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第186話

 あれから時が経って、高校卒業の前日。俺たち——ドリーム・イーターズはファミレスに集合していた。望月は少し髪が伸びたし、暁人は眼鏡からコンタクトに変わっている。月影、俺、咲夜には大した変化がない。

「じゃあ、乾杯しましょう~!」

「おう」「うん」「ええ」「ああ」

 全員で頷き、乾杯する。勿論、飲み物はお茶やらジュースやらでノンアルコールだ。

「それにしても、もう卒業なんですね。皆さん、進路はどうなったんですか?」

 月影が葡萄ジュースを飲みながら訊ねる。確かに、俺は咲夜の近況はわかるが他三人はさっぱりだ。

「あ……まずは私がお話するべきでしたね。私は看護の専門学校に行く予定です。この進路は、皆さんと活動してきた日々に裏打ちされて決めました。誰かを救おうって、思えたから。本当にありがとうございました」

「礼を言うのは早いだろ。それを言うのは、月影が看護師になれた時だな」

 その時、俺がどうなってるかはわからないけれど。その言葉は飲み込んだ。

「そうですね、夢野くん。精一杯頑張ります!」

 月影はそう意気込んだ後、ジュースを飲んでいる。見た目は相変わらず幼いままだから、看護師になった姿がいまいち想像できない。白衣の天使という言葉はピッタリだろうけど。


「それにしても、明日が卒業式か。会えなくなる人も沢山居るんだろうな」

 俺はもう短い命なので、尚のことそうだ。そう考えると、悲しい気分になってくる。

「じゃあ、明日今まで出会ってきた皆さんに一言挨拶するのはどうでしょう? 私たちのこと忘れている人も居るとは思いますが……」

「忘れていても良いんじゃないか? 僕たちは暗躍していたという方が、しっくりくる」

 確かに、暁人の言う通り忘れてもらっている方が都合がいいこともある。俺たちのことをちゃんと覚えているのは、米津や伊達など一部の人間に限られるだろうし。

「そうね。私は明日羽琉君と行動する予定だから、皆で行ってきたらどうかしら?」

 望月は、米津と行動するのか。下の名前で呼ぶとは、親しくなったもんだ。恋人同士だから当たり前か。

「俺も咲夜と——」

「私は挨拶回り行きたいな、獏はどう?」

 咲夜は、最後だからというのもあって挨拶をしたいみたいだ。だとしたら、俺が反対するのも興醒めかもしれないな。俺にとっても、最後なのは変わらないし。

「わかった、式が終わったら色々な人に挨拶しに行こう。暁人はどうするんだ?」

「僕は行かない、特に伊達には見つかると面倒だしな」

 二人ともあまり乗り気じゃないみたいなので、月影と俺と咲夜で挨拶しに行くことになった。折角なら五人揃っての方が良い気もするが、乗り気じゃない人間がいても仕方がない。

「では、私たちで挨拶しに行きます。お二人も、学校に行くのは最後なので楽しんでくださいね」

 月影はそう言った後、微笑んだ。

「では、皆さんの新しい門出を祝って! もう一度乾杯しましょう~!」

 俺たちは頷き合い、またコップ同士を近づけた。


***


 卒業式当日。講堂の中に設けられた席。俺は座って、式が始まるのを待つ。いよいよこの学校ともお別れかと思うと、やはり物悲しい。そういえば、卒業生代表の挨拶は北条だったな。彼女にも世話になったし、後で声をかけに行こう。

「それでは、月見野学園高等学校の卒業式を始めます。全校生徒、起立」

 式が始まった。起立し、壇上を見つめる。今日で全て終わりなんだ。門出でもあるけれど、やっぱり寂しいな。


「卒業証書授与」

 式は順調に進み、理事長である東川鴎の話も終わった。いよいよ証書が手渡される時が来た。流石の俺も、涙腺にくるものがある。まだ泣いていないけど。クラス担任が、淡々と生徒名を読み上げる。

 伊東先生が出てきた。先程の先生とは違って、丁寧に名前を呼ぶ。そうか、先生は初めて担任の生徒が卒業するのか。それは感慨深いだろうな。

「夢野獏くん」

俺の番が来た。返事をし、鴎から証書を受け取る。

「以下同文です」

 鴎が、お決まりの言葉を述べる。俺は礼で返し、壇上から降りる。証書の感触がおかしい。席に戻ってよく見ると、メモが重ねられていた。

『卒業式の後、少しだけお時間頂けるかしら。理事長室で姉の話をしましょう。東川鴎』

 思わず声が出そうになったのを、必死に抑える。あの人、鶯の様子がおかしいことに気がついていたのか。姉妹仲が悪いと聞いていたのだけど。


式が終わった。咲夜と月影が、俺のことを見つけ駆け寄ってくる。

「獏、卒業したね! 挨拶回りに行こう」

「悪い、それなんだけど。二人で先に行っててくれ、俺は用事が出来たから後から行くよ」

 流石に鴎のことは隠しておくことにした。話したら二人がついてきそうだからだ。

「……? そうですか……後で合流するんですね、わかりました。私たちは先行ってますね」

 少し怪しまれたっぽいが、月影たちはこの場から去っていった。俺も早く理事長室へ行こう。


「失礼します」

 理事長室の扉をノックし、入室する。鶯ばりの美貌を持つ鴎は、優雅に紅茶を飲みながら「いらっしゃい」と微笑んだ。

「夢野くん、優介さんから話は聞いているわ。姉のことをどこまで知っているの?」

 優介さんって誰だ? と考えてから伊東先生のことだと気がついた。先生、鴎に何か言ったのか。それにしてもこの質問、いきなり本題だろうな。どう答えるべきなのだろう。

「……そうですね、若々しくて」

「いいわよ、隠さなくて。姉が不老不死の研究をしていたことは知っているから」

 俺の声は遮られた。そこまで知っているなら、隠す必要は確かにない。

「……鶯は、不老不死の研究の為に多くの人たちに悪夢を見せていました。さっき名前があがった伊東先生もその一人です。俺は、俺たちはその悪夢を退治していました」

 ありのままを話しても、鴎は疑いの目を向けることがなかった。

「大体予想通りだわ、姉さんのしたことを誰かが尻拭いしているところまでは見当がついていたから。それが貴方たちというのも、優介さんから話を聞いて大方そうでしょうと思っていたの」

 結構本格的に理解してるんだな。非現実的なのに。姉の若さが非現実的だから、気にならないのだろうか。

「私はお礼を言いたかったの。夢野くん、そして仲間の皆さん。姉さんは、最終的に私に色々押しつけてこの世を去ったけど……悪くはない生涯だったのではないかしらと思うのよ。私の息子——颯も懐いていたし」

 そうか、鴎は東川姓だった。あいつのお母さんか。

「貴方も用事があるかもしれないし、これくらいにしておくわ。姉の悪事を拭ってくれてありがとう」

「いえ……そんな大したことは。失礼します」

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