深夜零時。今までにない緊張感で月谷ネットカフェに俺たちは集まった。緊張しすぎて、点呼も忘れるほどだ。それでも冷静であることに努めて、いつも通り目を瞑る。月影が先導してくれるのも、いつも通りだ。伊東先生の自宅は、学校に行く途中にあるマンションだった。
「時雨、僕はお前が嫌いだ。昔からお前はずっとそう、何も変わってない」
「俺だってお前のことは大嫌いだね、お高くとまりやがって」
言い争いが外まで聞こえている。声のする方へ急ぐと、ドアが開いている部屋があった。表札には『清水』と書かれている。どうやら名義は清水時雨で借りているらしい。皆にアイコンタクトをとり、そっと部屋に踏み込む。
「大体、勝手に僕の私物に触らないでって言ったよね⁉」
「うるせえな、置いてある方が悪いだろ!」
廊下を足音を立てないように慎重に歩いていると、言い争いが激化してきた。時間が無いかもしれない。リビングへの扉を開くと、伊東先生ともう一人端正な顔の青年が立っていた。身長は伊東先生の方が、数センチほど高く見える。彼らは俺たちの存在を認識するなり、言い争いを中断した。
「誰だ?」
「あ、ぁ~……えっと……」
バツが悪そうな咲夜。夢の中とはいえ不法侵入なので、いざ問われると言葉が出てこないのは気持ち的にはよくわかる。
「……夜見くん、夢野くん? どうしてここに……」
伊東先生は、何だかんだ俺たちのことを覚えている様だ。
「お前の教え子かよ。こいつの授業なんてクソつまらねーだろ。というか何でここに居るんだよ」
時雨も、俺たちのことを認識したみたいだ。仲が悪いのは事実らしい。
「それはですね、この夢が悪夢だからです! 伊東先生は、時雨さんに殺意を抱いていたのではないですか?」
伊東先生は黙り込んだ。それが意味するのは、恐らく「イエス」という答えだ。
「お前……そうなのか?」
流石に驚いたのか、時雨は目を見開いている。伊東先生はそれに呼応するかのように口を開いた。
「そうだよ……。お前のことは前から気に食わなかったし、それ以上に手帳の中身勝手に見たでしょ。僕と、大学時代の恋人の写真。未練がましいって思ったでしょ? 僕はお前より優位に立ってたいからさ、弱みを見せたくなかったんだ」
「そんなことで殺すなんて、間違ってます! 人間なんだから、弱みの一つや二つありますよ!」
伊東先生に反論したのは咲夜だ。咲夜の言うことは正しい。自分のプライドの為に人を殺めるなんて、夢の世界でもやってはいけないことだ。
「……そうかもしれないね。でも、僕は……いや。教え子の前でみっともないや。やめよう」
伊東先生は閉口した。
「先生はもう、殺意がないんですか?」
俺が問うと、先生は頷いた。夢を喰うなら、今がチャンスだろう。
「喰らうぞ、この悪夢——」
***
目を開けると、時計は一時半を差していた。今日は比較的早く起きられた。皆まだネットカフェに居る。
「起きたのか、夢野」
「ああ。で、何を話してたんだ?」
暁人に問うと、「清水時雨についてだ」と説明があった。確かに、彼は実在した。浅野先生の擬態ではなく、一人の人間として。
「明日、時雨さんに話を聞きに行こうと思ったの。何かとても重要なことを、知っているような気がして」
咲夜は、こうと決めたらあまり曲がるタイプではない。確かに明日は休日だし、家に居る可能性は平日より高いだろうが……。伊東先生の存在を忘れてはならない。二人で家に居る可能性だって十分にあるのだ。咲夜はそれを、どう対処する予定なのだろうか。
「星川さん、会いに行くのは無茶ってさっき言ったばっかりですよ~」
月影は多分、俺と似た様なことを考えたのだろう。それに反論したのは、意外にも望月だった。
「部長、会うのが無茶なのはわかっているわ。それでも、私も会いに行くべきだと思う。トワイライト・ゾーンとの繋がりが、あると判断出来るからよ。ここはリスクを冒してでも行くべきだわ」
「それは、そうかもしれないですけど……」
月影はお手上げです、とでも言いたげに俺に視線を送った。送られても、この状況で咲夜と望月に反論できるほどの材料がない。それは暁人も同じ様で、黙り込んでいる。
「……皆さんがそう思っているのなら、会いに行きますか? 先生の家まで」
月影は説得することを諦めたみたいだ。リスクなど百も承知。一度家に帰って、寝て起きたら先生の家に行こう。
「そうしよう。十時にまた、ここに集合な! じゃあ、一度解散ということで」
深夜のネットカフェから、五人揃って出た。
***