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第二十九章 名家編

第146話

 昼休み。入院していた期間は精々一週間程度だが、酷く久しぶりに部室に入った気がする。

「夢野、もう体調は良いのか?」

「ああ、おかげさまで」

 暁人は怒っていなかった。胸を撫でおろしていると、望月から声がかかる。

「星川さんから聞いたわ。副部長、力の使い過ぎでだいぶ体に負担がかかっていたんですってね。私たちには相談できないことだったかしら? 目覚めていない間、どれほど心配したことか……!」

 あ、これは怒っているな。普段よりも若干語気が強い。

「相談して、心配をかけたくなかったんだ」

「でも、結果的に夢野くんは倒れて皆に心配をかけてますよね?」

 月影からの鋭い追及。確かに言われた通りで、何も反論できない。

「でも、こうして戻って来たんだから獏を責めるのはやめようよ。皆、心配だったからちょっと強く言っちゃったんだよね?」

 俺が何も言い返さないのを見かねたのか、咲夜が助け舟を出してくれた。一斉に黙り込むメンバー。どうやら、本当に俺を責める気はなかったらしい。有難いことだ。

「俺が悪かった。これからは一人で抱え込まないようにする」

「はい、私たちも何かあったら皆に相談しますね」

 にこりと微笑む月影。以前よりも心の距離が近づいた気がする。

「では、そろそろ本題に入りましょうか。今日の夢の主の話ですね。皆さん、このが学校に在籍する四大名家ってご存知ですか?」

「知っている。根津家の根津敦、皇家の皇圭介、岩崎家の岩崎三成、澤柳家の澤柳青馬……だったか。彼らがどうかしたのか?」

 四大名家。この学校に多額の出資をしている親族を持つ、四人の総称だ。彼らに何かあれば、学校側も必死で助けるだろう。元々は学校の設立にも大きく貢献した先祖を持つ、らしい。この月見野学園高校百年越えの歴史の中で、ずっと一族が同じ学校に通い続けている稀有な集団とも言えるだろう。俺たちとは、格が違うということだ。

「はい、その中の一人である岩崎三成さんが次の夢の主です。彼は帰国子女らしいのですが、その時のことを夢に見ると。どうやら海外ではあまりいい経験が出来なかった様ですね」

 海外か。俺は来年の修学旅行が初海外となるロンドンな訳だが、岩崎は違うらしい。やっぱり日本と海外では色々異なるのだろうか。

「で、それをどうやって助けるんだ?」

 結局のところ、それである。帰国子女なんて今まで相手にしたことないし、苦難が待ち受けていそうだ。

「例えば、いじめを受けているのであれば望月の変身能力を使って外国側の誰かに化ける。で、止める。とかになるのか?」

 暁人が出した案は、げ夢の中の話とはいえかなりしっかりと成功のビジョンが見える。

「そうですね、いいと思います。四名家の方々に関わるのは、今後の学校生活上得策とは言えないので想像で夢の内容を当てるしかないのが厳しいところですが。けれどその分、夢の内容が想定通りでなくとも再トライが出来ます。今日はその方向でやってみましょう!」

 顔が割れていないから、再トライ出来るってことか。下調べをしないのは少し怖いが、気にしていたら何も出来ない。覚悟を決めるべきだ。

「じゃあ、今夜零時にいつもの場所で! 解散!」

 勢いに乗って、解散する。これほど、どうなるのかわからない退治は久しぶりだ。


***


深夜零時。両親が完全に寝静まっているのを確認し、家を出る。バレたら怒られる程度では済まされないだろう。慎重に行動しすぎたせいか、俺の家が一番近いのに着いたのは一番最後だった。

「獏、珍しいね。何かあった?」

「何も。トイレ行ってたら遅れた」

 咲夜からの質問に、適当に答えるとすぐ点呼をとられた。

「夢野くん、病み上がりなんですから無理だけは絶対にしないでくださいね」

「わかってる」

 そう言い横になって目を瞑ると、月影の姿が目の裏に浮かんできた。

「こっちです〜」

 月影の姿を追いかけていくと、欧風な建物が目に入った。これが、岩崎の通っていた学校なのだろうか。

「凄く広いね、私たちの学校と同じくらいかな」

 確かに、俺たちの学校も相当広い。が、この学校も相当に広いし綺麗だ。屋内プールに芝のグラウンド。だが、広い割には人がいない。夢だからなのか、それとも本当にこうだったのかは確かめようがない。

「とりあえず、岩崎を探そう。悪夢がどういった類のものなのか、判断する必要がある」

「そうね。副部長の案に賛成」

「二手に分かれて探そう」

男子と女子で分かれて、捜索を開始する。

「夢野、アテはあるのか?」

「ねえよ、とりあえず片っ端から教室を覗いてみるか」

 しかし、この広い校舎の中を片っ端から見てまわるのは効率が悪い。どうしたものか。静まり返った校舎は不気味で、何か不思議なことが起きそうだ。

 そう思案した時だった。望月が走ってこちらに戻ってきたのは。

「見つけたわ。岩崎くんのこと。ついてきて」

 望月は後ろを振り返ることなく、どんどん進んでいく。意外と足速かったんだな……。俺が入院生活で鈍っているだけの可能性もあるが。

 教室の目の前には咲夜がいて、中を覗き込んでいる。

「咲夜」

「ひゃあっ⁉︎ なんだ、獏か……。びっくりさせないでよ」

「悪い、そんな熱中して見ているとは思わなくて」

 俺も教室の中を覗き込む。そこには、金髪の男性から暴行を受けている岩崎の姿があった。何でこんなことになっているのだろう。これは現実にあったことを悪夢として思い出しているのだろうか。それとも何か別の理由が? 全く推測できない。

「どうしよう……ネルミの能力って意外と発動条件厳しいよね、今回使えそう?」

「使えなくはないと思うけれど……。でも、非効率よ。他の案を考えましょう」

 他の案、となると……。

「咲夜の武器で撃退するとか?」

「星川の能力は、根本的な解決になるだろうか。僕はあまり賛同できないな」

「じゃあ、デコレーターを……?」

「使ってもいいが、使ったところでどうなるのか想像がつかないな」

 八方塞がりだった。助けたいという思いばかりが先行して、考えが追いついていないこの感じ。非常に良くない。

「とりあえず、悪夢の方向性は見えたわけだし……。今夜は諦めて明日にする?」

「その方がいいかもしれないな。悪夢の一部を喰って外への穴を作るか」

 俺は、目を閉じ悪夢を喰らうイメージをした。これなら、使う力も大して要らない。岩崎を助けたい気持ちはやまやまだが、対策を立てないことには今回は始まらない。目を開けると、グラウンドの先に穴が出来ている。

「副部長、こんなことも出来たのね」

 望月が感心した様に言う。

「まあな。とりあえず、脱出しよう」

 俺たちは、岩崎の夢を後にした。


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