放課後。再度集まった俺たちは月影の言葉を待っていた。彼女はタブレットを操作しながら、難しい顔をしている。
「……今日の夢の主さんは、私と夢野くんの担任である伊東優介先生です」
「化学の?」
即座に聞き返したのは咲夜だ。今まで先生が悪夢に取りつかれているパターンはなかったから、本当にそうなのか疑ってしまう。
「そうです。今年からこの学校に勤めている若い先生で、一つ上の従兄弟と同居しているみたいです。悪夢の内容は、その従兄弟と口論になってしまい殺害してしまう……といったものです」
夢の主が加害者になるパターンも、初めてな気がする。今回は初めてだらけの悪夢退治になりそうだ。
「どう先生を止めるか、だな……」
「それもそうだけど、調査もしないと! 今回は私がやるよ。獏は前回やってたから」
「星川だけでは不安だから、僕も同行しよう。異論はないな?」
確かに咲夜一人だと突飛な行動に出る可能性があるので、ストッパーとして暁人がいてくれるなら安心だ。安心なのだが、心の何処かに不安がある。もし、咲夜が暁人を好きになってしまったら? 逆もあり得るが——恋人としてはあまり好ましくない組み合わせだ。それと同時に、自分にも嫉妬という感情があるんだなと驚いた。
「獏? 俯いてどうしたの?」
「いや、何も。調査は頼んだぞ」
頑張ってそう言葉を捻りだす。こんな感情、咲夜にバレたくない。勿論、他の皆にもだ。あまりにも醜すぎる。自分の感情だけど。
「ではでは、今日はこの辺りで解散にしましょうか~。星川さんと夜見くん、よろしくお願いします~!」
月影のその一言で解散となった。
***
咲夜との帰り道。何を話していいかわからなかった。普段なら、くだらないことで笑いあえているのに。咲夜も何を話していいのか、わかっていない様子だ。だが、先に口を開いたのは咲夜だった。
「伊東先生、って今の獏の担任の先生だよね。どんな人?」
任務の話題だった。確かに、重要なことではある。しかし、俺は伊東先生のことを詳しく知らない。
「うーん……化学には人一倍の情熱があるくらいしか俺にはわかんねえな」
化学の授業で、すぐオタクみたいに語り出すのは浅野先生との共通項にも思える。彼も、教える時の熱量は凄かった。演技だったのかもしれないけれど。
「それはわかってるよ、私も化学は伊東先生だもん」
「そうか、そういえば咲夜は文系と理系どっちに行くんだ?」
進路を選ぶのは、来年度の夏だ。それでも、ふと気になった。咲夜の夢を幼い頃から知っている身からしたら、想像はつくが。
「私は理系一本かな。獏は?」
「まだ決めてない。これといった夢もないしな」
「そっか……。でも、獏は昔から自分の夢があるタイプじゃないもんね。ちょっと納得かも」
気がつけば、会話が成立していた。流れていた微妙な空気は、もう消え去っていた。
「獏も理系だったら、私は嬉しいかな。じゃあ、ここ私の家だからまた明日ね!」
咲夜は鍵を開け、家の中に入っていった。一人になった俺は、ぼんやりと進路について考える。本当に、昔からなりたいものなんてなかったな。俺。