目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第184話

 目を覚ますと、皆が俺を見つめていた。

「治ったかと思ったけど……やっぱり起きるの遅いね」

 咲夜は心配そうな顔で言う。他のメンバーも、うんうんと頷いていた。

「でも、これで戦いは終わりだろ? もうこれからは、このことに悩む必要もないはずだ」

「でも……」

「俺なら大丈夫だから」

 心臓が痛い。本当は大丈夫じゃないが、ここでは強がっておかなくては。

「ほら、帰るぞ皆。明日も学校だろ?」

「……そうですね、新海先生がどうなっているか見ないといけませんし。夢野くんが大丈夫と言っている以上、信じるしかないです。今夜は解散しましょう」

 月影も心配そうだが、俺の意志を汲んでくれた。バラバラに帰路に就く中、「獏、少しだけ話がある」とおじさんに呼び止められた。

「おじさん? 私も残るよ」

「いや、二人で話がしたい。先に帰ってくれないか」

「わかった。……先帰ってるね」

と言い残すと、咲夜はカフェを出て行った。ここには、俺とおじさんだけが残っている。


「……どうして、俺だけを?」

 普段のおじさんなら、他のメンバーはともかく咲夜は残しそうなのに。

「ああ……まずはな、獏。お前に謝らなきゃいけないことがある」

 神妙な面持ちで、おじさんは俺を見据える。

「謝らなきゃいけないこと?」

聞き返すと、おじさんは頷いた。

「能力を譲渡した、と言っただろう」

「うん」

「実はな、獏の体が人より弱い原因もそれなんだ。『グルメ』の能力は——強力すぎる故、保有者の寿命をも喰っていく。俺よりも圧倒的に能力の使用率が高い獏の寿命は、もって十年前後だと思う」

 突飛な話で、頭がついていかない。確かに、俺は病弱で——だからこそ、おじさんによくキャンプに連れて行ってもらっていたのだが。そこまで考えて、ある可能性を思いつく。

「……おじさんも、もう長くはないんだな? この話をしてくるってことは」

「そうだ。この間病院で診断を受けてな。あと五年、だそうだ。そこで初めて俺も気がついたよ。そして、後悔もした。俺は、とんでもないものを獏に背負わせたんだって」

 予想は的中したが、全く嬉しくない。考えてみれば、俺が本格的に病弱になりだしたのは——おじさんから能力を譲り受けた後だ。その頃から、この能力は俺を蝕んでいたのか。

「……俺は、どうしたらいい? 寿命はもう、戻らないのか?」

 何とか、その言葉を捻りだすも答えはわかっている。

「残念ながら……。申し訳ないとは思っている」

 全てが、壊れた気がした。こんなの、咲夜にはどう言えばいいのだろう。仮に結婚できたとしても、長く一緒に居ることは出来ない。あの時のように、子どもが出来たとしても大きくなるまで見届けることも出来ない。俺は、何のために生きたらいい?

「……ごめん、帰るよ。考える時間が欲しい」

「すまないな、相談には乗るから。気をつけて帰れよ」

 カフェを出ると、朝日が昇り始めていた。今日は、授業中に眠ることになりそうだ。


***


 登校中、咲夜が問いかける。

「昨日はおじさんと何話してたの?」

 正直に相談するべきか。いや、しない方がいいかもしれない。完全に俺のわがままだが、生きているうちは咲夜に傍にいて欲しい。寿命のことを打ち明けて、万が一彼女が離れてしまったら。それが今、一番怖い。

「大した話じゃない、心配すんな」

「そう? なら、いいけど……」

 咲夜に嘘をついてしまった。罪悪感はあるが、そもそも朝から暗い話をしたくない。

「それより、昼休みに新海先生に会いに行こう。結局どうなったのかは、会わないとわからないから」

「そうだね。昨日は獏一人だったけど、今日は皆で行こう!」

 元気を取り戻した咲夜は、見ているこっちも幸せになる。普段なら。でも、不安を表情に出すことはせず「そうだな」と取り繕う。

「あ、私こっちだから。またお昼にね!」

「おう」

 各々の教室に向かう。

……そうだ、例え話として成瀬に相談してみるか。教室に入り、成瀬を探す。彼は、一人で読書していた。ブックカバーをしているから、何の本かはわからない。

「おはよ、成瀬」

 驚かせないように、そっと声をかける。彼は本を閉じ、「おはよう、夢野」と返事してくれた。

「これは、もしもの話なんだけど。聞いてくれるか?」

「何だ?」

 成瀬は、本を机に置きこちらに向き直る。

「もし……自分の寿命が残り十年だって言われたら、お前はどうする? 恋人もいて、これからだって時に」

「そうだな……」

 彼は、考え込んでいるみたいだ。例え話と言ったのに、真剣に取り合ってくれるのはやはり良い奴なのだろう。

「やっぱり、そうなったら一日一日を悔いなく生きるようにするな。十年なんて、案外すぐだから。それにしても、これって何の思考実験なんだ?」

「ああいや、そういう訳じゃないんだけど……ありがとう。答えてくれて。お前ってやっぱ良い奴だな」

 そう言うと、成瀬は頬を赤く染め

「別に、良い奴じゃない」

 と顔を背けた。もう少しいじりたがったが、もうすぐHRの時間なので「また後でな」と席に着く。伊東先生が入ってきたのは、それから間もなくのことだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?