目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第155話

 しばらくの間、誰も口を開かなかった。その中で沈黙を破ったのは、望月だった。

「根津くんにも、話を聞く必要があるのは明らかだわ。副部長、何度もごめんなさい。頼めるかしら?」

「おう。任せろ」

 今度は、岩崎だけでなく皇も仲介してくれるだろう。根津がどんな人物だかわからないから、機嫌だけは損ねないようにしなければ。理事長の親戚ということは、最悪放校処分などもありえそうだ。慎重にならなければ。

「とりあえず、今日は解散にしよう。明日根津と接触してみる」

 俺の一言で、この場は解散となった。


 家に帰り、早速岩崎にメッセージを送る。

『明日、根津を紹介して貰うことって出来るか?』

『勿論だとも。今日みたいに謁見室の前に立っていてくれるかな』

 相変わらず、返事が早い。暇なのだろうか?

『わかった。じゃあ、昼休みによろしく頼む』

 そこで会話を打ち切り、夕飯を食べにリビングへ向かう。今日の夕飯は何だろうな……。

 食事中は根津のことについてばかり考えていたせいか、あっという間に皿が空っぽになっていた。

「獏、ぼーっとしてないで食器を片付けなさい」

「はいはい」

 考え事をしながら食器を洗う。根津は、どんな人物なのだろう? 優しいといいのだが……。


***


 翌日の昼、昨日と同じく謁見室前で岩崎を待つ。彼はすぐに中から出て来た。根津敦と共に。

「君か、圭介から聞いたよ。理事長の話が聞きたいんだって?」

 長髪を一つに束ねた、背は俺と同じくらいの男子高校生。目はツリ目で、少し威圧感がある。これが根津敦か。

「俺、夢野獏っていうんだ。よろしく」

「知ってる。三成の時、自己紹介していたのを聞いたからね。よろしく。ここだと他の皆も居るから、そうだな……アフターヌーンティーといこう。午後の授業は休ませてあげるから、僕の行きつけのホテルで理事長の話をしよう。君はこの話を、聞かれたくないはずだから」

 直感が随分と冴えている様だ。それにしても、ここまで推察出来るのはやはり心当たりがあるのだろうか。

「午後の授業はどうなるんだ?」

「出席扱いだよ。僕がそうさせる」

 岩崎や皇とは、文字通り格が違う。こいつ、理事長の親戚なだけあるな。

「さて、そう決まったら行こうか——ホテルがあるのはみなとみらいだから、車を呼んでおいたよ。さあ、行こう」

「お、おう」

 根津は俺の手を引き、校門の方へ向かい始めた。エスコートに慣れているのだろう。スマートな動きだった。


 車は、緑色で海外のメーカーの証拠であるマークがついていた。

「敦様、ご学友様をお連れするのはいつものホテルでよろしいでしょうか?」

「うん。さあ、出発だ夢野くん——いや、獏くんでいかい? 苗字呼びはどうも慣れなくてね」

「別に呼び方なんて何でも構わねえよ、根津」

「ああ、僕のことも敦でいいよ。片方だけ苗字呼びっていうのもおかしいだろう?」

「そ、そうか。じゃあ、敦」

「うん、それでいい」

 車の中では、岩崎と皇の話題が出た。

「それにしても、僕らに近づくなんて珍しいことするよね。たまたま今在籍してるのが、お人好し寄りの僕らで君はラッキーだ」

 自分でお人好しって言ってしまうのか……。しかしまあ、事実だろう。そうでなければ、ここまでトントン拍子に事は運ばなかったはずだ。

「そうだな、感謝してる。ところで、四大名家って序列とかあるのか?」

「ないよ。僕らは対等だ。僕がそう思っているだけかもしれないけど」

 岩崎も皇も、序列という言葉とは縁が遠いイメージだ。理事長に近ければ偉い、という訳でもないらしい。

「そうなのか。それにしても、何で皆俺に優しいんだ?」

「多分、物珍しさかな。僕らに話しかける猛者は中々居ないからね」

 車はみなとみらい地区に突入した。所謂、『観光客向けの横浜』だ。俺はそう何度も行ったことはないが、敦は常連らしい。この景色を見て、何とも思ってなさそうだ。

「ほら、獏くん。あそこのホテルだよ。入ろう」

 敦が指し示したのは、いかにも高級そうな高層ホテルだった。入り口付近に車が停まると、俺は再びエスコートされながら車を降りる。敦の立ち振る舞いは、どこをとっても完璧で美しい。計算された動きだ。

 ホテルのエントランスで、「根津です」と敦が名乗ると、「お待ちしておりました」とカフェに通された。床が一面大理石なのが、このホテルが高級であるということの何よりの証明だろう。アフターヌーンティーなんて初めてだから、作法が分からない。とりあえず敦の真似をしよう。

 海を見ながらのアフターヌーンティー。眺めは絶景だが、それより俺には訊かなくてはならないことがある。

「なあ、敦」

「何?」

彼は紅茶を一口飲むと、俺と目を合わせてきた。

「理事長のことなんだけど、普段何処に居るとか知ってるか? どんな些細な情報でも良い、理事長の情報が必要なんだ」

「……どうして?」

 流石に不自然すぎたか。かといって、抱え込んでいること全てを敦に話すことは出来ない。

「……世界平和のため」

「君も冗談を言うんだね。面白かったから、いいよ。教えよう。理事長は副業が案外忙しくてね。大体そっちの仕事をしているみたいだよ。確か名前は、『トワイライト・ゾーン』とか言ったっけな」

 別に冗談ではないのだが……。しかしこれで、掴めた。月見野鶯が最終的な敵なのも確定だ。

「その、『トワイライト・ゾーン』って副業は何をしてるんだ?」

 核心をつく質問だと、我ながら思う。敦は「何だったっけな……」と思い出す素振りを見せてから、答えた。

「そうだ、『全人類を平和にするのが、私の使命だ』って言ってたな。それで始めた事業だよ。内容は、『全人類の不老不死化』。僕は、そんなことが出来るとは思ってないけどね。理事長は本気みたいだよ。東京の郊外に実験施設まで作ってさ」

 恐らく、俺と咲夜が連れて行かれたあの研究所のことだろう。場所も東京の郊外ということで、一致している。

「獏くん、君は信じる? 不老不死の世界を」

「……とてもじゃないけど、信じられねえよ。そういう敦、お前はどうなんだ?」

 彼は紅茶に再び口づける。そして、言った。

「信じているわけないよ。あれは理事長の理想の世界であって、僕の理想じゃない。理事長は、どこかおかしいんだ。学校の経営にだけ悩んでいれば良かったのに、全人類がどうとか言い出してさ。まるで、何かに取り憑かれているみたいだ」

 親族からもそう言われるとは、本人が聞いたらどう思うのだろうか。まあ、俺は月見野鶯の性別すら知らないわけだが。

「……今更だけど、理事長って男? 女?」

「知らなかったのかい? 入学式での挨拶程度の印象じゃ、忘れられても仕方ないとは思うけどね。女性だよ、彼女は。もう四十を越えたとは思わないくらい見た目が若い。本物を見たら、きっとびっくりするんじゃないかな」

 そういえば、おじさんも氷川さんも四十を過ぎている。はずだ。ということは、月見野鶯とは同年代ということになる。もしかしたら、同級生だったのかもしれない。おじさんは月見野学園高校の出身者だ。月見野鶯と何かあったとしても、不思議ではない。

「そうなのか。敦、俺はこの辺で失礼するよ。ちょっと他の人に聞きたいことが出来た」

「そうかい。じゃあまた、お茶に誘おう。帰りの車を手配しておいたから、それに乗って帰るといい。それじゃあ、またね」

 やけにあっさりと敦は解放してくれた。この行動も月見野鶯に漏れているのだろうか?


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?