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第140話

 深夜零時。今までにない緊張感で月谷ネットカフェに俺たちは集まった。緊張しすぎて、点呼も忘れるほどだ。それでも冷静であることに努めて、いつも通り目を瞑る。月影が先導してくれるのも、いつも通りだ。伊東先生の自宅は、学校に行く途中にあるマンションだった。

「時雨、僕はお前が嫌いだ。昔からお前はずっとそう、何も変わってない」

「俺だってお前のことは大嫌いだね、お高くとまりやがって」

言い争いが外まで聞こえている。声のする方へ急ぐと、ドアが開いている部屋があった。表札には『清水』と書かれている。どうやら名義は清水時雨で借りているらしい。皆にアイコンタクトをとり、そっと部屋に踏み込む。

「大体、勝手に僕の私物に触らないでって言ったよね⁉」

「うるせえな、置いてある方が悪いだろ!」

 廊下を足音を立てないように慎重に歩いていると、言い争いが激化してきた。時間が無いかもしれない。リビングへの扉を開くと、伊東先生ともう一人端正な顔の青年が立っていた。身長は伊東先生の方が、数センチほど高く見える。彼らは俺たちの存在を認識するなり、言い争いを中断した。

「誰だ?」

「あ、ぁ~……えっと……」

 バツが悪そうな咲夜。夢の中とはいえ不法侵入なので、いざ問われると言葉が出てこないのは気持ち的にはよくわかる。

「……夜見くん、夢野くん? どうしてここに……」

 伊東先生は、何だかんだ俺たちのことを覚えている様だ。

「お前の教え子かよ。こいつの授業なんてクソつまらねーだろ。というか何でここに居るんだよ」

 時雨も、俺たちのことを認識したみたいだ。仲が悪いのは事実らしい。

「それはですね、この夢が悪夢だからです! 伊東先生は、時雨さんに殺意を抱いていたのではないですか?」

 伊東先生は黙り込んだ。それが意味するのは、恐らく「イエス」という答えだ。

「お前……そうなのか?」

 流石に驚いたのか、時雨は目を見開いている。伊東先生はそれに呼応するかのように口を開いた。

「そうだよ……。お前のことは前から気に食わなかったし、それ以上に手帳の中身勝手に見たでしょ。僕と、大学時代の恋人の写真。未練がましいって思ったでしょ? 僕はお前より優位に立ってたいからさ、弱みを見せたくなかったんだ」

「そんなことで殺すなんて、間違ってます! 人間なんだから、弱みの一つや二つありますよ!」

 伊東先生に反論したのは咲夜だ。咲夜の言うことは正しい。自分のプライドの為に人を殺めるなんて、夢の世界でもやってはいけないことだ。

「……そうかもしれないね。でも、僕は……いや。教え子の前でみっともないや。やめよう」

 伊東先生は閉口した。

「先生はもう、殺意がないんですか?」

俺が問うと、先生は頷いた。夢を喰うなら、今がチャンスだろう。

「喰らうぞ、この悪夢——」


***


目を開けると、時計は一時半を差していた。今日は比較的早く起きられた。皆まだネットカフェに居る。

「起きたのか、夢野」

「ああ。で、何を話してたんだ?」

 暁人に問うと、「清水時雨についてだ」と説明があった。確かに、彼は実在した。浅野先生の擬態ではなく、一人の人間として。

「明日、時雨さんに話を聞きに行こうと思ったの。何かとても重要なことを、知っているような気がして」

 咲夜は、こうと決めたらあまり曲がるタイプではない。確かに明日は休日だし、家に居る可能性は平日より高いだろうが……。伊東先生の存在を忘れてはならない。二人で家に居る可能性だって十分にあるのだ。咲夜はそれを、どう対処する予定なのだろうか。

「星川さん、会いに行くのは無茶ってさっき言ったばっかりですよ~」

 月影は多分、俺と似た様なことを考えたのだろう。それに反論したのは、意外にも望月だった。

「部長、会うのが無茶なのはわかっているわ。それでも、私も会いに行くべきだと思う。トワイライト・ゾーンとの繋がりが、あると判断出来るからよ。ここはリスクを冒してでも行くべきだわ」

「それは、そうかもしれないですけど……」

 月影はお手上げです、とでも言いたげに俺に視線を送った。送られても、この状況で咲夜と望月に反論できるほどの材料がない。それは暁人も同じ様で、黙り込んでいる。

「……皆さんがそう思っているのなら、会いに行きますか? 先生の家まで」

 月影は説得することを諦めたみたいだ。リスクなど百も承知。一度家に帰って、寝て起きたら先生の家に行こう。

「そうしよう。十時にまた、ここに集合な! じゃあ、一度解散ということで」

 深夜のネットカフェから、五人揃って出た。


***



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