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第133話

 部室には、もう全員揃っていた。各々が好きなことをして、俺たちが来るのを待っていたみたいだ。望月と暁人は課題、咲夜はスマホの操作。恐らく最新の洋服でも見ていたのだろう。

「遅かったね、もう皆揃ってるよ」

 咲夜はそう言うと、スマホを机の上に置いた。望月と暁人も、ペンを止めこちらを見る。

「今日はちょっと遅れてしまい、すみませんでした~。夢の主さんの話をしましょうか」

 月影がタブレットを操作している間に、俺は自分の席に着く。

「今日の夢の主さんは、佐久間翔さんです! 皆さん、文化祭の時のステージで見たはずなので存在そのものはご存知かもしれませんね。一応言っておくと、佐久間梓希先輩の弟さんです」

 文化祭のトリを務めた、軽音楽部のバンドのボーカル。俺が持っている情報と言えばこれくらいだが、掘ればもっと情報が出てくるだろう。

「奈切先輩の双子の弟だろう、知っている」

「暁人、知ってるのか?」

「中学の頃、よく奈切先輩のサッカーをギター弾きながら応援していた印象しかないが……少しはな。」

 だいぶロックだ。人はそんな簡単には変わらないと言うが、それは彼にも適用されるらしい。

「……で、誰が偵察に行くんだ? 僕は奈切先輩とは付き合いがあるが、翔先輩の方はさっぱりだぞ」

 そもそも、ロックと暁人は親和性がなさそうだ。ここは暁人と、目立ちそうな望月は避けた方が良いだろう。

「あ、じゃあ俺行くよ。多分それが一番良いと思うし……」

「では、今回は私が夢野くんのサポートをします! いいですか?」

「ありがたい」

 俺と月影。クラスメイトでなくなったとしても、この部活が存続し続ける限りは一緒だ。咲夜が恋人なら、月影はビジネスパートナーといったところだろうか。線を引いているのは月影だけじゃない。俺もだ。仲が悪い訳ではないのだが、相手に過剰に踏み込めない。微妙な関係性だ。

「では、明日のお昼休みは翔先輩に会いに行きましょう! 今日はこれにて解散です~!」

 いつも通りの言葉で、この場は解散になった。


***


 翌日の昼。俺たちは翔先輩の教室に出向いていた。

「佐久間先輩、いますか?」

 先輩の一人がこちらに気がつき、声を張り上げた。

「佐久間なら、この時間部室棟の軽音部室にいるはず! 探してみて」

 やはり佐久間家の一員と言うべきか、音楽が大好きみたいだ。梓希先輩も昼休みを使って指揮の練習をしていたし。俺たちは部室棟へ向かう。


 軽音楽部の部室は、すぐにわかった。中からギターの音色が聴こえてきたからだ。月影にも聴こえたらしく、その場で立ち止まっていた。

「夢野くん……」

「間違いないと思う。いくぞ」

 俺は部室の扉をノックした。すると、ギターの音が止んだ。そして、扉が開く。

「こんな時期に入部希望者か?」

 佐久間翔は、三兄弟の中で最も身長が高かった。それでも威圧感がないのは、柔和な笑みを浮かべているからだろうか。先程まで座っていたのであろう椅子には、ギターが立てかけられている。

「いや、俺たちは入部希望者ではないんです。先輩と話をしたくて来ました」

「俺と? 兄貴とならわかるけど……」

 まじまじと見られると、緊張してしまう。先輩は俺たちから視線を逸らすと「まあ座れよ」と椅子を指した。言葉に甘えて椅子に座る。

「で、何の話なんだ?」

「単刀直入に訊きます。先輩はここ数日、悪夢に悩まされていませんか?」

月影は、遠慮なく先輩に問うた。彼はと言うと、面をくらったような表情で月影を眺めている。

「……悪夢なのかはわかんねーけど、親が俺の将来の夢に反対してくるのは悪い夢だと言ってくれた方が気がいくらか楽だな」

 流石佐久間家。ロックは音楽ではないと思われているのだろうか。兄が天才的な指揮者だからか、弟にも期待がかかっているのだろう。不憫だ。

「そうですか……。寝てる間には何もないですか?」

「え? あ、あぁ……。寝てはいるけど。それがどうかしたのか?」

 暁人もそうだったが、月影も単刀直入すぎる。もっと丁重に物事を進めた方が良いのではないだろうか。

「いえ、何でもないです。すみません、月影が急に……」

「気にすんな。月影だっけ? お前、なかなかロックだな! 変わってる奴、俺は大歓迎だぞ。また来いよ、今日はもう時間が無いからさ。久しぶりに面白い奴に会ったわ」

 月影は先輩の心に刺さったらしい。確かに変わっているのは間違いない。それは一緒に居ると、つくづく実感する。人の心に土足で踏み込めるタイプとでも言うのだろう。それに自分より力の強そうな高尾に立ち向かっていたり、芯がブレないところは俺も好きだ。先輩がそこまで月影のことを見抜いたのかわからないが、とりあえず話せただけでも作戦は成功の一歩目を踏み出した。



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