おじさんは今、何と言った? 清水時雨が、重体? 奴らに——トワイライト・ゾーンに切り捨てられたのか?
「おい、それって奴らのせいか?」
「わからない。ただ、暴走車に轢かれたとだけ……」
おじさんも混乱している様だ。当たり前か。事態の変化が急すぎる。他のメンバーの間にも緊張が走った。
「出来すぎだ。これは、奴らの仕業と考えて間違いないだろう」
「で、でも……清水時雨は今日一人だったよ? それとも奴らにつけられていたとか?」
震えた声で咲夜が問う。
「清水時雨が、ただの構成員ならつける必要はなかったと思うわ。でも、彼は天城妃奈の幼馴染でトワイライト・ゾーンそのものに忠誠を誓っている訳ではなさそうだった。彼らからすれば、氷川さん同様危険因子だったんじゃないかしら。だから、つけられて……私たちに接触したから始末されたってところじゃないかしら」
勿論、望月の論は憶測にすぎない。わかっているが、その可能性は高いだろう。だとすれば、清水時雨は俺たちのせいで意識不明の重体になったともいえる。罪悪感が心を支配した。
「……え?」
月影が声をあげた。手元にはタブレットを持っている。彼女はまじまじと画面を見て、ゆっくり口を開いた。やはり声は震えている。
「……夢の主の情報です」
場の空気が更に引き締まるのを感じた。
「名前は——清水時雨。内容は、昔の幼馴染を救出しようとしても出来なくて代わりに殺めてしまうそうです。意識不明の重体なので、これがずっと繰り返されていると見て間違いないでしょう」
所謂、無限ループってやつか。というか、これは悪夢を退治したとしてそれで清水時雨に影響はあるのだろうか。意識不明の重体に陥っている人間が夢を見なくなったところで、意識が回復するとは思えないのだが……。
「おじさんのところに居る今が、悪夢退治のチャンスじゃない? ね、皆」
咲夜はやる気満々だ。確かに、ここでやらなければいつやるのか。
「そうだな、星川。要は、清水時雨と天城妃奈を助ければいい話だ」
暁人は消極的な意見を出すだろうと思っていたので、この言葉には驚いた。望月は何も言わず、首を縦に振った。
「よし。じゃあ、やるか」
俺たちは横になり、目を閉じた。
***
月影の先導で、時雨の夢を追う。しばらく進むと、少年と少女が横断歩道を渡ろうとしている姿が見えた。
「あれかな?」
咲夜が問う。
「まだわからない。でも、可能性は高そうだ。あの子を助けるぞ!」
俺たちは走って二人に迫る。と、そこに暴走した車が突っ込んできた。ぐいっと後ろに引っぱられて俺は事なきを得たが、少女は赤い液体を垂れ流しぐったりしている様に見える。
「夢野、お前が巻き込まれてどうする。今回は駄目みたいだな」
暁人が言う。少女の手をとった少年は、先ほどカフェで話した時雨を連想させる顔立ちをしていた。やがて二人の姿は霞んで、壊れた映像記録機器の様にまた横断歩道を渡る前に戻っていた。
「今……何が起きたの?」
望月は状況が呑み込めていないみたいだ。それは俺たちも同じで、今までに遭遇したことのない夢だと改めて実感する。
「わからない……けど、むやみやたらに突っ込んじゃ駄目だ。俺たちはこの夢の外の人間、轢かれたらもう戻ってこられない」
横断歩道の信号は青になり、二人が歩行を開始する。当然の様に、また暴走車が突っ込んでくる。少女はまた轢かれ、少年は手を取る。
この光景を何度見ただろう。俺たちがロクに干渉できないまま、数回、数十回と同じ光景を見る羽目になっていた。助けたい気持ちは勿論あるのだが、それよりも早く二人が動きだしてしまう。どうしたらこの状況を打破できるのか、全くわからない。変身も物品の持ち込みも無意味だ。暁人の能力であるデコレーターは五回しか使えないので、無駄打ちは出来ない。タイミングが数十回合わないなんて、今までにはなかった。暁人はよほど慎重になっていると見える。月影に至っては外から俺たちの状態を見守ってくれているだけなので、期待は出来ない。
「暁人……デコレーターの発動は難しそうか? 一回だけでいい。前みたいに、横断者と車の間に壁を作るだけだから——」
「……発動は、した」
「え?」
今、暁人は何と言ったのだろう。発動した? 何処にもそんな痕跡はない。俺たちが見ている限り、能力が発動したようには見えないのだが……。
「発動はしたんだ、夢野。嘘じゃない。発動はしたが、壁が作れないんだ」
つまるところ、無駄打ちをしたということか。だが、不可解なのは『壁が作れない』という点だ。これでは、物理的に助けるのは不可能だ。
俺は、二人の方へ向かって歩く。
「なあ、ちょっといいか?」
「何でしょうか」
声をかけると、少女の方から応答があった。
「よせよ、妃奈。知らない人に話すなって言われてるだろ」
幼い時雨は、警戒心が強いみたいだ。
「でも……私、この方がとても重要なことを伝えようとしている風に見えて……」
「そうだ、俺は怪しくなんてないただの高校生。他にも仲間が居るんだ、呼んでこようか?」
少しでも安心させたくてした発言だった。
「いい。ほら、行くぞ妃奈」
「待ってくださ」
妃奈の目の前で、時雨は文字通り宙を舞った。大量の鉄臭い液体と共に。
「時雨……さん……?」
彼女はそう口にするのが精いっぱいの様に見えた。それと同時に、磁石の反発する力みたいなものを感じて俺は夢の空間から弾き出されてしまった。
妃奈の頬に伝う涙を眺めながら、時が戻っていく。
「獏、大丈夫⁉」
皆が駆け寄ってくれた。この声は咲夜だ。
「ああ、何とか……? それにしても奇妙な夢だな、これはかなりがっつり奴らが絡んでそうだ」
正直な感想を口にすると、暁人は「だろうな」と呟いた。
「夢野もわかっただろう、この奇妙さが。本人が意識不明の重体だからこうなっているのか、奴らの工作かはわからないが小癪な真似だ。許すわけにはいかない」
いつになく、熱血な様子。冷静さを欠いていないと良いのだが……。
「……部長には申し訳ないのだけれど。私が一回やってみるわ。部長の姿を借りて、外に誘導してみましょう。外見の年齢は、彼らと部長なら大差ないわ」
確かに月影には失礼だが、彼女の容姿ならさほど怪しまれなさそうだ。望月を光が覆い、瞬き一つ挟むと見事なまでに私服姿の月影になっていた。その姿のまま、彼女は夢の中へ入っていった。
「ねえ、横断歩道渡るんじゃなくてこっちの公園で遊ぼうよ!」
毎回思うのだが、望月の演技力には脱帽する。声も月影そのままだし、何より自分の性格を隠し通すのが上手い。
「あの、すみませんがどなたでしょう?」
「いいから、早くっ」
妃奈に有無を言わさず、手を取った。引っ張られて進む妃奈、それを追いかける時雨。
横断歩道を暴走車が爆走していく。今しかない。
「喰らうぞ、この悪夢——」