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第136話

 朝、教室に入ると珍しく月影が起きていた。彼女は俺に駆け寄ってきて

「昨日は大丈夫でしたか?」

と上目遣いで訊いてきた。早く帰ったとはいえ、俺の身を案じてくれていたみたいだ。高尾からの視線を感じながら

「ああ、大丈夫だった。心配かけてごめんな」

そう返すと、月影は胸をなでおろした。

「良かったです……」

 目尻に涙が溜まっている月影を見て、申し訳ない気持ちになった。

「おい、月影を泣かせてんじゃねーよ」

 我慢しきれないといった様子で、高尾が割り込んできた。

「悪いな、ほら北斗戻るぞ。まあ夢野も、女子を泣かせるのはやめた方が良いとは思うけど」

 成瀬と橋本が、高尾を元居た位置に連れ戻してくれた。俺だって好きで月影を泣かせた訳ではないのに……。少し理不尽な気がする。月影はと言うと、もう泣き止んだようでケロッとしていた。

「月影、悪かったな」

 改めてそう口に出したところで、「ホームルーム始めるよー」と伊東先生が教室に入ってきた。浅野先生がいなくなったことには、まだ皆慣れていない様に見える。そうだよな、俺だって何かの間違いだと思っているところがあるし——。

 ホームルームの内容を聞き流しながら、ぼんやりとそんなことを考える。清水時雨を、浅野先生を殺したのは俺だ。最終的には自殺で片付けられてしまうのだろうが、そう思わずにはいられない。しかし、こんなこと誰にも言えない。俺が自分で乗り越えるしかないんだ。

「おい、獏、大丈夫かよ? もうホームルーム終わったぞ。移動教室なんだから移動しなきゃだろ」

「あぁ、悪い。ちょっと考え事してた」

 クラスメイトの一人に声をかけられ、慌てて準備をする。どうも最近、気力が弱っている気がする。おじさんにでも相談した方が良いのだろうか。そんなことを考えながら、教室を移動した。


***


 おじさん以前に仲間に相談してみようと思い立ち、昼休みに心中を打ち明けた。

「……って思ってるんだけど、皆はどう思う?」

「くだらないな、と一蹴するのは簡単だが……夢野の気持ちもわからなくはない。浅野先生が亡くなったことに対する責任を自ら背負おうとするのも、夢野の性格なら妥当だ。しかしだな、前々から思っていたが夢野は何でも自分で背負いすぎだ。あれはあの場に居た人間、全員の責任とも言えるからな」

 真っ先に口を開いたのは暁人だった。耳が痛い。だが俺としてはどうしても、自分だけの責任にしか思えてならないのだ。彼を追い詰めたのは、自分なのだから。

「そうよ、夜見くんの言う通りだわ。副部長は自分で背負いすぎなのよ。彼が亡くなったのは、彼本人の意志であり副部長のせいではないと思うわ」

 望月が暁人を援護する。この言い分だと、『私たちにも責任がある』と言っている様にも聞こえる……いや、そう言っているのか。チームであり、良き友人だ。

「うん、絶対獏だけのせいじゃないよ! それに清水時雨はネルミを利用したりする悪人だから同情なんてしなくても大丈夫! 妃奈さんは可哀想だと思ったけど……」

 いかにも咲夜らしい意見だ。確かに、望月を利用したことは今でも許せない。俺はこの問題をどう処理したいのかわからなくなってきた。月影はその場に居合わせなかったからか、何も言葉を発しない。

「……みんな、ありがとう。俺、時雨……浅野先生のこと凄く気にしててさ。どうしたらいいのかわからなくなってたんだ」

 実際には、問題はそれだけではない。俺の能力と負荷のことも話すべきではあるのだろう。だが、話す気にはなれなかった。これ以上皆に心配をかけたくないという気持ちが強いからだ。

「夢野、貴様がしっかりしなければ悪夢退治は出来ない。辛かったら、僕たちを頼れ」

「そうだよ、仲間なんだから!」

 咲夜は、唯一俺の体調変化に気がついているけど俺が話すまでは沈黙を貫いてくれるみたいだ。幼馴染だからか恋人同士だからかわからないが、心が通じ合っている気分がする。

「……ありがとう」

 二重の意味でその言葉を発す。皆に対してと、咲夜だけに対して。咲夜にも伝わったことだろう。

「あ、もうこんな時間ですか⁉ 教室に戻らないといけませんね」

 時計を見ると、昼休み終了五分前になっていた。弁当箱を片付け、部室を出た。



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