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第148話

 放課後。謁見室の前で岩崎を待つこと数分。

「ごめん、お待たせ。迎えが中々来なくてね。じゃあ、行こうか」

 岩崎は俺の手をとり、歩き始めた。こうされると、エスコートされている気分になる。咲夜はその後ろからついてきていた。

「三成様、本日は御学友もご一緒で?」

 赤色の、見るからに高級そうな車が校門前に停車していた。恐らく海外のメーカーだろう。

「うん、夢野くんと星川さんって言うんだ。僕の家で談笑しようと思ってね」

「三成様があのお三方以外の方をお呼びするとは珍しいですね。雪でも降りそうだ。さあ、どうぞお乗りください」

 車のドアを開けられ、岩崎、俺、咲夜の順番で座る。真ん中は正直気まずい。何を話せば良いのかわからないからだ。


「留学時代の話を聞きたい、と言っていたね」

 岩崎から話を振られる。

「ああ。中々出来る経験じゃないだろ? 気になってさ」

「それで僕に? 君は物好きだね。海外留学なんて、その気になれば誰でも出来そうなのに」

 金持ちだからか、俺の感覚とはズレているようだ。だがあえてここはスルーし、岩崎の話に耳を傾ける。

「まあでも、いいよ。彼ら以外に僕に興味を持ってくれる人は珍しいからね」

「彼ら?」

 咲夜が不思議そうに問う。

「ほら、さっき謁見室にいた皆のことさ。彼らは皆いい人たちだけど、僕はたまに他の人とも話したくなるんだ。あの空間は何というか、息が詰まる時があってね」

 それは、一度しか入ったことのない俺でも感じたことだった。毎日あんなところにいたら、それは閉塞感を覚えるだろう。咲夜は黙り込んでいる。何か思うところがあるのだろうか。

「そっか……」

「着きましたよ」

 咲夜がそう漏らしたのと、岩崎邸に着いたのはほぼ同時だった。洋館がいくつもそびえ立っている。これが全部岩崎邸だとするのなら、敷地面積は一体どれ程のものだろう。

「じゃあ、行こうか。コーヒーと紅茶はどちらがお好きかな」

「俺はコーヒー」

「私は紅茶かな」

 そんな会話をしながら家の中に入る。すると、二列に並んだ給仕人たちが

「おかえりなさいませ」

 と頭を下げた。学校に多額の寄付をしているだけあって、並大抵の金持ちではなさそうだ。岩崎は素通りしたので、俺たちもそれに倣う。

「三成様、御学友の皆様。こちらへ」

 案内に従い、移動する。部屋のドアを開けると、赤い絨毯とふかふかしていそうなソファー。ガラス張りの机には、レースをあしらったテーブルクロスが敷かれている。普段は何の目的でこの部屋は存在しているのだろう。ふと、そんなことが気になった。客間と言ったところだろうか。

「コーヒー一つと紅茶二つ」

 岩崎はそう執事らしき男性に告げると、ソファーに座った。

「どうぞ、座って」

 先ほどの並びの通りに座ると、お菓子と飲み物が運ばれてきた。真ん中はやはり居心地が悪い。

「真ん中の彼にコーヒーを」

「かしこまりました」

 コーヒーはおじさんの家でもよく飲むが、それよりも上質なものであるのは香りから明らかだ。というか、おじさんの家のコーヒーはインスタントだし。この家のコーヒーがインスタントでないのも、ほぼ確定だし。やっぱり庶民の俺たちとは感覚が違うのだろう。コーヒー一つとってもここまで考えさせられるとは。

「美味しいかい?」

「ああ、とっても」

「美味しいよ、ありがとう」

 こだわって作られているものが、不味い訳がない。

「じゃあそろそろ、アメリカ時代の話をしようか。何から聞きたい?」

「ええ、と……」

 岩崎は咲夜の方を向いて問いかける。一方の咲夜は何も考えていなかったのか、言葉に詰まっている。

「そうだ、交友関係! 岩崎くんはどんな友達が居たの?」

 悪夢の根源の様な話題だ。これで、岩崎が勘づかないといいが……。彼は一呼吸してから語り出した。

「そうだな……実は、友達と呼べるほど親しい人は居なかったんだ。クラスメートではあったけど、友達未満って人が十割。だから今も親交がある人も居ないんだ。謁見室の皆の方がよっぽど親しいよ」

「そうなんだ……」

 いじめられていたかどうかは、今の言葉からは読み取れない。だが、目線が伏していたので良い思い出でないのはわかる。

「他には何か聞きたいことあるかな?」

 今度は俺の方を向く岩崎。俺は適当に、

「食事とかどうだった?」

 と問うてみる。実際、来年度の修学旅行は欧米だ。知っておいて損はないだろう。

「そうだな……何もかもが大胆だったな、そして豪快だね。ロンドンよりもずっと、そうかもしれない」

「ロンドンにも行ったのか?」

「うん、昔にね。アメリカでの生活が合わなかったから、移動することになったんだ。だから、アメリカよりも滞在歴は長いよ」

 となると、悪夢はアメリカ時代のものである可能性が高そうだ。だから何だ、という話だが。

「大変そうだね……」

「そんなことなかったよ、こうして話のネタにもなるし。少しは社交的にもなれたし。悪いことばっかりじゃなかったよ」

 岩崎が心の壁が薄そうなのは、そのせいか。勝手に一人で納得する。

「そうか。色々話してくれてありがとな」

「僕も久しぶりに友人が出来て、いい気分だよ。家まで車を出そう。車の用意を」

「かしこまりました、こちらへどうぞ」

「じゃあな、岩崎」

「またね!」

 俺たちは執事についていき、部屋の外へ出た。行きは長く思えた廊下が、帰りは短く思えた。


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