
俺と咲夜は顔を見合わせた。どのタイミングで入るべきか、非常に迷う。ただ、ウダウダしていると問題のシーンに辿り着いてしまう。俺は静かにドアを開けた。米津姉弟は、言い争っていてまだこちらに気がついていない。
「羽琉、あのね」
「姉さんなんか嫌いだ、大っ嫌い! 死んじゃえ——」
米津は姉の首に手を伸ばした。その手をすかさず掴むと、彼はこちらに気がついた様ではっとした表情を向けた。
「君は研究会の……どうしてここにいるの!?」
もっともな疑問だ。夢の中とはいえ、家の中に赤の他人が入り込んでいたらいい気はしないだろう。
「話すと長いんだが……まぁ、なんだ。米津もあんまりお姉さんに執着せずに……」
「君に僕の何がわかるっていうの!? 君は何もわかってない!」
説得は無理そうだ。だが、ここで夢を食べても根本的な解決にはならないだろう。根気よくもう少し説得を試みる。
「お姉さんにはお姉さんの、米津には米津の人生があるだろ。執着されてる側の身にもなれ。それに、お前が研究会に入りたがったのは、こんな自分を止めて欲しいっていうSOSじゃなかったのか? 夢の中とはいえ姉を傷つけている自分を、変えたいんじゃないのか?」
米津は「……そうだね、君の言う通りだ」と顔を伏せた。その頬を涙が伝う。
「本当は、わかってるよ。頭でわかってても、心が抑えられない。……僕は、どうしたらいい?」
泣かれても困るのだが、説得は続けた方が良いだろう。俺は口を開く。
「とりあえず、お姉さんと少し距離をとってみる……とか?」
「別の趣味を見つけるとか! 米津くん、コスプレとか好きそうだし」
確かに、女子の制服を着ている時点で素質はあるかもしれない。伊達と同じものを感じる。
「確かに、コスプレは好きだけど……僕なんて弱小コスプレイヤーだよ」
好きなのかよ。今のは、声に出さなかっただけ褒められて良いはずだ。
「既に趣味ってなると難しいか……ねえ、米津くんの服って手作りなの?」
「そうだよ。この服も実はコスプレで……」
嬉々として語り始める米津。というか、コスプレで登校するなよ。伊達じゃないんだから。
「髪は地毛なの?」
「そうだよ。ここまで伸ばすの苦労したんだからね」
誇らしげな米津を見ていると、何だか馬鹿らしくなってくる。俺はコスプレ野郎に振り回されていたって訳か……。
「校則的にはアウトだけど……でも、似合ってると思う! もっとコスプレに熱入れたら良いのに」
「うーん……でも弱小だしなぁ」
「まだこれからだよ、素材も良いんだし!」
「そ、そう? なら、やってみようかな」
咲夜のおだて方が良いのか、米津が単純なのか……どちらなのかはわからないが説得は成功したみたいだ。
「なら、そろそろ解決といくか。喰らうぞ、この悪夢——」
俺は頭上に口を出現させ、空間を喰らう。直後、視界が暗転した。