目を覚ますと、皆が俺を見つめていた。
「治ったかと思ったけど……やっぱり起きるの遅いね」
咲夜は心配そうな顔で言う。他のメンバーも、うんうんと頷いていた。
「でも、これで戦いは終わりだろ? もうこれからは、このことに悩む必要もないはずだ」
「でも……」
「俺なら大丈夫だから」
心臓が痛い。本当は大丈夫じゃないが、ここでは強がっておかなくては。
「ほら、帰るぞ皆。明日も学校だろ?」
「……そうですね、新海先生がどうなっているか見ないといけませんし。夢野くんが大丈夫と言っている以上、信じるしかないです。今夜は解散しましょう」
月影も心配そうだが、俺の意志を汲んでくれた。バラバラに帰路に就く中、「獏、少しだけ話がある」とおじさんに呼び止められた。
「おじさん? 私も残るよ」
「いや、二人で話がしたい。先に帰ってくれないか」
「わかった。……先帰ってるね」
と言い残すと、咲夜はカフェを出て行った。ここには、俺とおじさんだけが残っている。
「……どうして、俺だけを?」
普段のおじさんなら、他のメンバーはともかく咲夜は残しそうなのに。
「ああ……まずはな、獏。お前に謝らなきゃいけないことがある」
神妙な面持ちで、おじさんは俺を見据える。
「謝らなきゃいけないこと?」
聞き返すと、おじさんは頷いた。
「能力を譲渡した、と言っただろう」
「うん」
「実はな、獏の体が人より弱い原因もそれなんだ。『グルメ』の能力は——強力すぎる故、保有者の寿命をも喰っていく。俺よりも圧倒的に能力の使用率が高い獏の寿命は、もって十年前後だと思う」
突飛な話で、頭がついていかない。確かに、俺は病弱で——だからこそ、おじさんによくキャンプに連れて行ってもらっていたのだが。そこまで考えて、ある可能性を思いつく。
「……おじさんも、もう長くはないんだな? この話をしてくるってことは」
「そうだ。この間病院で診断を受けてな。あと五年、だそうだ。そこで初めて俺も気がついたよ。そして、後悔もした。俺は、とんでもないものを獏に背負わせたんだって」
予想は的中したが、全く嬉しくない。考えてみれば、俺が本格的に病弱になりだしたのは——おじさんから能力を譲り受けた後だ。その頃から、この能力は俺を蝕んでいたのか。
「……俺は、どうしたらいい? 寿命はもう、戻らないのか?」
何とか、その言葉を捻りだすも答えはわかっている。
「残念ながら……。申し訳ないとは思っている」
全てが、壊れた気がした。こんなの、咲夜にはどう言えばいいのだろう。仮に結婚できたとしても、長く一緒に居ることは出来ない。あの時のように、子どもが出来たとしても大きくなるまで見届けることも出来ない。俺は、何のために生きたらいい?
「……ごめん、帰るよ。考える時間が欲しい」
「すまないな、相談には乗るから。気をつけて帰れよ」
カフェを出ると、朝日が昇り始めていた。今日は、授業中に眠ることになりそうだ。
***
登校中、咲夜が問いかける。
「昨日はおじさんと何話してたの?」
正直に相談するべきか。いや、しない方がいいかもしれない。完全に俺のわがままだが、生きているうちは咲夜に傍にいて欲しい。寿命のことを打ち明けて、万が一彼女が離れてしまったら。それが今、一番怖い。
「大した話じゃない、心配すんな」
「そう? なら、いいけど……」
咲夜に嘘をついてしまった。罪悪感はあるが、そもそも朝から暗い話をしたくない。
「それより、昼休みに新海先生に会いに行こう。結局どうなったのかは、会わないとわからないから」
「そうだね。昨日は獏一人だったけど、今日は皆で行こう!」
元気を取り戻した咲夜は、見ているこっちも幸せになる。普段なら。でも、不安を表情に出すことはせず「そうだな」と取り繕う。
「あ、私こっちだから。またお昼にね!」
「おう」
各々の教室に向かう。
……そうだ、例え話として成瀬に相談してみるか。教室に入り、成瀬を探す。彼は、一人で読書していた。ブックカバーをしているから、何の本かはわからない。
「おはよ、成瀬」
驚かせないように、そっと声をかける。彼は本を閉じ、「おはよう、夢野」と返事してくれた。
「これは、もしもの話なんだけど。聞いてくれるか?」
「何だ?」
成瀬は、本を机に置きこちらに向き直る。
「もし……自分の寿命が残り十年だって言われたら、お前はどうする? 恋人もいて、これからだって時に」
「そうだな……」
彼は、考え込んでいるみたいだ。例え話と言ったのに、真剣に取り合ってくれるのはやはり良い奴なのだろう。
「やっぱり、そうなったら一日一日を悔いなく生きるようにするな。十年なんて、案外すぐだから。それにしても、これって何の思考実験なんだ?」
「ああいや、そういう訳じゃないんだけど……ありがとう。答えてくれて。お前ってやっぱ良い奴だな」
そう言うと、成瀬は頬を赤く染め
「別に、良い奴じゃない」
と顔を背けた。もう少しいじりたがったが、もうすぐHRの時間なので「また後でな」と席に着く。伊東先生が入ってきたのは、それから間もなくのことだった。