目が覚めた時、見たこともない天井が目に入った。
「獏、目が覚めたのね」
俺の右手は母親に握られていた。その手は酷く汗ばんでいる。
「なあ、ここは何処だ? 何で母さんが?」
「獏、月谷さんのところに行ってたでしょう? そこで昏睡状態に陥って、救急搬送されたのよ。今ここは病室。わかった?」
つまり俺は、悪夢を退治した後起きられなかったということか。
「咲夜ちゃんも心配してたのよ。三日も昏睡状態が続いてたんだから」
今、この場に咲夜は居ない。三日も目覚めなかった自分のことが、我ながら心配になる。おじさんの言うように、負荷がかかりすぎていたのかもしれない。今は一度休むべきなのかもしれない。そういえば、時雨はあの後どうなったのだろう。身体を起こすと、心臓が痛んだ。また本調子ではないらしい。
「とりあえず、目が覚めて良かったわ。退院も近いわね」
母親は手を離すと、胸を撫でおろした。
「心配かけてごめん。でも、俺なら大丈夫だから」
精一杯穏やかな顔を取り繕う。これで、少しは安心してくれると良いんだが。
「本当に? 獏、今日は面会時間がそろそろ終わるから帰るけど……無理はしないでよ」
「わかってるって」
母親は病室から名残惜しそうに出て行った。一人になった俺が考えるのは、皆がどうしているのかということ。そして、時雨の安否だった。今は何も出来ないので、明日以降にこの問題は持ち越しだ。先程まで眠っていた体とはいえ、やることがない以上もう一度眠って時を過ごすしかない。俺は大人しく目を閉じた。
改めて目が覚めた時、病室に何者かの気配がした。それを感じた方角に目を向けながら体を起こすと、時雨が立っていた。意識不明の重体からはある程度回復したらしい。
彼は開口一番にこう言った。
「すまない」
それがあまりにも意表を突かれる言葉だったので、俺は何も反応できなかった。
「折角俺のことを助けてくれたのに、お前を病院送りにしてしまったこと……。俺の立場で言うのもなんだけど、悪いと思っている。だから、改めて俺から話せることを話したいと思う。何か質問は、あるか?」
突然のことで、何も反応できない。訊きたいことも、沢山あったはずなのに考えがまとまらない。
「まあ、ゆっくりでいい。どうせ俺は天城からも見放された存在だ。俺が死ぬその瞬間まで待ってやるから、ゆっくり考えろ」
痺れを切らしたのか、時雨はそのまま出て行った。病院で着用する服を着ていたので、入院はしているのだろう。それにしても同じ病院だったとは。
ほぼ入れ違いの形で咲夜たちが病室に入ってきた。
「獏、獏のお母さんから聞いたよ。目が覚めたって……!」
咲夜は今にも泣きそうだ。
「心配かけたな。もう大丈夫だ」
そう声をかけると、少しだけ空気が和らいだ気がした。