部室に入ると、皆の視線が俺に向いた。
「獏、どうだった⁉」
咲夜が食い気味に尋ねてきたので
「本当だった……」
と事実を伝える。暁人は「そうだろう」と一言だけ呟いた。そしてこう続けたのだった。
「僕は嘘など吐かない、必要がなければな」
「悪かったって。でも、こればかりは自分で確かめたくて」
「副部長、気持ちはわかるわ」
望月がフォローに入ってくれた。
「それにしても、どういうことなんだろう?」
咲夜が言う。俺も未だに理解が追いついていない。
「例えば、浅野先生と伊東先生が友人だったとする。先生同士だからあり得ない話でもないだろう。そこから、清水時雨の名前を聞いて浅野先生が暗躍する際に使っていたとしたらどうだ?」
「それはないな。浅野先生が清水時雨の名前を使っていたのは、この学校に赴任するより前からだ。本人がそんな感じのことを言ってた」
暁人の考察は、残念ながら外れている可能性が非常に高い。あの時の浅野先生の言動を覚えていれば、否定できてしまう。
「じゃあ、その前から二人は友人だったとしたらどうでしょう? だとしたら、夢野くんが言っていることも否定出来てしまいます」
月影が口を開いた。確かに、二人が大学生の頃から知り合いだったとか、高校の同期だとか何らかの理由で知り合いだったなら。それなら、清水時雨の名前を知り使っていても不思議ではない。可能性はお世辞にも高いとは言えないが、確認する価値はありそうだ。
「このことを伊東先生に確認したいな……」
「今日は駄目よ、一日に何度も訊きに行ったら確実に怪しまれるわ」
これは望月の言う通りだ。確認するにしても、時間を置いた方が良い。
「明日、私が訊きに行きます。私と夢野くんは担任と生徒という関係性なので、多少は怪しまれずに済むと思います」
月影はそう言い切った。確かに、咲夜はボロが出そうだし望月はあまり気乗りしている雰囲気ではない。適任は月影だろう。
「では、そういうことで。今日は解散にしましょう」
この言葉で、今日の活動は終わった。多くの問題を残して。
***
翌日の昼休み。全員が月影の報告を待っていた。その内容によって、心構えが変わってくるからだ。全員が無言で昼食をとっており、緊張感が漂っている。俺が弁当箱を仕舞おうとした時だった。
「すみません、遅くなりました~」
月影が部室に入ってきた。皆の目線が一斉にそちらに向く。居心地悪そうに月影は椅子に座ると、話し始めた。
「昨日言っていた仮説に、結論が出ました。伊東先生が浅野先生と出会ったのは、この学校が初めてだそうです。清水時雨という名前も、教えていないとのことでした。そもそも伊東先生の実家は静岡県で、元から東京住まいだった浅野先生とは特に話すこともなかったみたいです」
振り出しに戻った。
「後、残る可能性と言えば……清水時雨本人が浅野先生と関わりがあったとか?」
「人間、どこで繋がっているかわからないものね。ゼロではない可能性だとは思うわ」
女子二人がそう言っているが、俺はそう思えなかった。いくら何でも出来すぎている。これなら、まだ伊東先生がトワイライト・ゾーンの一員でしたと言われた方がしっくりくる。
「そりゃ、ゼロではないかもしれないけど……。伊東先生抜きにそこが繋がるとは思えないんだよな」
俺の正直な感想だ。赤の他人が勝手に繋がることは、まずない。あるとすれば、それは運命であり必然なのだ。俺たちの様に。
「僕も夢野の意見に賛成だ。伊東先生を抜いて、何処で二人が知り合うんだ? あまり建設的な意見を言えなくて申し訳ないとは思うが、あまりにも情報が散らかりすぎている。一度整理するべきだ」
この一言を受け、月影はタブレットを弄り始めた。メモ機能を立ち上げた様だ。
「まず、今回の夢の主は伊東優介先生。彼には一歳上の従兄弟が居て、その名前が清水時雨。それは浅野先生のトワイライト・ゾーン活動名と一致しています。けれども、両者の間に接触があった可能性は極めて低い……こんなところでしょうか?」
「そうだな。こうして言葉にすると、奇妙な状況だと思わないか?」
言葉にされなくても、十分奇妙だ。全員頷いていたので、俺も頷く。
「清水時雨本人に話が聞ければ、早いんだがな」
「流石にそんなに上手くいかないよ、先生の従兄弟に会いたいなんて無茶すぎるって……」
咲夜がたしなめる。俺も無茶だとは思うが、どちらかと言えば暁人に賛成だった。そうでもしなければ事が動かない。
「咲夜、お前は正しい。でも、今回に関しては正しすぎる。俺は暁人に賛成だ」
「獏……。でも、どうやって会うの? 顔も知らないんだよ?」
多大な人口を誇る横浜市内で、特定の誰かを見つけるなんて不可能に近い。だが、俺たちにはそれを可能に近づける手段がある。
「顔なら、今日夢に潜って見ればいいだろ。毎日同じ悪夢なんだから」
「悪夢を退治する、ということですか?」
月影が問う。
「そうだ。今夜、決行しよう」
唖然としている咲夜を無視し、俺は宣言する。
「今日の零時に、月谷ネットカフェ集合で。解散!」