車をおじさんのカフェの前で降りる。そのままカフェに入ると、奥の方から声が聞こえてきた。
「おい、何の声だ?」
「あら、副部長。今日はもう来ないかと思ったわ。私たちなりに、月見野鶯について調べていたところなの。と、言ってもまだ何も情報はないのだけれど」
「そうか。俺は結構収穫があったよ。おじさんも入れて話がしたい」
俺は、傍に立っていたおじさんを見る。
「わかった。それで、獏はどんな情報を掴んだんだ?」
「……おじさん、もしかして月見野鶯と何かあったんじゃないか?」
おじさんは目を逸らした。これは、ほぼ確定で何かあったのだろう。
「話す前に、訊きたい。どうしてそう思ったんだ?」
「おじさんと月見野鶯は、年齢が近くて出身校が同じこと。何かあっても不思議じゃないと思ったんだ」
おじさんは、観念したように息を吐き出した。そして、ゆっくり口を開き語り出す。
「鶯は、高校時代の恋人だ。今、いや、もっと前か……。こんなことをしでかすなんて当時は思ってもいなかったよ。いかにも良いところのお嬢様って感じで、清廉潔白に見えていた。彼女の心境にどんな変化があったのかは知らないが、今倒すべき敵なのは間違いない。だから、俺と鶯の過去なんてどうでもいい話だ」
思わず口を開けたまま聞き入ってしまった。随分と人間関係がごちゃごちゃしてきた。
「……そうか。おじさんはもう、月見野鶯に未練はないのか?」
「あの、仲間を失った日から未練なんてないさ」
そうだった。初代『夢を喰う力』の保持者だったおじさんは、俺以上に修羅場を経験してきているはずだ。そして多くのものを、失っているはずだ。誰もがおじさんにかける言葉を探している。俺もだ。
「教えてくれて、ありがとう。おじさんの仇は、私たちが絶対にとるからね!」
沈黙を破ったのは咲夜だった。
「そうか、頼もしいな」
おじさんは弱々しく笑っていた。
***
翌日。バタバタと学校へ行く準備を進めていると、家の前に一台の車が停まっているのが見えた。敦の乗っていた、緑色の車の様に見える。いや、気のせいだと信じたい。そう思いながら家を出ると、声をかけられた。
「おはよう、獏くん。一緒に学校に行こうよ。ほら、乗って」
相変わらずスマートなエスコートで俺を車に乗せる。動きだした車の中でした話はとりとめのないことばかりで、理事長に繋がることは何もなかった。
「青馬を紹介したいと思ってね。彼は理事長のお気に入りだから、何かいい話が聞けるかもしれない」
「……どうして俺にそこまでしてくれるんだ?」
純粋な疑問だった。会ってから大して日数の経っていない俺に、そこまで入れ込む意味は何なのか。
「最近の理事長を見ていられないからだよ。青馬なら確実に理事長の居場所を知っているはずだし……君がどうして理事長に固執するのか、それを詳しく話さないのと似た様な感じかな」
はぐらかされてしまった。まあ、仕方がないか。
「ほら、もう学校だよ。昼休みにいつもの場所でよろしくね、じゃあまた」
敦は俺を車から降ろすと、優雅に去っていった。遅刻ギリギリの時間だったので、俺も教室へ急ぐ。教室に滑り込んだのとほぼ同時に、伊東先生が入ってきた。本当にギリギリだった。
昼休み。俺は謁見室の前で敦を待っていた。すると、背後から声をかけられた。
「やあ、獏くん。早かったね。青馬を呼んでくるから、ちょっと待ってて」
謁見室の扉を開け、中に入っていく敦。そのまま待っていると、ブロンド色の髪が特徴的な男子生徒と敦が出てきた。これが、澤柳青馬なのか。
「澤柳青馬だよ。よろしくね」
「俺は夢野獏。よろしく頼む」
澤柳は、「長くなる話?」と問いかけてきた。敦の姿がいつの間にやら消えており、俺は澤柳と一対一で話すことになってしまった。想定内のことではあるのだが。
「そうだな……ちょっと長くなるかも」
「それなら、放課後に話をしよう。場所は……謁見室でいい?」
「いや、俺の行きつけのカフェがあるんだ。そこにしないか」
「カフェか、いいね。じゃあ、放課後校門の前に集合しよう。じゃあ、またね」
行きつけのカフェがネットカフェだとは、微塵も思っていないだろう。澤柳は得件室に引っ込んでいった。
俺はその足で部室へ向かう。早いもので、昼休みはもう半分過ぎていた。部室に着くと、課題をしている者に弁当を食べている者など様々なことを皆していた。
「あ、獏! 今日はどうだったの?」
「放課後、いつもの場所で話すことになってる」
「そっか」
咲夜のその言葉以降、誰も言葉を発さなかった。これは集中しているからではなく——いや、人によってはそうなのかもしれないが——監視カメラや盗聴器を恐れて誰も話さないのだ。月見野鶯に聞かれていたらと思うと、迂闊に声も出せない。とりあえず、弁当を食べよう。冷えた総菜は、放課後の約束のせいで緊張している俺の喉を思うように通過してくれなかった。