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第102話

 長戸路愛は、教室の真ん中にいた。セミロングの艶やかな髪、小動物を思わせる大きな瞳。よく手入れのされた指は、正しく白魚のようだ。月影はというと、長戸路に抱えられていた。

「……え? どういう状況だ、これ」

「わかんない……」

 教室を覗き込んでいるのは不審者扱いされがちだが、ここ長戸路のクラスだけは別だ。彼女のファンが大勢やって来ているからである。月影がこちらに気がついたのか、手を振ってきた。これは……助けを求められているのか? だとしたら助けない訳にはいかない。教室のドアを開けると、長戸路が視線をこちらに向けた。

「お客さん? 見ない顔だけど……もしかして、この子のお友達?」

 可愛らしくも個性的な声で、俺たちは迎え入れられた。

「そうだ、長戸路まな。月影はどうしてこんなことになっているんだ……?」

「愛でいいよ、この子ちっちゃくて可愛いから抱き枕みたいってお話してたの。そしたら、本当に名前がまくらで私びっくりしちゃった! 毎日でも抱いて寝たいくらい……良い匂いもするし」

 そういえば月影の名前ってまくらだったな……と、そうじゃない。月影が気に入られたのはいいが、何か収穫はあったのだろうか。

「あの、長戸路さん、そろそろお昼休みが終わるので……」

 月影が遠慮がちに言うと、「ごめんごめん」と長戸路は月影を解放した。

「また明日会おうね!」

 長戸路はそう月影に微笑みかけ、手を振ってくれた。

 教室へ戻る途中、訊いてみた。

「何か収穫はあったのか?」

「いえ……長戸路さんは正真正銘学園のアイドルだったってことくらいですかね……予想以上に隙がないです」

 残念ながら、長戸路から引き出せる情報はなさそうだ。月影が行ったら何やら遊ばれてたし。

「じゃあ、明日は彼氏の方から探ってみるか。俺が行く」

「本当ですか? では、よろしくお願いします~!」

 長戸路の彼氏、千葉雄翔ゆうと。どんな人物なのか全く知らないが、無策でも何とかなるだろうか。


***


 次の日。俺は千葉のいる教室にそっと侵入し、彼に声をかけた。

「なあ、長戸路のことなんだけど……ちょっといいか?」

「わっ!? いきなり声かけられてびっくりした……いいよ、ここじゃなんだし屋上にでも行こうか」

 生徒数が多いこの学校では、どこにでも人はいる。それでも屋上は開けているし、五階建てのその上なのだから人も少ない。秘密の話をするには好条件だろう。


 屋上に着くなり、千葉は真剣な眼差しになった。

「愛に何かあったの?」

 ここで、正直に話しても信じて貰えないだろう。それでも、少しはリスクを負わなくては成果は得られない。

「最近、様子がおかしかったりしないか? 寝不足っぽいとか。何でも良いんだ」

「仮に様子がおかしかったとしても、どうして君に教えなきゃいけないの?」

 どうやら心あたりがありそうだ。だとしたら、ここで引く訳にはいかない。

「俺の友人が、長戸路と仲良しなんだよ。でも、諸事情で深く訊けないから代わりに俺が訊こうと思って」

「……」

 気まずい空気が流れる。確かに嘘としては雑すぎた。それは認める。しかし無反応なのが怖い。沈黙に耐えかねたのか、千葉の方から口を開いた。

「……一度でも関わったらわかると思うんだけど、あの隙のなさ。でも、最近はおかしいんだよね。僕が愛を見放すはずもないのに、「ちーくんは私のこと見放さないよね……?」って訊いてくるんだ。あ、ちーくんっていうのは僕のあだ名」

 悪夢の影響が思ったより酷い。早急に対策しなければ。それにしても、長戸路はあだ名のセンスに欠けている気がする。千葉だからちーくんなのだろうという予想はつくが。

「ごめんな、話しづらいこと話させて」

「まあ、別に良いけど……。愛のことは心配だしね。でも今日言ったことは内緒だよ。じゃあ、またね」

 千葉は屋上から出て行った。俺もこれ以上いる意味はない、だが部室に行く時間もない。大人しく教室で過ごすか。


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