月影と咲夜を人混みから発見するのに、そう時間はかからなかった。
「まくらちゃん、久しぶり~! 元気にしてた?」
学園のアイドル、長戸路愛に捕まっていたからだ。月影は、俺を見るなり助けて欲しいとアイコンタクトをしてきた。
「長戸路、月影を離してやってくれ」
「あ、ごめんね~。つい嬉しくなっちゃって」
長戸路は、月影を地面におろした。月影は息を吸って挨拶を始めた。
「長戸路さん、お元気そうで良かったです。千葉くんとはまだお付き合いを?」
長戸路は笑顔で答える。
「うん、まだ付き合ってるよー! それがどうかした?」
「いえ、少し近況を訊こうと思って。お幸せに」
「ありがとう! 皆も卒業おめでとう!」
ギャラリーの視線が、長戸路から俺たちに移った。居心地が悪いので、さっさと退散しよう。
「ああ、お前もな。卒業おめでとう、俺たちはこれで」
半ば逃げるようにその場を後にした。次は誰のところへ行こうか。
「そうだ、伊達はどうしてるんだろうな。行ってみないか?」
「良いですね! 伊達さんとも最近話していませんし」
「私も、姿は見てるんだけどね。卒業式も改造制服だったなぁ」
彼女は相変わらずのようだ。卒業式くらい普通の制服を着ればいいのに。今言ったところでもう遅いが。
「改造制服なら、すぐ見つけられそうだな」
「そうだね」
しかし、居そうな場所が見当つかない。伊達は基本的に友達という存在がいないので、もう帰ってしまったかもしれないな。
「……あ、待って! あの人、伊達さんじゃない?」
咲夜が指したのは、確かに改造制服を着た女子生徒だった。栗色の髪をポニーテールにしていたので、伊達で間違いなさそうだ。
「でも、校舎裏に何の用なんだ?」
「ちょっと追いかけてみましょう、折角ですし」
出来る限り気配を消し、伊達を追いかける。校舎裏には、長身の男子生徒が立っていた。
「あ、暁人⁉」
「しっ! これってもしかしてさ……」
「告白じゃないですか? 見届けましょう!」
確かに、伊達は暁人に好意を持っているのだろう。高一のバレンタインだかホワイトデーだか、どちらか忘れたがチョコも渡してたし。俺経由でだったけど。その想いをずっと抱き続けていたのなら、相当一途だ。まあでも、そういう奴か。
「なあ、マジメ君……いや、夜見。時間は大丈夫か?」
始まった。暁人の方は表情を変えず、平然としている。
「ああ。少しなら大丈夫だが……どうかしたか」
伊達は耳まで真っ赤にして、何故か眼帯を外した。
「本当に、鈍いのは変わらないんだな……。一回しか言わないから、ちゃんと聞けよ! お前のことが、好きなんだよ!」
言った! 暁人相手にそれを言えた伊達は称賛に値するだろう。俺が伊達なら、暁人が怖いし言えない可能性が高い。暁人の方は、まだ平然とした表情で
「そうか、それで?」
と問いかけている。いや、そこは察しろよ。何でそこまで伊達に言わせるんだよ、やっぱり鈍いのか? 伊達はめげずに言葉を紡ぐ。
「それで、って……付き合いたいんだよ! 駄目……か?」
暁人は、表情はそのままで眼鏡をクイッとあげた。これは機嫌がいい証拠だ。前向きな返事が期待できるかもしれない。
「そんなことは一言も言ってないだろう。数回デートした仲だ、思うところはある。だが……結論はすぐに出せない。連絡先は教えてあったな、そのうち連絡する。それでいいか?」
伊達の表情が明るくなった。内心では答えがわかっているのだろう。
「し、しょうがねーな! アタシは待てるけど、他の奴にそういう態度とったら嫌われるからな!」
「好かれようとは思っていない。僕はもう帰る」
暁人がこちらに向かってくる。隠れようとしたが、その前に見つかってしまった。
「……夢野、星川……それに月影。何をしていたんだ、こんなところで」
明らかに訝しんでいる。仕方のないことだが。正直に言って許されるとも思えない。何とか誤魔化そう。咲夜と月影にアイコンタクトを送る。
「あ、ちょっと夢の主さん達を探している間に……その……」
「ちょっと校舎裏に迷いこんじゃったー、みたいな?」
二人とも、誤魔化すのが下手すぎる。心の中で溜め息をつくと、暁人も呆れた様子で
「伊達のことを探していたのか?」
と明らかに答えが分かっている質問を投げかけてきた。これはもう、誤魔化す方が悪手だろう。
「そうだ、伊達を追いかけていったら暁人もいた……みたいな」
「見られていた訳か。まあ、仕方がないな。伊達は多分、帰ったと思うぞ」
彼女のいなくなった校舎裏を見つめながら、暁人は言う。
「追いかけるなら三人でやってくれ。僕は行かない」
「わかったって。卒業おめでとう! 暁人」
「夢野もな。僕はこれで」