放課後。謁見室の前で岩崎を待つこと数分。
「ごめん、お待たせ。迎えが中々来なくてね。じゃあ、行こうか」
岩崎は俺の手をとり、歩き始めた。こうされると、エスコートされている気分になる。咲夜はその後ろからついてきていた。
「三成様、本日は御学友もご一緒で?」
赤色の、見るからに高級そうな車が校門前に停車していた。恐らく海外のメーカーだろう。
「うん、夢野くんと星川さんって言うんだ。僕の家で談笑しようと思ってね」
「三成様があのお三方以外の方をお呼びするとは珍しいですね。雪でも降りそうだ。さあ、どうぞお乗りください」
車のドアを開けられ、岩崎、俺、咲夜の順番で座る。真ん中は正直気まずい。何を話せば良いのかわからないからだ。
「留学時代の話を聞きたい、と言っていたね」
岩崎から話を振られる。
「ああ。中々出来る経験じゃないだろ? 気になってさ」
「それで僕に? 君は物好きだね。海外留学なんて、その気になれば誰でも出来そうなのに」
金持ちだからか、俺の感覚とはズレているようだ。だがあえてここはスルーし、岩崎の話に耳を傾ける。
「まあでも、いいよ。彼ら以外に僕に興味を持ってくれる人は珍しいからね」
「彼ら?」
咲夜が不思議そうに問う。
「ほら、さっき謁見室にいた皆のことさ。彼らは皆いい人たちだけど、僕はたまに他の人とも話したくなるんだ。あの空間は何というか、息が詰まる時があってね」
それは、一度しか入ったことのない俺でも感じたことだった。毎日あんなところにいたら、それは閉塞感を覚えるだろう。咲夜は黙り込んでいる。何か思うところがあるのだろうか。
「そっか……」
「着きましたよ」
咲夜がそう漏らしたのと、岩崎邸に着いたのはほぼ同時だった。洋館がいくつもそびえ立っている。これが全部岩崎邸だとするのなら、敷地面積は一体どれ程のものだろう。
「じゃあ、行こうか。コーヒーと紅茶はどちらがお好きかな」
「俺はコーヒー」
「私は紅茶かな」
そんな会話をしながら家の中に入る。すると、二列に並んだ給仕人たちが
「おかえりなさいませ」
と頭を下げた。学校に多額の寄付をしているだけあって、並大抵の金持ちではなさそうだ。岩崎は素通りしたので、俺たちもそれに倣う。
「三成様、御学友の皆様。こちらへ」
案内に従い、移動する。部屋のドアを開けると、赤い絨毯とふかふかしていそうなソファー。ガラス張りの机には、レースをあしらったテーブルクロスが敷かれている。普段は何の目的でこの部屋は存在しているのだろう。ふと、そんなことが気になった。客間と言ったところだろうか。
「コーヒー一つと紅茶二つ」
岩崎はそう執事らしき男性に告げると、ソファーに座った。
「どうぞ、座って」
先ほどの並びの通りに座ると、お菓子と飲み物が運ばれてきた。真ん中はやはり居心地が悪い。
「真ん中の彼にコーヒーを」
「かしこまりました」
コーヒーはおじさんの家でもよく飲むが、それよりも上質なものであるのは香りから明らかだ。というか、おじさんの家のコーヒーはインスタントだし。この家のコーヒーがインスタントでないのも、ほぼ確定だし。やっぱり庶民の俺たちとは感覚が違うのだろう。コーヒー一つとってもここまで考えさせられるとは。
「美味しいかい?」
「ああ、とっても」
「美味しいよ、ありがとう」
こだわって作られているものが、不味い訳がない。
「じゃあそろそろ、アメリカ時代の話をしようか。何から聞きたい?」
「ええ、と……」
岩崎は咲夜の方を向いて問いかける。一方の咲夜は何も考えていなかったのか、言葉に詰まっている。
「そうだ、交友関係! 岩崎くんはどんな友達が居たの?」
悪夢の根源の様な話題だ。これで、岩崎が勘づかないといいが……。彼は一呼吸してから語り出した。
「そうだな……実は、友達と呼べるほど親しい人は居なかったんだ。クラスメートではあったけど、友達未満って人が十割。だから今も親交がある人も居ないんだ。謁見室の皆の方がよっぽど親しいよ」
「そうなんだ……」
いじめられていたかどうかは、今の言葉からは読み取れない。だが、目線が伏していたので良い思い出でないのはわかる。
「他には何か聞きたいことあるかな?」
今度は俺の方を向く岩崎。俺は適当に、
「食事とかどうだった?」
と問うてみる。実際、来年度の修学旅行は欧米だ。知っておいて損はないだろう。
「そうだな……何もかもが大胆だったな、そして豪快だね。ロンドンよりもずっと、そうかもしれない」
「ロンドンにも行ったのか?」
「うん、昔にね。アメリカでの生活が合わなかったから、移動することになったんだ。だから、アメリカよりも滞在歴は長いよ」
となると、悪夢はアメリカ時代のものである可能性が高そうだ。だから何だ、という話だが。
「大変そうだね……」
「そんなことなかったよ、こうして話のネタにもなるし。少しは社交的にもなれたし。悪いことばっかりじゃなかったよ」
岩崎が心の壁が薄そうなのは、そのせいか。勝手に一人で納得する。
「そうか。色々話してくれてありがとな」
「僕も久しぶりに友人が出来て、いい気分だよ。家まで車を出そう。車の用意を」
「かしこまりました、こちらへどうぞ」
「じゃあな、岩崎」
「またね!」
俺たちは執事についていき、部屋の外へ出た。行きは長く思えた廊下が、帰りは短く思えた。