深夜零時、月谷ネットカフェの明かりはまだ灯っている。利用者は俺たちだけだ。いつもの部屋で、五人横に寝そべる。最終決戦への心構えは、もう済んだ。後は勝つだけ——それで全て終わる。
目を瞑ると、学校の保健室に立っていた。目の前には、あの時現れた黒髪の女性。わかってはいたことだが、やはりあの時介入してきたのは新海先生で確定だ。
「夢野くん、お昼ぶりだね。準備は出来てる?」
先生の声で訊かれる。現実の見た目と違うので、少し混乱してしまう。
「はい、俺たちが絶対あなたを倒します」
「ふふ、出来るかな? 負けないよ」
不敵に笑う先生。慎重に、でも短時間で勝負をつけたいところだ。後ろを振り向き、咲夜に合図を出す。その瞬間、水鉄砲から光線が発射された。しかし、先生は微動だにしない。
「それだけ?」
光線は、確かに先生に命中した。しかし、彼女には傷一つない。まるで、攻撃が無効化されたかのよう——いや、実際そうなのだろう。
俺は仮説を組み立てる。
先生の能力は、攻撃の無効化なのではないか。あるいは、やっぱり攻撃を受けた瞬間に回復しているとか。何にせよ、厄介な能力だ。一筋縄ではいかないだろう。
「これ以上来ないなら、私からいこうかな」
先生は、指をこちらに向ける。次の瞬間、光線が俺たちに向かって発射された。
「! デコレーター!」
暁人が間一髪で壁を作り出し、光線を吸収させる。何が起こったのか、よくわからない。先生は攻撃も出来るのか? さっきの光線は、咲夜が放ったものと同じなのか? 疑問は尽きない。
「そっか、総力戦なんだね。でも、負けないから」
こちらの考えがまとまる前に、先生はこちらに一歩ずつ近づいてくる。
「おい夢野、ぼーっとするな。僕の能力には使用制限がある。何度も同じ手は使えないぞ」
暁人の声で我に返る。確かに、デコレーターは何度も使えない。温存してもらわなくては。
「これならどう⁉」
「待て、咲夜! むやみやたらに攻撃するのは危ないかもしれない」
止めるには止めたが、攻撃を繰り出すのがワンテンポ早かった。今度は先生の頭に向かって光線が発射される。だが、やはり先生は避けない。傷もついていない。脳が状況を処理しきる前に、「いくよ」と再び先生は光線を発射する。
「! わかったかもしれないわ、先生の能力」
先ほど作られた壁を盾にしつつ、攻撃をしのぐ。望月は暁人の後ろで話し始める。
「新海先生の能力って、カウンターじゃないかしら? 星川さんの攻撃を跳ね返してるから、光線を打ってくるのよ。傷がついていないのは、攻撃を吸収しているからじゃないかしら」
先生は、立ち止まり手を叩いた。不満そうな表情をしている。
「正解、流石に鋭いね。そうじゃなかったら、もう倒されてるか。私に攻撃しても、全部跳ね返しちゃうからね。だから、勝ち目はないよ」
……ん? だとしたら、先生は俺たちの攻撃なしに勝利することはない。俺たちは攻撃しないことには勝てないけど。頭がこんがらがってきた。考えるのは後にしよう。
「……副部長、星川さん。攻撃せずに勝つ方法を探しましょう」
望月は囁く。そんな方法が、あるのだろうか。暁人の方を見ると、何かを考え込んでいる素振りを見せている。こんがらがった頭で、俺も考えることにする。
攻撃は、物理的なものに限定されるのだろうか。だとすれば、先生の精神を揺るがすことが出来たらチャンスがあるかもしれない。
「あのさ、望月。変身できるか?」
「誰に?」
俺は、考えついたアイディアを共有する。
「わかったわ。だけれど、成功するかは別よ。代替案を考えておいて」
「わかってる」
望月は、光を身に纏い変身を始めた。段々とその姿が、新海先生の敬愛する鶯のものになっていく。
「こんな感じかしら」
俺が夢の中で見た、鶯そのものだ。長い黒髪、そして制服に黒タイツ。月見野帷——もとい、鶯の姿がそこにはあった。
「バッチリだ。後は頼んだぞ」
「わかったわ」
望月は、優雅な動きで先生の元へ向かう。先生の瞳は、大きく見開かれている。
「鶯様……? いや、そんなはず……」
「私のこと、忘れてしまいましたの? 貴女って案外、薄情ですのね」
先生の頬を涙が伝う。
「私、頑張ったんです。鶯様が居なくなっても、私が研究を完成させようと……! でも、鴎さんは取り合ってくれないし、他の皆も醒めてきてて。私だけ、取り残されたみたいで……!」
望月の前で、先生は崩れ落ちた。我慢していたであろう本音を零しながら。
「辛い思いをさせてしまい、ごめんなさい。私にも想定外のことが沢山起こっていましたの」
望月は、先生の頭を撫でながら語りかける。
「けれど、私はもう不老不死には興味がありませんの。結局は私利私欲の研究です。人類の幸せとか、興味ありませんわ。貴女には申し訳ないと思っていますわ——でも、研究はもう終わり。貴女も、私にばかり執着せず自分の道を歩んだ方が賢明ですわ」
「嘘……嘘ですよね⁉ 鶯様、貴女は」
「うるさいですわ——終わりなものは終わりです。それとも、この私に意見するつもりですの?」
望月の演技力には、ただ頭が下がるばかりだ。鶯の高圧的な態度を、完璧に再現出来ている。普段の望月とはあまりにもかけ離れていて、あれは本物の鶯なのではないかと錯覚してしまう。
「す、すみません……そんなつもりでは……」
怖気づく先生に、望月はとどめをさす。
「私に意見するような人材は、要りませんわ。貴女、邪魔でしてよ。次研究を再開したら、抹殺します。よろしくて?」
先生は黙り込んでいる。望月も、先生の答えを待っているようだ。
どれくらいの時間が経っただろうか。体感的には十分ほどだが、実際のところはわからない。先生は、やっと口を開いた。
「……わかりました。研究を永久凍結します。だから、見捨てないで——」
彼女は、縋る様に望月へ手を伸ばした。望月はその手をとることなく、冷淡に告げる。
「……私は、浩一郎以外の他人に最初から期待などしていません。貴女にも期待はしていませんでした。見捨てるも何も、ありませんわ」
「嘘、嘘! こんなの悪夢よ、そうに決まってる!」
先生は地面を叩く。この状況を、受け入れられていないのだろう。鶯の正体が望月だとは、気がついていなさそうだ。
「……これが悪夢だと思うなら、俺が喰いますよ。その代わり、勝負は俺たちの勝ちになりますけどね」
先生に声をかける。彼女は俺を見つめて、そして一言。
「……そうだね、私の負けだよ。もう、組織の再興を図ったりもしないよ。じゃあ、後はお願いね」
目を瞑った先生に、「わかりました」と返事をし能力を発動させる。
「喰らうぞ、この悪夢——」