深夜零時。極寒からは少し解放された気もするが、まだまだ寒い。ネットカフェの中の温度差で風邪を引きそうだ。いつも通り点呼を取られ、目を瞑る。月影に先導され辿りついた先には、比較的新しい外観のアパートと道路。そして遠方から走ってくるのは美杜だ。今はまだ暴走車両の姿は見えない。
「もしもし、兄貴か? 横断歩道渡ったら着くからさ、待っててくれよな! 部屋番号は204号室で合ってるっけ?」
美杜は横断歩道を渡れない。その事実を知っているから、もの悲しい気分になってしまう。
「夢野、大丈夫か?」
「あ、ああ。少し考え事を……」
「しっかりしてくれ」
暁人に溜め息をつかれた。確かに、感傷に浸っている場合ではない。美杜が横断歩道を渡れるようにするのが今回の任務なのだから。
俺たちは物陰に隠れた。美杜に認識されると、色々ややこしくなるからだ。今日の美杜は、髪もおろしているしパーカー姿というラフな格好だった。兄に会いに行くから一般的な格好にしたのだろうか。普段から真面目に制服を着ておけば、学校内でもそれなりにモテそうな顔をしていることには、今初めて気がついた。
「じゃあ、そういうことで。今から横断歩道渡るから一回切る!」
美杜は、信号の前でその色が変わるのを待っている。ふと、道路を見ると大型トラックがフラフラと走っている。暴走車両とはあれのことだろうか。美杜はスマホを見ていて、トラックの存在に気がついていない。
ここからはタイミングの勝負だ。暁人に一任したものの、成功するだろうか。
美杜が一歩目を踏み出す。その瞬間、「デコレーター!」と暁人の叫び声が聞こえた。美杜と暴走車両の間には壁が出来ており、「何だこれ……?」と彼女は立ち止まっている。
「いいから早く行け、伊達! 兄さんに会うんだろ⁉」
物陰から声を飛ばす暁人。ぽかんとしていた美杜だったが、「そうだな」と横断歩道の向こう側へ渡っていった。
今しかない。
「喰らうぞ、この悪夢——」
***
翌日、家の前に伊達が立っていた。
「昨日は兄貴のこと、ありがとな」
「俺じゃない、やったのは暁人だ」
「じゃあ、真面目くんにも礼を言わないとだな」
伊達は微笑み、「そういやこれ、真面目くんに渡しといてくれないか? アタシからだと受け取って貰える気がしなくてさ」と小箱を取り出した。中身の察しは大体つくが、それはあえて言わずに鞄の中にしまう。
「わかった、渡しておく」
「ありがとな! そういや、風紀委員ちゃんとはどこまで進んだんだ?」
「⁉ か、関係ないだろお前には……」
くだらない話をしていると、すぐ学校に着いてしまった。
「じゃあ、アタシこっちだから」
「おう」
今日も自分なりに、頑張ろう。