目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第137話

 放課後。再度集まった俺たちは月影の言葉を待っていた。彼女はタブレットを操作しながら、難しい顔をしている。

「……今日の夢の主さんは、私と夢野くんの担任である伊東優介先生です」

「化学の?」

 即座に聞き返したのは咲夜だ。今まで先生が悪夢に取りつかれているパターンはなかったから、本当にそうなのか疑ってしまう。

「そうです。今年からこの学校に勤めている若い先生で、一つ上の従兄弟と同居しているみたいです。悪夢の内容は、その従兄弟と口論になってしまい殺害してしまう……といったものです」

 夢の主が加害者になるパターンも、初めてな気がする。今回は初めてだらけの悪夢退治になりそうだ。

「どう先生を止めるか、だな……」

「それもそうだけど、調査もしないと! 今回は私がやるよ。獏は前回やってたから」

「星川だけでは不安だから、僕も同行しよう。異論はないな?」

 確かに咲夜一人だと突飛な行動に出る可能性があるので、ストッパーとして暁人がいてくれるなら安心だ。安心なのだが、心の何処かに不安がある。もし、咲夜が暁人を好きになってしまったら? 逆もあり得るが——恋人としてはあまり好ましくない組み合わせだ。それと同時に、自分にも嫉妬という感情があるんだなと驚いた。

「獏? 俯いてどうしたの?」

「いや、何も。調査は頼んだぞ」

 頑張ってそう言葉を捻りだす。こんな感情、咲夜にバレたくない。勿論、他の皆にもだ。あまりにも醜すぎる。自分の感情だけど。

「ではでは、今日はこの辺りで解散にしましょうか~。星川さんと夜見くん、よろしくお願いします~!」

 月影のその一言で解散となった。


***


咲夜との帰り道。何を話していいかわからなかった。普段なら、くだらないことで笑いあえているのに。咲夜も何を話していいのか、わかっていない様子だ。だが、先に口を開いたのは咲夜だった。

「伊東先生、って今の獏の担任の先生だよね。どんな人?」

 任務の話題だった。確かに、重要なことではある。しかし、俺は伊東先生のことを詳しく知らない。

「うーん……化学には人一倍の情熱があるくらいしか俺にはわかんねえな」

 化学の授業で、すぐオタクみたいに語り出すのは浅野先生との共通項にも思える。彼も、教える時の熱量は凄かった。演技だったのかもしれないけれど。

「それはわかってるよ、私も化学は伊東先生だもん」

「そうか、そういえば咲夜は文系と理系どっちに行くんだ?」

 進路を選ぶのは、来年度の夏だ。それでも、ふと気になった。咲夜の夢を幼い頃から知っている身からしたら、想像はつくが。

「私は理系一本かな。獏は?」

「まだ決めてない。これといった夢もないしな」

「そっか……。でも、獏は昔から自分の夢があるタイプじゃないもんね。ちょっと納得かも」

 気がつけば、会話が成立していた。流れていた微妙な空気は、もう消え去っていた。

「獏も理系だったら、私は嬉しいかな。じゃあ、ここ私の家だからまた明日ね!」

咲夜は鍵を開け、家の中に入っていった。一人になった俺は、ぼんやりと進路について考える。本当に、昔からなりたいものなんてなかったな。俺。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?