午前十時の月谷ネットカフェ前。九時半に着いた俺と咲夜が一番乗りかと思いきや、もう皆揃っていた。気合が伝わってくる。
「では、行きましょうか」
月影が歩き出したので、俺たちもそれに続く。道中は全員無言だった。マンションの前に着いて、あることに気がつく。
「待て、このマンションオートロックじゃないか? どうやって入るんだよ」
夢の中ではないので、当然望月の能力は使えない。着いたのはいいが、詰んだかもしれない。しばらく意見を出し合っていると、昨日見た端正な顔の青年——清水時雨が外に出てきた。これはチャンスだ。
「あの、すみません」
今だ、と声をかけたはいいものの時雨は明らかに困惑している。当たり前だ。昨夜の時雨は伊東先生の中の像であり、直接本人には影響がない。
「誰だよ、お前ら」
訝し気にこちらに視線を向ける時雨。当たり前だ。見知らぬ人間からいきなり声をかけられたら俺だってそうするし、誰でもそうするだろう。
「トワイライト・ゾーン。この名前に聞き覚えはありますか」
名乗ることなく、いきなり本題を切り出す望月。時雨は数回瞬きをした後、
「知らないな」
と言った。それが嘘であるのは、今の無意識下の行動で明らかだった。
「嘘ですよね。俺は、貴方の名前をトワイライト・ゾーン経由で知ったんだ。何らかの関係があると思って今日声をかけました」
「あのな、仮にそのナントカって組織と俺が関係あってもお前らには関係ないだろ。詮索するな」
これは、確実に何かある。俺以外のメンバーもそう思ったみたいだ。
「まあ、そう言わず~。私たちには、とても重要なことなんです。よければ、聞かせて頂けませんか? 彼らは私たちにとって脅威であり、倒すべき目標なんです」
月影の言葉は実直で、だからこそ時雨には刺さったみたいだ。彼は少し考える素振りを見せてから、「ついてこい」と歩き出した。慌てて彼の背を追う俺たち。傍から見たら、どのように映っているのだろうか。変な集団だと思われるのは必至だろう。
時雨はカフェに入ると、六人座れる席に陣取った。とりあえず座れ、ということの様だ。
「……トワイライト・ゾーンは、俺の現在の勤め先だ。どうしてその名前を知っているのか知らないけどな」
やはりビンゴだ。関わりがあるということは、上手くいけば何か情報を引き出せるかもしれない。
「……ん? 現在の?」
現在の勤め先、ということは過去は違うのか。そこが引っかかった。
「そうだ。お前らがこの名前を知っているかはわからないが、俺は元々『天城グループ』という今はもう吸収されてしまった別の会社の社員だったんだ。まあ、話せるのはこれくらいか?」
天城グループ、二人の清水時雨。頭が混乱してきた。浅野先生はどうして、その名前を使ったのだろう。
「あの、天城グループと言えばですね。天城妃奈さん……」
「妃奈は、俺の幼馴染だ。と言っても、最後の方は別の男と付き合ってたけどな。そういえば、あいつ勝手に俺の名前使ってたな……」
時雨は、月影の言葉を遮り語った。あいつ、というのは浅野先生のことで間違いないだろう。
「何で勝手に名前を?」
「わからない、恨みを買うようなことはしていないと思ったんだけど……妃奈を奪うには、ちょうどいい立ち位置に俺が居たのかもな。幼馴染と言ってもここ十年は会っていなかったし、妃奈が人間違いをしてもおかしくはない。って……何で俺はこんなことを教えてるんだろうな」
自嘲気味に笑う時雨。状況が若干呑み込めないが、それはこの場に居る他のメンバーも同じだろう。
「つまり、取って代わられたという認識で合っていますか?」
暁人が一番吞み込むのは早かったみたいだ。
「そうだな……そういうことに、なるんだろうな。妃奈は俺とは無関係の場所で亡くなっているし、今は後悔で胸がいっぱいだ。もっと早くあいつを退けておくべきだった」
時雨は溜め息をつくと、「じゃあ、俺はこれで。飲み物は奢ってやるよ」とレジの方へ歩いていってしまった。一歩前進したような、後退したような。不思議な感じだ。