翌日の昼休み、俺は謁見室の前に立っていた。岩崎が皇のことを呼んできてくれると言ったからだ。しばらくすると、「ごめん、お待たせ」と岩崎と皇が現れた。
「貴方は……ええと、夢野さんでしたよね。以前一緒に居た女性はどうされたのですか?」
思っていたより記憶力が良い。咲夜のことまで覚えていたとは。
「ああ、俺が夢野獏で間違いない。女性って咲夜のことだろ、今日は置いてきた」
「そうでしたか。ここでは何ですし、僕に話があるなら放課後に僕の家に来てください。案内しましょう」
「その提案は嬉しいけど、俺の行きつけのカフェがあるんだ。そこじゃ駄目か?」
おじさんの所なら、他のメンバーも揃っている。全員で皇の話を聞けるはずだ。
「構いませんが……。そこまでの案内はお任せしましたよ、夢野さん」
「おう。じゃあ、放課後に校門の前で待っててくれ」
「わかりました、では僕らは戻ります。放課後にまた」
二人は謁見室へ戻っていった。これで一歩前進していたら良いのだが。
放課後。校門付近に皇の姿を見つけたので、駆け寄る。
「悪い、待たせたか?」
「いえ、今来たところです。では、行きましょうか。案内お願いします」
「おう。こっちだ」
おじさんのカフェの方へ向かって歩き出す。ネットカフェと皇圭介。ミスマッチだ。学校の根幹に関わる様な人間と、ネットカフェで話をするというのも謎のシチュエーションだ。
「あの女性……咲夜さんでしたか? とは、どの様なご関係なのですか?」
「どの様な、って……幼馴染だよ」
「お付き合いは?」
「……」
皇は全てを察したらしい。笑顔を見せると、「それこそ青春ですよね」と妙に達観したことを言った。
「ここだ、入ってくれ」
「……僕の想像と随分違うのですが……」
皇の予想では、一般的なカフェを思い浮かべていたのだろう。しかし、俺にそんな行きつけのカフェはない。
「まあ、良いでしょう。入りますね」
皇は扉を開けた。俺もそれに続き、入店する。
「獏、そちらが友達か。俺はここの店長をしている月谷浩一郎だ。よろしく」
「よろしくお願いします、月谷さん」
ぺこりと頭を下げる皇。
「皆なら奥で待ってるぞ」
「皆?」
皇が疑問を発する前に、手を引き奥の部屋へ連れ込む。やや強引だったが仕方がない。
奥の部屋には、俺以外の四人が揃っていた。
「皆さんは、どのような集まりなのですか?」
「ミステリ研究会です。皇さんに訊きたいことがあって、来て頂きました」
月影が言う。
「ま、座れよ。女子の隣じゃなくて悪いけど」
俺は皇の隣に座った。
「ミステリ研究会が、僕に用事? 僕は怪事件などには興味ないのですが……」
「話を聞いてくれ。で、知っていたら答えて欲しい」
場の空気が一気に引き締まるのを感じた。
「わかりました、答えられる範囲でなら。には、なりますけど」
「ありがとう。じゃあ、早速質問。四大名家はどうして、学校に多額の寄付をしているか知ってるか?」
「説明が難しいですね……」
手ごたえありだ。岩崎の時とは反応が違う。
「難しい? それってどういうこと?」
咲夜が割り込んできた。
「確かに理由はあるのですが、それを説明するには……理事長の話をしなければならなくて……」
月見野鶯。この学園の理事長と四大名家は、やはり近いみたいだ。
「聞かせてくれないか」
暁人も割り込んでくる。段々と場がカオスになってきた。
「この学園の理事長、月見野鶯さんは月見野学園高校の更なる発展を願っています。その為に、僕たちみたいな少々他の家庭よりお金がある人たちに寄付のお願いをしているんです。それで、僕の家はその寄付に賛同した。他の三人の家もそうでしょうね。寄付のお返しに、僕らは特待生として色々優遇されてきました。謁見室も、その一つです」
「他には? 例えば、『トワイライト・ゾーン』の名前に聞き覚えはないかしら?」
望月が問う。だが、皇は首を横に振った。
「その名前は聞いたことがありません。何の名前なんですか?」
「知らないなら忘れてくれ。大したことじゃないんだ」
皇は不服そうな顔で、「他にご質問は?」と投げかける。
「月見野鶯、ってどんな人?」
「理事長のことですか? 僕も数回会っただけなので詳しいことは知りませんが……。本当に学校のことを良くしたいと思っているみたいです。その為に副業をしているとも聞いたことがあります。それがどんな内容だったかは忘れてしまいましたが……」
恐らくそれが、『トワイライト・ゾーン』なのだろう。副業だったとは初耳だ。
「ありがとう皇。理事長って普段は何処に居るとか、知ってるか?」
「うーん……僕にはわかりません。理事長に関することなら、根津さんの方が詳しいかと。彼は親族なので」
これって、もしかしなくとも四大名家全員と話をしなければならないパターンか。遠回りだ……と思ったが、ここまで来たらやるしかない。
「根津を紹介して貰うことって出来るか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
随分とあっさりした返事だ。逆に不安になってくる……。
「ありがとう。頼んだぞ」
「はい、では明日の放課後に。僕はこれで失礼します。車もちょうど来ましたし」
おじさんの家の前に、紺色の車が停まっている。あれが皇家の車だろう。去り方まで優雅だ、と思いながら皇を見送った。