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第135話

 深夜零時。月谷ネットカフェの奥スペースで横になる。点呼は寒いから屋内でとられた。目を瞑ると、月影が先導して佐久間家に辿り着いた。

 佐久間邸は豪邸だった。確かに、音楽をやっているってだけでも金があるイメージだから納得がいく。しかし当たり前と言うべきか、鍵がかかっていて入れない。

「デコレーター!」

 暁人がドアノブを作り替え、中に入ることに成功する。二階部分で何やら言い争っている声が聞こえたので、慌てて階段を駆け上がる。

 そこに居たのは、随分と若々しい先輩の母親らしき人物と落ち着き払った父親らしき人物。そして、翔先輩。ギターを自分の背中に置いて、守っているみたいだ。

「翔、そのギターを渡しなさい。ロック歌手になるなんて無謀な夢は捨てるのよ」

「母さんの言う通りだ。さあ、早く!」

 壊される前に辿りつけたが、状況はかなり悪い。早く両親を説得しなければ。

「あの……すみません、ロック歌手のどこがいけないのでしょうか?」

月影が説得を試み始めた。その声に、両親は振り返る。

「我が家はクラシック音楽以外認めていないの。ロックなんて低俗だわ」

「同じ音楽じゃないですか。何が違うのですか?」

「だから、それは……」

 佐久間母は、言葉に詰まった。父はただ黙って、状況把握に努めているみたいだ。

「息子さんの進路を決めるのは、あなた方じゃない。本人ではないでしょうか」

 望月も便乗して説得に入った。かつての自分と重ね合わせている部分も、あるのかもしれない。

「我が家の方針に口を出さないでくださる? 誰だか分からないけれど……」

「あなたたちが敷いたレールを辿って行けば、確かに音楽家として成功するかもしれない。けれどそれは、自分の人生と言えますか? 私は翔先輩にはもっとロックに活躍してほしいです!」

「……」

 佐久間母は、黙ってしまった。迷っているのだろうか、ギターを壊すかどうかを。

「確かに、そうだね。君たちの言っていることも正しい。けれどね、親心としては安定した道に行ってほしいんだ。この気持ちもわかってほしい」

「父さん……」

 佐久間父は、温厚そうな人間だった。先輩も思いがけない父の言葉を聞いて、動きが止まっている。

「翔、条件を出そう。大学は音大でなくともいいから、学生のうちにメジャーデビューしなさい。それが出来たら、その時初めて僕と母さんは翔の活動を認められると思う」

「……」

 長い沈黙だった。時間にすれば数分程度だったのかもしれないが、数時間に感じられた。

「……わかった」

先輩が首を縦に振ったのは、彼なりの妥協なのだろう。ぼんやりしている時間はない。

「喰らうぞ、この悪夢——」


***


目が覚めると、もう二時だった。咲夜以外のメンバーは帰ってしまったようで、少し寂しい。

「おじさん、獏、やっぱり変だよ……。前はもっと早く起きてたのに」

 おじさんを見ると、また目を逸らされた。

「おじさん、初代ならもしかしてだけどこの能力のこともっと深く知ってるんじゃないか? 教えてくれ、俺のためにも」

 おじさんは「そうだな……流石に言うべきだな」とひとりごちてから語り始めた。

「獏の能力は、夢を喰うだろう? その負担は本人が思っている以上だと言っていい。対象の夢を一夜分、全て吞み込んでいるんだ。獏はよくやっていると思うが、人間にはキャパオーバーな能力であるともいえるだろう。悪夢退治の要となる能力だから、手放せないのも事実なんだけどな。だが、最近の獏は確かに心配だ。この程度で済んでいるのは、獏の心が強いからだろうが心配なことに変わりはない。少しでも体調に異変を感じたら言ってくれ」

 要は、能力を使うと身体が限界に一歩ずつ近づいていっている。そういうことみたいだ。

「わかった。少しでも異変を感じたら報告する」

「そうしてくれ。それは、獏だけじゃなくチームの為でもあるからな。……おっと、長話になってしまったな。そろそろ帰った方が良いだろう」

 時刻は二時半。寝静まる横浜の街。静けさを纏ったネットカフェの店内。咲夜と一緒に帰ろう。

「そうだな。いつもありがとう、おじさん」

 咲夜の手を引いて、ネットカフェを後にした。自分の能力について考えながら。


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