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第185話

 やはり、午前の授業はほとんど寝てしまった。後で咲夜に教えてもらおう。そう思いながら保健室の前に向かうと、もう皆集まっていた。

「夢野、遅いぞ」

 暁人は、昼食らしき菓子パンを頬張りながらこっちを向く。

「まあまあ、皆揃ったんだから! 行こうか」

 咲夜は、保健室の扉を開けた。そこには、いつも通り三つ編みがトレードマークの新海先生がいた。

「いらっしゃい、誰か体調が悪い……訳じゃないよね。わかってる。夢の話だよね」

 先生は、真っすぐにこちらを見据えている。俺たちも負けじと先生を見つめた。

「……約束は守るよ。鶯様とも、夢の中だけど約束したんだもん」

 それは望月なのだが、黙っておくことにする。真実を話しても、ややこしくなるだけだ。

「そうですか、それなら良かったです。もう俺たちの出る幕はない、ってことですね」

「うん。他の人にも私から話をつけたよ。一応私、プロジェクトリーダーだったしね」

 そんなに上の立場だったのか。まだ若いのに……いや、鶯にはそういったことはあまり関係がないのかもしれない。そう考えると、行ったことは非道だが上司としては尊敬できるのかもしれないな。

「……そうだったんですね。では、私たちはこれで失礼します」

 月影がぺこりとお辞儀をし、先生に背を向けた。俺たちもそれに続き、保健室を後にする。

「……今度こそ、ドリーム・イーターズは解散ですね。寂しくなります」

月影がぼそっと呟く。それを聞き逃すほど、俺たちは疎くない。

「また集まれるよ! グループは残ってるんだし、話そうと思えば話せる。そうでしょ?」

「そうよ。死ぬまで一緒よ、私たち」

 女性陣が月影を励ます。死ぬまで、か。俺にはもうあまり時間が無いんだよな……。

「……そうだな、俺たちはずっと一緒だ」

 俺が死んでも、皆は覚えていてくれるだろうか。どうしても、思考が下を向いてしまう。

「ですね。では、今までありがとう。これからもよろしく、ね」

 月影が敬語を外すのは、これが最初で最後だろう。何となく、そんな気がした。各々返事をし、各自の教室に戻る。


俺と咲夜は、部室へと向かった。

「ここを使えるのも、今日で最後かもね」

「そうだな……」

 席に着き、弁当箱を開ける。とりあえず冷めた唐揚げを口に運ぶと、咲夜が話しかけてきた。

「……あのさ、やっぱり獏何か隠してるよね。さっき、ずっと一緒だって言った時……目が潤んでたもん」

 意外と観察眼あるんだな、咲夜。

「おじさんと、何の話をしたの?」

 咲夜の瞳は、真っすぐ俺を捉えている。これは言い訳しても無駄だろうな。話したくないけど……。

「大した話じゃない」

「じゃあ、何で教えてくれないの?」

 誤魔化そうとしても、咲夜の意志は固いみたいだ。正直に話そう。だが、もう昼休みが終わってしまいそうだ。

「……わかった、話す。話すけど……放課後にな。今はさっさと弁当食べて、教室に戻ろう」

「……わかった。絶対に放課後、話してね」

 一応、この場はしのげた。心構えする時間が出来た。これは、午後の授業も上の空だろうな……。


***


 咲夜と校門前で待ち合わせ、帰路につく。

「……公園で、話をしよう」

「わかった」

 俺たちが、幼い頃から何度も遊んだ公園。最近は、小さい子は家で遊ぶのが主流と聞いたことがある。実際、その通りらしくそこには俺たち以外居ない。

「……それで、おじさんとは何を話したの?」

 咲夜の表情は、いつになく真剣だ。俺だって午後丸ごと、何をどう話そうか考えた。覚悟は出来ている。

「実は……俺の能力ってやっぱ、体への負担が大きいらしくてさ。それで……」

 やっぱり言葉に詰まってしまう。

「大丈夫、ゆっくりでいいから」

「ごめん……」

 咲夜の優しさに触れながら、何とか言葉を紡ぐ。

「……俺の体、後十年くらいしかもたないっぽいんだ。……未来がない奴と、一緒に居たくないだろ? 俺、咲夜に捨てられたくなくて……言えなくて……」

 後半は、言葉にならなかった。涙が、話すのを阻害する。

「……バカ。私って、そんなに信用ない?」

 咲夜は、ふくれっ面で俺を見た。その顔を見て、何故か涙が止まらなくなる。

「違う……けど、もしかしたらって……思うと……」

「そんなこと考えてたの? 確かに、後十年しか生きられないのは私もショック……。だけど、だからこそ。沢山今から思い出作ろうよ。最後の時まで、絶対傍に居るから」

 咲夜は、俺の手を強く握った。

「それに、今はまだ生きてるでしょ?」

 その手には確かな温もりがあって。俺は子どもみたいに泣きじゃくるしかなかった。

「……私は傍にいるから。獏こそ、離れないで」

「うん……」

「落ち着いたら、帰ろう」


 結構長いこと、泣いていた気がする。こんなに泣いたのはいつぶりだろうか。記憶の中にはないから、初めてのことだったのかもしれない。

「……無理に話させて、ごめんね」

「俺こそ……変に隠してごめん」

「いいよ、そろそろ日が暮れるし帰ろう」

 咲夜は、こんな俺を許してくれた。それが何だか申し訳なくて、顔を見られない。俺たちはそのまま、家に向かって歩き出した。

「……私、ここだから。また、明日ね」

「ああ、また明日」

あと何度、これを繰り返せるだろう。いちいち感傷に浸ってしまうくらい、俺って弱いんだな。

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