入院して数日、今日が退院予定日だ。授業の遅れを取り戻すために月影にノートを見せて貰おうか——そんなことを考えていると、時雨が病室に入ってきた。
「夢野くん、退院おめでとう。で、俺に訊きたいことは決まったのか? 俺はいつでも待ってるけど」
あの後、咲夜たちと話しても結論は出なかった。訊きたいことが多すぎて、絞れなかったのだ。
トワイライト・ゾーンは何のために研究をしているのか。そのためにどれだけの人員を割いているのか。時雨は恐らく、どちらも知らないだろう。元々天城グループから引き抜かれた人間だからだ。だから、俺なりに結論を出すならば。
「お前に訊きたいことはないよ、清水時雨。偽のお前から、大体の情報は仕入れてる」
「……そうか。じゃあ、俺に訊きたいことは本当にないんだな?」
時雨はふ、と息を吐いてそのまま「俺はまだ入院しているから、気が向いたら話しにきてくれ」と病室から去っていった。何だか、何かを訊いて欲しそうな雰囲気のまま。
ほぼ入れ違いで、母親が入ってきた。大きなカバンの中には、俺の服が一式入っていた。
「これに着替えて。あと、看護師さんに挨拶済ませた? まだなら、しといてね。昔からこの病院にお世話になることは多かったけれど、だからこそ。昔に比べて身体が丈夫になっても、まだまだ心配事は尽きないわね」
カバンを置いて母親は部屋の外に出て行った。確かに昔の俺は今より身体が弱く、入院するのも珍しいことではなかった。おじさんとのキャンプも、言わば静養の手段の一つだ。あの頃は気がつかなかったけど、今ならそうだと確信を持って言える。俺も成長したもんだ。服を取り出し着替える。思えば、今回は長い様で短い入院生活だった。髪を整え、病室の外へ出る。
「あら、早かったわね。じゃあ、お礼しに行こうか」
母親に連れられ、看護師に礼をする。
「夢野くん、あんまりご両親を心配させちゃ駄目だよ」
「はい……気をつけます」
頭を下げ、母親が手続きをしているところを横目に見ながら考える。咲夜や他の皆にも、心配をかけたことだろう。暁人辺りには怒られるかもしれない。そう考えると少し憂鬱だが、仕方がない。それほど心配をかけた俺が悪いし、暁人も怒っているというよりは心配してくれたのだろう。そう思い直し、手続きを終えた母親と共に病院を出た。
「獏には悪いけど、当分夜は出歩いちゃ駄目よ。次何かあったら、転校して貰うから。……凄く心配したのよ」
強い言葉だが、俺のことを心配してくれているのは伝わってくる。今日は家で大人しくしておこう。家で一日を過ごすのは、随分と久しぶりな気がする。
家に戻り、自分の部屋へと直行した。何も変わらない、俺の空間。服を部屋着に着替えてベッドに寝っ転がると、色々な出来事がフラッシュバックした。初めて悪夢を退治した時のこと、トワイライト・ゾーンという存在を知った日のこと。初めて五人が集まった日のこと。意識が段々と遠くなるのを感じながら、思い出に浸っていた。
***
母親の声が聞こえた。
「獏、ご飯よ」
「わかった」
ベッドから降り、リビングに向かう。今日の夕飯は、シチューだった。牛乳の風味が効いていてとても美味しい。母親の料理には当たり外れがあるが、今日は当たりだ。あっという間に皿が空っぽになった。食後、皿を食洗器にかけ部屋に戻るとまた眠くなってきた。体はまだ本調子ではないみたいだ。今日くらいは、体の言うことを聞いておこう。俺は目を閉じた。
翌日、母親には「様子を見た方が良いんじゃない?」と言われたが登校することにした。これ以上メンバーの皆に心配はかけられない。咲夜は委員会の仕事で先に行っているため、一人での登校だ。伊達や米津にも遭遇することなく、校門に着いた。自分の教室のドアを開くと、「獏、もう大丈夫なのか?」と複数人の友達から心配された。
「ああ、もう大丈夫だ。心配かけてごめん」
「それならいいけど……無理すんなよ」
まるで母親の様なことを言うな、こいつら。有難いけれど。月影を見ると、昨日は任務がなかったからだろうが起きていた。普段なら寝ているので、少し新鮮だ。だがここで月影に話しかけると高尾の視線が痛いし、また妙な噂が立つので一度スルーした。月影も俺の心情を知ってか知らずか、声をかけてくることはなかった。
「ホームルーム始めるよ~」
伊東先生が、何事もなかったかのように黒板の前に立った。実際悪夢から解放されて、結構な日数が経っている。気丈に振る舞っているのか、もう悪夢のことなど忘れているのか。時雨が入院している以上、忘れたという可能性は低そうだ。ホームルームの内容を聞き流しながら、そんなことを考える。
「じゃあ、今日も一日頑張ろうね! ホームルームを終わります」
気がついたら、伊東先生は教室から出て行っていた。慌てて次の授業の準備を始める。頭も本調子なのか怪しくなってきた。月影をちら、と見ると目があった。にこ、と彼女は俺に向かって微笑むと再び授業の準備をし始める。俺も頭を切り替えなくっちゃな。